第2話

わたしのママはとても物静かだ。わたしは、いつもパパが「娘さんは、ママの分も全部話してくれてるんだね」と笑うくらい、お喋り。パパは、わたしのことを"娘さん"とか、"僕の娘さん"と呼ぶ。みんな名前で呼ばれてるみたいだけど、娘さんという呼び方は、なんだか大人っぽくて好きだ。ママはわたしをふうちゃんと呼ぶ。ママがわたしを呼ぶ、"ちゃん"という甘っこい響きもやっぱり好き。だってわたしはまだ子どもなんだもの。


「マーマー!」

マンションのエントランスの暗証番号はちゃんと知っている。でも、わたしはいつもインターホンを鳴らす。ピポピポポーン。ママが「はーい」と、笑った声で答えてくれるのを待つのだ。いるかな?買い物でいないかもしれない。銀行かも。呼び出し中の電子音の間、わくわくしながら待つ時間が好きなのだ。そしてママは、家にいれば絶対に、玄関のドアを開けて待っていてくれる。エレベーターを出て曲がり角を覗くと、ママがひょこっとドアから顔を出して笑っていて、わたしはにやにやしながらそこに向かう。ママがおかえりと言ってくれるまで、ただいまは言わない。

「おかえり」

「たーだいまあ!」

だってわたしはまだ子どもで、甘えたい盛りなんだもの。わたしの帰る家は、たとえ隕石が落ちてきたって、この世界のどこよりも安心安全、大好きな場所なのだ。


「はいママ、家庭訪問のプリント。今年は、ママが先生とお話しするんでしょう?」

「そうね、長い出張が重なって、パパはいないから」

「のりちゃんがね、パパが先生とお話しするの変だねって。みんな、そういうことはママがするんだって。でもふうりは、何事もてきざいてきしょがいちばん良いんだと思うの。みんなね、頭固いんだよ。そういうの固定カイネンっていうんだよ」

「固定かんねん、ね。ふうちゃん、パパそっくり」

「ママにはぁ?」

「うーん、ママにはあんまり似てないかな?」

ええ~!と、頬を膨らませると、むにっと顔を挟まれる。ママの手はすべすべして柔らかい。手が、ふうちゃん大好きだよって言ってるみたいに優しくって、触られるとうきうきする。

「中身はあんまり似てないかもしれないけど、顔はきっとママ似ね。パパも言うでしょう」

「うん!目も鼻も口もママとおんなじ!ママの小さいときの写真、ふうりそっくりだったもん」

パパのことも大好きだけれど、ママに似てると言われるのは嬉しい。写真のママと私は、瓜二つで双子みたいだねとパパに言われて照れくさかった。ただちょっぴり、同じ年のママの方が大人っぽく見えた。だからわたしは、ぱっつん前髪じゃなくて大人前髪にしてってママにお願いしたんだ。ふうちゃんもう大人になっちゃうの?寂しいなあ、と言いながら、ママはくすくす笑っていた。

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