13-6 人生初の大失敗

 次の試練へと繋がるドアが米粒よりも小さく見える。


「無駄になげぇな」


 まっすぐ伸びる通路を眺め、俺は思わず呟いた。

 これまでは、ゆっくり歩いても一分くらいで次に行けたが、今回はやたらと長い。早歩きでも五、六分はかかるだろう。


 部屋をでかくならふつーだけど、廊下を長くって……意味あんのか?

 あ、もしかして休憩タイム? クイズゲーの時とは違って、試練部屋は身体使うし。


 なんにせよ、休めそうな場所があるのはちょっとありがたい。

 体力はまだ残ってる――というより、ぜんっぜん減ってないから問題ないんだけど……


 俺は三分の一くらい進んだところで足を止め、振り向いた。

 つられて立ち止まり、こてっと首を傾げる二人。


「どうしたの……?」


 不思議そうにノエルが聞く。

 俺は、はーっと盛大に溜め息を吐き、


「どうしたもこうしたも……

 だってさぁ、この要塞に入ってからけっこう時間経ってんだぞ。腹時計てきには余裕で夜九時は過ぎてそうだし。

 昼飯ちゃんと食べたけど、さすがに腹減った……」

「あー……そういえば生身だったね……」


 納得したようにぽんっと手を打つノエル。

 一瞬、何言ってんだこいつ、とジト目を向けたが、すぐに思い出した。


「あ、そっか。ノエルは霊体なんだっけ」

「そうだよー……だからごはんはいらないのー……」

「でもタガナは? 霊体じゃないんだろ?」

「わたくしは実体ですけれど、食物ならば不要ですよ。一日に一度、水分を摂取出来れば良いのです」


 なぜか誇らしげに胸を反らすタガナを一瞥し、ノエルはやんわり微笑んだ。


「清浄な水じゃないとダメだけどね……

 あーでも……誤解しないでね……幻獣みんながタガナと同じってわけじゃないから……

 生きるのに何が必要かとか……何を食べるのかとか……幻獣によって違うからね……」

「ふーん。因みにさっきのムゼラルノクは?」


 やっと名前覚えられたんで、ついでに聞いてみる。


「あー……あの子は果物を……たまに食べてる……」

「果物? リンゴとか?」

「……りんご……?」


 再び首を傾げるノエル。


 そういえば、フィルも日本に来たばっかの頃は『あれは何?』とか『どうやって使うの?』って小声で矢鏡に聞きまくってたっけ……

 地球じゃふつーのことが、こいつらには通じないってのは……やっぱちょっと面白いな。


 俺は隠れてふっふっふと笑い、


「リンゴってのはー、赤くて甘くてうまいもんだよ」


 手で丸を書きながらおおざっぱな説明をすると、


「へぇー……

 ――あ、そういえば……」


 ノエルはふと思い出したように言いながら、片手を上げて、その上にぽんっと現したモノを俺に差し出す。


 リンゴをバナナくらい縦長にして、三倍くらい大きくし、パープルの絵の具を塗りたくったようなものを。


「……なにこれ」

「これはパロムっていう果物……」

「へぇ……。で?」

「丁度持ってたから……あげる……

 華月、お腹空いてるんでしょ……?」

「空いてるけど……」


 パロムとやらを受け取ってまじまじと観察してから、俺は眉根を寄せた。

 手にした感触はリンゴとかナシと同じ。多分かじって食べるものだろう。


「人間は大変ですねー。一日に三回も食事をしないといけないなんて」


 朗らかに言って、哀れんだような目で見てくるタガナ。


「でもこれ……食えんの? 毒リンゴみたいな色してるけど……」

「毒なんてないよー……食べられるよー……」


 のんびり応えるノエルのアホ面を見やり、まぁモノは試し、と思い切って一口かじり――同時に噴き出す!


「ぶっふ……! なんっだこれ!? まぁっず!」

「そう……?」

「超苦いブラックコーヒーにタバスコとわさびとヨーグルト入れたような味! めっちゃくちゃまずい! お前こんなの食うの!?」


「え、いや……オレは死んでから一度も転生してないから……食べたことない……」

「じゃなんでこんなもん持ってんだよ?」

「それはねー……ある人間の村の祭りで使ってたんだけど……面白い形だなーって見てたらくれたの…………五百年くらい前に……」

「んなもんよこすなぁ!」


 最後の数字が聞こえた瞬間、叫びつつパロムをノエルの顔面に投げつけた。しかしあっさり避けられ、パロムは壁に当たって砕け散る。紫の汁で壁が汚れた。


 きょとんとしているメガネの胸ぐらを引っ掴み、じろりと睨む俺。出来れば見下ろしたいところだが、悲しいことに身長差がありすぎるせいで見上げることしかできない。


「五百年も前ってぜってー腐ってんだろ! どおりで変な味なわけだ!

 つーか腹壊したらどーすんだよ!? 今はフィルもいないってのに!」


 怒鳴る俺に焦りもせず、ノエルは気の抜けまくった口調で、


「大丈夫だよー……腐ってないよー……

 物質召喚でしまっておいたものは……酸化も風化もしないんだよ……あの中は時間が止まっているからね……」

「え、そうなの? じゃあ元からまずいのか……」


 ぱっと手を放して、未だに口の中に残るまずさを消せないものかと舌を出す。むろんそんなことでは消えないが。


「余計腹減った……」


 ぼやいて踵を返し、止めていた足を動かす。


「ごめんね……人間達は普通に食べてたから……てっきりおいしいのかと……」


 のーてんきに謝りながらついてくるノエル。と、無言タガナ。

 俺は後ろを見やり、軽く肩をすくめた。


「その親切は有難いから別にいいけど……

 今後他人にあげる時は、自分で食ったことあるものだけにしとけよ」


 しかし、あんなくそまずいものを食べる人達がいるとは――

 やっぱり世の中は広いなぁ。




 **




 六つ目の試練の場は、部屋というより廊下だった。

 これまであった通路より二回り大きく、一直線に伸びているだけの部屋。対面の鉄のドアまではおよそ五百メートルくらいある。入り口側と出口側の両方とも、ドアから三メートルほど離れた位置まで床と壁と天井の色が違って、こっちは黄色っぽく、あっちは緑っぽい。そして残った面――二色に挟まれた床と壁と天井のすべては、薄く発光する白いプラスチックのようなもので出来ていた。例えるなら電気のカバー。眩しくはないけど、乗ったら割れそう。


「ベムゾ板だね……」

「なにそれ?」


 黄色い床のふちに立つ俺の隣で、ノエルは保父さんスマイルを浮かべた。


「爪ほどの厚さしかなくても……鋼鉄と同じ強度があるものだよ……

 特色としては他に……光や熱を透過するっていうのもある……」

「壊れにくい電気カバーか。便利そうじゃん。日本にあったら売れそう」

「妖魔が発明したものだから……人間がいる世界にはないよ……」

「いちいち正論で返すのやめてくんない?

 俺はその時にぱっと思ったことを正直に呟いてるだけで、本気で思って言ってるわけじゃないから。ギャグみたいなもんだから」

「ぎゃぐ……?」


 こてっと首を傾げるメガネにジト目を向け、それから気を取り直して通路に向き直る。

 何もないようにしか見えないけど、試練というからには仕掛けがあるはず。それは当然ベムゾ板とやらだろう。今立っている黄色い床はただの床っぽいし。


『今回の試練もとても単純よぉー♪ ただ進めばいいだけだもの♪ もちろん楽には進ませないけどねぇ♪

 特別にドアの前には何も仕掛けてないけど、その二ヶ所以外の白い床や壁の中には特別製の爆弾をみっちり埋め込んであるの。その起爆装置が――』


 そこで一旦言葉が止み、パチっ、と静電気みたいな音が鳴る。

 途端、正面の空中に何十本もの赤い縦線と横線が引かれた。


『これよ♪』


 よく見れば、それは赤く光るレーザーだった。細い毛糸くらいの太さで、壁と壁を、あるいは天井と床を繋いでいる。向こう側の緑色がほとんど見えなくなるほどの量があるが、注意して見ればなんとか通り抜けられそうな隙間がある。


 どうやら、痩せててよかったと思う日が来たようだ。

 これはまさしく、脱出ゲームとかホラーゲームとかにありがちな〝レーザー避けゲー〟!

 やってみたいと思ってたやつ! めっちゃテンション上がる!


 思わず両手でガッツポーズ。きっと目はキラキラしているに違いない。

 当たったら死ぬだろうけど、当たらなければいいだけのこと。さすがに止まっているものに当たるほど、俺はドジっ子ではない。


『ちょっとでも触れたら、ぜーんぶ起爆してこの部屋ごと……ボーン!

 けど、これじゃ簡単だからおまけしとくわ。進めるものなら進んでみなさい!』


 そのセリフを合図に、なんとレーザー全部が一斉に動き出した!


 上下移動、前進後退、さらには回転するものも。速さもバラバラで、エスカレーターくらいのものから高速を走る車くらいのものまで。しかも同じ動きを繰り返しているものは一本もなく、かといって楽に通れる隙間を作るなんてへまはしない。『絶対に通さない』といわんばかりの連携プレーだ。


 但し、セーフゾーンのつもりなのか、レーザーがベムゾ板からはみ出してくることはない。それは対面の緑の方も同じ。スタートラインとゴールラインがあると、ますます体感ゲームに思えてくるな。


「あららー……」


 残念がっているというより、どこか楽しそうに呟くノエル。


「これはさすがの華月でも難しいかな……」

「なんていいサービスなんだ! わくわくが止まらないぜ!」

「大丈夫そうだねー……」


 テンションマックスの俺を横目で見やると、のんびり朗らかにそう言った。

 俺は腕を組み、ドヤ顔を浮かべた。


「あぁ! 俺ならいける!」

「少しでも触れたらダメみたいだから……無理しないでね……」

「任せろ!」


 張り切って応え、念のために上着を脱ぐ。パーカーのフードがひっかかって、なんてことになったらシャレにならんからな。


「まぁ! 素敵なお召し物ですね、華月様」


 パーカーの下に着ている白ティーシャツを見てタガナが声を上げる。


「あー……ほんとだ、いいね……」

「え、そうか?」


 ノエルにまで褒められて、思わず自分のシャツを眺める。


 両面ともに、左下から右上の方にかけて『LUCKY』という単語がスタイリッシュな文体で書かれ、その周りに派手過ぎない程度の柄が入っているだけのただのティーシャツ。といっても、実はこれデザイナーである母親が俺専用に作ったもので、販売はしていないから持っているのは俺しかいない。しかも何着も何色もある。因みに俺の希望でワンサイズ大きめだ。


「『幸運』って書いてあるなんて……すごく華月らしい……

 でも……白より青紫色の方が……似合うと思うけどね……」

「確かにそうですね。白も緑もよくお似合いですけれど」


 それはあれか。エルナの上着の色が青紫色だったからか。


「残念だけど青紫色は持ってねーよ」


 肩をすくめつつ、おいっちにさんし、とその場で軽く準備体操をする。この間にレーザーの動きを見ながら、まずはどう進むかを考える。


 とりあえず歩くだけで行ける気はしないな……

 ――ってことは、助走をつけて勢いで行くしかない!


「さて、ゲームスタートだ!」


 気合を入れたところで、レーザーの群れへと駆け出す!


 まずは自動扉のような縦線の間をすり抜け、回転してきたものを体をひねりつつ避ける。それから軽くジャンプしつつ頭を下げ、足元と頭を狙う横線を飛び超え、着地と同時に側転からの短いスライディング。即座に立って迫ってくる縦線を左に避け、そこから右に跳び上がり壁を蹴って宙に舞う。


 レーザー達の動きは正直読み切れない。多少記憶力に自信がある程度じゃ無理。だから一瞬でギリギリでも通れる隙間を見つけるしかない。もし俺の目があと少しでも悪かったら、反射神経か運動神経が悪かったら、絶対にクリア出来なかっただろう。


 だが俺には超良いものが備わっている!

 瞬時に道を見つけ、まるで体操選手かパフォーマーのような軽やかな動きで、レーザー達を次々と避けていく。


 残り五十メートルを切ったところで、レーザーの数が倍増し、難易度が更に増したが――まったく問題なし。壁と天井を足場にし、ついでに鉄パイプを杖のようにして使い、さすがに瞬きする余裕はなくなったが着々と進む。


 最後は焼肉でもできそうな網目が邪魔をしてきたが、壁を走って高跳びのごとく天井ギリギリを超えて――



 フィニッシュ!



 緑の床に華麗に着地。さすが俺。


『おー』


 パチパチパチパチ


 後ろから上がる歓声と拍手。

 俺は鼻を高くして、フッと笑う。


「いやー、結構面白かったなー」


 と正直な感想を述べ、振り向いてから気付いた。


「あ」


 完全にノエル達置いてきた。

 振り向いてみれば、レーザーの向こうで二人ともぼーっと突っ立っている。

 慌てて辺りを見回し、レーザーを切るスイッチがないか確認。しかしドア以外は何もない。


「俺だけ来てもしょーがねーじゃん! どーしよう!?」


 思わず頭を抱えて叫ぶと、


「あー……大丈夫だよ……」


 やんわりノエルが答える。


「大丈夫って……お前ら来れるの?」

「うん……」


 こくりと頷き、ノエルは人差し指をぴっと伸ばし、空中に小さな丸を描いた。

 瞬間、二人の姿が掻き消える。


「は?」

「おまたせー……」


 驚く俺の背後から、いつもと変わらぬのんびり声。

 ぎぎぎ、とゆっくり振り返れば、いつの間にか二人がそこに立っている。


「え……なんで? ひょっとして転移?」

「オレは転移は使えないよ……」

「じゃあ――」

「召喚は……見えれば行けるから……」


 ということは、今俺がやったことって…………命がけで遊んだだけ?

 …………あれ? 待てよ……『見えれば』……?

 ってことは…………まさか……


 俺は震える指でノエルを差し、


「もしかして……試練が始まる前に、俺の刀取り返せたんじゃね? 映像出てたんだから」

「あ、うん……そうだね……」


 まったく悪びれもせずに頷くメガネ。

 そこが俺の限界だった――





 ぷっちん





「先に言えやボケェェェェェェッ!」

「ぶ」


 ドゴシャァァァァァ!


 怒りに任せた右ストレートは、みごとにノエルの顔面にめり込んだ。

 そしてそれは、初めてやった大失敗だった。


 エルナと修行を始めてから、俺の体には変化が起こっていた。もともと怪力だったのに、さらに力が強くなってしまったのだ。おかげで最近は肉体強化なんてほぼ使わない。スピードを上げるのに少し使う程度である。


 だから普段は怪力もセーブして、出しても三割くらいまで、というふうにしてきた。でなければやりすぎてしまう。

 だから、ガチの本気など出したこともなかった。出すようなことはないと思っていた。


 それなのに。



 強大すぎるパンチ(自分で言うのもなんだが)をモロにくらったノエルは、放たれた銃弾を十倍速で見たようなスピードで頭から吹っ飛び、出口のドアをぶち破り、出た先の壁をぶち破り、さらにその先の壁もぶち破り――壁やドアなどに派手な大穴を空けながら、派手な轟音を立てながら、一直線上に飛んでいって見えなくなった。その間わずか数瞬。

 気付いた時には舞い散る土煙しか残っていなかった。


「あぁぁぁぁっ! やっちまったぁぁぁぁっ!」


 奥に行くほど暗くなる大穴を眺め、俺は頭を抱えて叫んだ。

 原型を留めていない出口のドアが、左へ伸びる通路の床へと突き刺さっている。


 俺の全身から嫌な汗が噴き出す。

 恐る恐る右を見れば、風圧で壁際に追いやられていたタガナが体についた埃を払っている。


「ど、どうしようタガナ……! 

 全力まではいかなかったけど、七割くらいの力で殴っちまった!

 こ、ころっ……殺しちゃった……かも……」


 青ざめた顔で、恐ろしい予想を口にする。かなり高確率なものを。

 だが――


「それはないですよ」


 にぱっと笑ってタガナは答えた。

 俺は一瞬ぽかんとして、


「い……いやいやいや、だって俺の七割だぞ? 怪力プラス、無意識で術まで使っちゃったんだぞ?」


 タガナは、うーん、と少し考え、


「心配はいらないと思いますが……」

「と、とにかく追うぞ!」

「ですが華月様、穴の先は試練の進行方向ではないようですよ。

 そちらに進むと、華月様の刀は戻ってこないのではないでしょうか」

「そんなことより人命のが優先だろ!」


 そう言い返し、大穴の中へと駆け出す。全速力でいきたいところだが、タガナのために少しゆっくりめに。

 後ろを走りながら、タガナはふふっと小さく笑った。

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