13-5 やっぱ召喚ってかっこいい
「うわぁ……」
中を見て、俺は思わず顔をしかめた。
広い広い部屋の中で俺達を待っていたのは、見たこともない謎の物体。毒々しい緑色をしたスライムの塊に、筆でてきとーに黒い線を引いた感じの見た目で、表面はぬめぬめとテカっている。サイズはビーニドよりちょっと小さいが、めんどくさそうなのはその数。ざっと数えて三十個ちょい。なぜか入り口近くにはないが、半数は床に散らばり、残り半数は壁や天井に張り付いている。
実はエイリアンの巣穴で、あれ全部卵なんだー、とか言われても納得できる光景だ。
例にもれず入り口が閉まる。出口らしきものが見当たらないが、恐らくクリアしたら壁のどこかが開くんだろう。
『では試練の説明をしまーす♪
といっても単純に、全部倒せばいいってだけだけど。
でーも! 簡単だとは思わないことね!
この子たちは知り合いに頼んで特別に作ってもらったキメラなの。低級みたいなよっわーい奴らとは格が違うんだから♪』
格が違うねぇ……
つっても、どーせ大したことない――ん? 待てよ……
俺はもう一度謎の物体の数を数えた。二十……三十……うん、二十は確実に超えている。
と、いうことは。
『さぁ目覚めなさい、アタシのかわいい"メディーヌ"たち』
女の声を合図に、謎の物体の一つに亀裂が入る。続いて他の物体達にも。
俺は即座に振り返り、期待を込めたキラキラした目と笑顔をノエルに向ける。
なんも考えずに自分で片付けようとしてたけど、よく考えたらチャンスじゃね!?
さっきから待ってた展開じゃん! 見たかったアレが見られるじゃん!
「あー……」
ノエルは笑顔のまま視線を逸らして、
「華月なら楽勝でしょ……?」
「確かに楽勝だろうけど――
その前に、約束しただろ?」
約束破って見学者になろうとしてるっぽいので、表情変えずに聞き返した。
後ろでバキバキと殻(多分)が割れる音が鳴りまくってるけど、今はスルー。
ノエルは視線を俺に戻し、
「あの……」
「や・く・そ・く・し・た・だ・ろ?」
発言を遮り、噛んで含めるようにもう一度同じ言葉を返すと、
「やはり華月様の望み通りになりましたね。時間稼ぎ以外で低級を同じ部屋に集めるなんて、このような凝った基地を作ることと同じくらい珍しい行為ですのに……
残念でしたね、マスター。今回の悪魔が希少な
どこか嬉しそうにタガナが言って、ノエルは軽く肩を落としながら、
「……寝てたかったのにー……」
などというふざけたことを呟いた。
ぴきぃっ
自分のこめかみがわずかに引きつる。
戦うの好きじゃないって言ってたから、そんなに嫌なら俺がやろうと思っていたけど――そういう理由なら断固として譲らん。ぜってー召喚見せてもらう!
まだごねるようならぶーぶー文句言いまくろうと思ったが、しかしノエルはすんなりと俺の前へ歩み出る。俺とタガナに壁際まで下がるよう指示し、
「かっこいいやつかぁ…………どういうのがいいかわからないけど……
とりあえず……ヘルが喜んでいた子でいいかなぁ……」
離れたところで足を止め、下ろした両手を軽く開く。
キメラだという謎の生命体――メディーヌ達はすでに全貌を現している。
全長およそ二メートル半。外見は、ナメクジみたいなものに殻と同じ色のペンキを塗りたくり、上の方に細長い牙を大量に並べた巨大な口をつけた感じ。目鼻や耳があるようには見えないが、開いた口から出入りする赤黒いでかい舌は迷わずこっちに伸びているので、敵の位置がわからないということはなさそうだ。気配に敏感なのか、あるいはグレイヴァと同じで超音波が出せるのかもしれない。
最悪なのは、肌(?)から常に緑の液体が流れ出ており、床をべちゃべちゃに汚しまくっているところ。誕生とともに落ちてきた天井や壁に張り付いていたやつらも加わり、床の半分は見えなくなった。
おかげで『きもい』しか感想が出てこない。
それに動じたふうもなく、ノエルは呪文を唱え始める。
「"トレズィフを守りし気高き王よ"」
平を下に向けた左手をゆっくりと上げながら、静かに、しかし力強い口調で。
同時にノエルの足元から生まれた電流のような光が、床の表面を四方八方に滑っていき、そして半径二メートルほどの魔法陣を形作る。
「"闇を統べし聖なる使者よ"」
まっすぐ伸ばした左手を胸の高さで止める。
それを合図に強さを増した光は、風に吹かれる砂のごとく粒子となって陣の上へと舞い上がり、ノエルの周囲を流れながら輝きを失い黒へと変わる。
「"血の契約に従い、神に仇なすすべてのものを滅ぼせ"」
言葉とともに、上げた腕を左へと振り払った。
途端。
ズァァァァァッ!
大波が立てるような轟音が鳴り響き、陣全体から黒い煙が猛烈な勢いで吹き上がる。
一瞬ノエルの姿が覆い隠されて――
煙が途切れ、再び見えたその時には、ノエルの頭上に黒く巨大な塊が浮かんでいた。
「"ムゼラルノク、召喚"」
魔法陣が砕け散り、現れたそれが低い咆哮を上げる。
その姿は、煙で作られたヘビのようなものだった。頭部がやけに大きいヘビに馬のようなたてがみをつけ、頭の少し下あたりに三本爪のドラゴンの足みたいな手が生えているイキモノ。因みに煙で出来ているとはいっても、別に透けているわけではない。多分本体が煙っぽいもので包まれているだけだと思う。大きさは、大柄な男だろうと余裕で一飲みできるほどであり、両目はまんまヘビっぽい。
「好きに暴れていいよ……
でも、後ろの二人には攻撃しないでね……」
口調を戻し、短く指示するノエル。
大蛇は返事の代わりに、グルル、と喉を鳴らすと身をよじり、フィルと同等――いや、それ以上のスピードで手近なメディーヌに飛び掛かる。鋭い爪を振り下ろし、反応しきれていない一体目を切り裂いた。
仲間がやられたからか、敵意を感じたからか、残りのメディーヌ達の舌先が大蛇に向く。
次の瞬間、そいつらはぶるぶると小刻みに震え、ぶしゃぁっ、と背中から八本の触手を現わした。伸び縮みするその触手は、先端がつまようじのように尖っており、内六本を足にして虫のようにわさわさ動く。しかもこいつもなかなか素早く、スピードだけなら互角だろう。
だが、技のキレでは圧倒的に大蛇が勝っている。
メディーヌ達は次々と大蛇に迫り、仲間と連携して触手を繰り出すが、大蛇は巨体にもかかわらずすんなり避けて、お返しとばかりに触手を断ち切り本体を叩き潰す。
ぼけっと突っ立っているだけの俺達に向かってくる気の利くメディーヌも何体かいたが、たどり着く前に大蛇の尾に薙ぎ払われ壁に激突して動かなくなる。
すべてのキメラが息絶えるまで、それほど時間はかからなかった。
敵の全滅を確認すると、大蛇はこっちに顔を向け、
「ありがとう……またね……」
礼を述べるノエルに何も応えぬまま、煙のようにスゥッと宙に溶け消えた。
ノエルはくるりと反転し、俺を見る。
「どう……? 今ので満足した……?」
その問いかけに、俺はフッと笑い、
「こういうのを待ってた!」
親指立ててグッジョブサインを返した。
それから軽く首を傾げ、
「でもなんでひとことも喋らなかったんだ? ムゼ……なんとかさん。タガナみたいに何か言うのかと思ってたのに」
「あー……ムゼラルノクは……無口だから……」
やんわり応えながら、正面の壁に現れた出口へと進むノエル。
どうやら幻獣の中にも矢鏡みたいなやつはいるようだ。
因みにムゼラルノクさん、結構気難しい方で、ノエルの力なら呪文もモーションも無しで呼び出すことも出来るけど、ちゃんと呪文を唱えないと従ってくれないらしい。
ファンタジー好きとしては喜ばしい限りだ。
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