高校生編シーズン2〜メア編〜 第一話『罠』

それは、ルーシャが転校してきてからの出来事だった。

いつも通り部室で本を広げるましろの元に、優弥が現れ彼女に告げた。


「ましろ。俺とデートしてみないか?」


「デートですか。面白そうですね!……ん?でえと…?え?ええっ!?えーーーっ!?」


 その日、狭い理科室の中で少女の声が響き渡った。


 ……約一週間後……



「ど、どうしよう、居ても立っても居られなくて約束より1時間早く来ちゃいました…」


 大通りを歩く人の群れの隅で慌てる少女、ましろ。

 この日、彼女は普段から賑わっている隣町の商店街に足を運んでいた。

 その姿は、普段のシンプルないつもの私服ではなく、服は友人達に、髪型は美容院で、そして普段はしない化粧がその顔に施されており、いつもより気合いの入った様子が見られた。


 その理由として、彼女はこの街の離れにできた水族館での夜間解放およびディナーが楽しめる『ナイトマリンパーク』に行く約束をしており、誘ってきた相手は他ならぬ優弥であった。


 彼女がその事をこころを中心とした友人達に話すと、友人たちはなにかのスイッチが入ったようにお互いの顔を見合わせると半ば強制的にましろを着せ替え始めて今の姿に至る。


(や、やっぱり私にはこんな派手なのは合わないなあ…)


 とある店のガラスに映る自分を見て、髪型を整えた後しゅん。と背を丸めるましろ。


 しかしその胸の奥では『お兄ちゃんなら、似合ってるって…言ってくれるでしょうか。』と淡い期待も抱くのだった。


 ……


「よし、準備はこんなものか…?」


 手荷物の確認をし、スーツに袖を通す優弥。


「パートナーなら日頃のお礼くらいしてやりなさいよ!」


と言われながらこころにチケットを渡されて、そのままましろを誘ったものの、あっという間に当日になり、着ていく服が思いつかなかった彼は仕事で着慣れたスーツを選んだ。

 時計を確認してみると時刻は15時。約束の時間は17時なので移動時間を多めに考えても、隣町とはいえあと1時間は余裕がある。

 何もしないで待つくらいならもう出るべきかと考える優弥だったが、スマホが突如鳴り響いた。

 電話の相手は愛奈。彼は通話ボタンを静かに押した。


『お、繋がった。神崎、お前のデバイスに何度も連絡を送ったが反応ないのはどうなってる?』


 デバイスとはましろのもつライザーを軸にした独自の通信回線を持つ端末であり、普段は連絡手段としてそちらを用いているが、この日優弥はそれを荷物の隅に仕舞い込んでいた。


「あぁ、すまない。今日だけ電源を切ってる。…こころに今日だけは他の事に気を取られ無いようにしろってめちゃくちゃ言われたからな…」


『ん。…ああ、今日だったか。ふふ、柊も念入りだな』


「俺も、あいつのために何かしてやりたかったしな。きっかけをくれたこころには感謝してるから、今日一日くらいは…な。」


愛奈は小さく「モテる男は辛いねえ」と茶化すと、


『なら、今日はいいか。じゃあ新装備の設計案をメールで送信してるから明日からでも確認しておいてくれ。』


と言った。


「できたのか!?」


『あくまで案だがな!私は天才だぞ?…それじゃ、私は寝るから水無月妹を喜ばせて帰ってこいよ。』


「ああ。」


 優弥はスマホをポケットにしまって立ち止まり、閉じられたノートパソコンを見つめた。


(まだ時間はあるな…。先に目を通そう。これがあれば今後のましろの…レヴェリーヴァイスの戦いはもっと安全性を増す)


時計を睨みつけた後、優弥はスーツを脱ぎ捨てるとパソコンに電源を入れた。


……


「遅いなぁお兄ちゃん…」


 時刻は17時半。予定の時刻は過ぎており、それでもなお立ち尽くすましろの前に優弥は現れていない。

 いつも使っているデバイスに連絡しても反応はなく、何かあったのでは?と心配にすら感じてくる。


「お兄ちゃんのスマホに…。」


 通話ボタンを押す寸前で指が止まる。

 教師でありながら、レヴェリーヴァイスの戦いのサポートもしている優弥が忙しい身だと言うのはましろも理解している。


 今回だって無理してスケジュールを組んでくれたのだろう。そう考える彼女だからこそ催促するような真似はできなかった。


(も、もう少し待ってみましょう!開場まで時間はありますし!)


……


 そこからさらに一時間が過ぎた。

 慣れない靴を履いて立ち続けた為、脚も限界に近い。

足元に目を向けていたましろの首筋に突如冷たい感覚が襲う。

見上げると曇天。

冷たい感触は雨だった。


「あ…雨。ううん…。どうしましょう…。」


 次第に強くなる雨を眺めて気を落とすましろ。

 優弥はまだ現れる気配がない。

「やっぱり連絡しよう」

 と、スマホを取り出したその時…。


『あらあら、可哀想。貴女の胸にあるのは悲しみ?怒り?それとも痛み?』


 体を駆け巡る悪寒と共に、街のど真ん中であるにもかかわらずどこからか声が響き渡る。


「誰!?」


 あたりを見回すましろ。

 けれどそこには《誰もいない》。

 先程まで行き交っていた人の群れすらそこにはなかった。


「これは…人祓いの結界!?いつの間に…」


 その事実を確認したましろは、あたりを警戒しながらスフィアライザーを取り出して身構える。

 すると、彼女の前に何の前触れもなく女性が現れた。

 薄紫の髪、怪しく曇り切った紫の瞳。頭には角がついており、その露出の高い衣装も合わさりましろの脳裏にはある単語が浮かんだ。


「サキュバス…?!ガレア帝国か…っ」


「くひひ…正解。私はガレア帝国の遊撃部隊指揮官…そして使徒の…あぁもう幹部とでも言おうかしら。淫魔リメアよ。」


「幹部…!?」


 その言葉を聞き、数ヶ月前に苦戦の末に倒した人物を思い出した。彼も自らを『幹部』であると名乗っており、彼女ももし本当にそうならかなり厄介な相手に違いない。

 リメアから目線はなるべく外さず、ライザーを操作するましろ。

 優弥に通話を掛けるがやはり繋がらない。

 奴が何を企みここに居るかわからない以上、この場で戦うのは危険極まりない。

 そう考えて、一旦退く構えをみせるましろだったが、リメアはそれを見逃さなかった。


「無駄よ。この結界は貴女が今まで見た軟弱なものとは違う。私が解くか私が倒されない限り貴女はここから出る事はできないわ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるリメア。

 逃げられないのであらば戦うしかない。そう覚悟したましろはレヴェリーヴァイスへと変身し、武器を手に取った。


「…引き下がらないのであれば、どうなるか知りませんよ?」


 ましろの言葉を聞くと、リメアはくひひと笑い。

 パチンと指を鳴らした。


 すると武器を構えた兵や魔物たちが突然リメアを取り囲むように現れた。


「助かりたければ力を示しなさい。そしてこっちにいらっしゃい。私には貴女が必要なの_。」



「…?」


目の前の淫魔の言葉に疑問を浮かべながらましろは武器を構えた__。

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