14 万能コンビ
14-1 重なる記憶 - Shikyou side-
歩き始めてどのくらい経っただろうか。
矢鏡はふと足を止めた。
通路には自分の他に目玉型の機械が三体いる。しかしいずれも視界に入った時点で氷の彫像と化しており、傍を通る頃には完全に動きを止めていた。
その先頭の一体を仰ぎ見て、なんとはなしに背後を見やる。
来た道の先は、やはりぼやけてしまってよく見えない。これまでに何度も敵と遭遇し、使われているのかどうかも危しい部屋をいくつか見てきたが、依然として仲間達の手がかりは得られなかった。
待つ方より、当てもないのに探し始める方を選んだことを、少し早計過ぎたかもしれない、と後悔し始める。もしかしたら、マラクを倒したあの部屋で待っていれば、誰かが来たかもしれないのに、と。
そこまで考えて、後悔なんてする意味がないと悟る。どちらにせよ、この複雑な要塞の中ではどう転ぶのかわからないのだから。
気持ちを切り替え、矢鏡は再び歩き出した。
そして、今までは――エルナがいた頃はどうしていたのかを思い起こす。
すぐに出てくるのは頼りがいのある背中。
エルナは他人の後ろをついていくことを嫌っていたため、常に先陣を切っていた。
矢鏡はいつも追いかけていただけだった。
矢鏡には逆立ちしても真似出来ないが、彼女はどれだけ難解な迷路であっても、鋭すぎる勘を頼りに迷うことなく進むのだ。さすがに最短距離をいくほど的確ではないが、おかげでほとんどの任務が短時間で遂行出来ていた。
もちろん任務中に彼女から離れ、別行動をした時だってある。けれど、自分の力で見つけられたことなどただの一度だってありはしない。彼女が探してくれなければ、あるいは派手に暴れて居場所を教えてくれなければ、矢鏡には見つけることが出来ないのだ。
だから自然と、華月が暴れてくれればわかるのに、と考えてしまう。しかし、その考えはすぐさま振り払われた。
(――いや。華月はエルナとは違う)
同じ魂なだけあり、二人は外見も性格もほぼ同一だが、むろん違うところもある。
最も大きな違いは知識の量。
一般より多少劣ってはいるものの、華月には教養も常識も備わっている。けれどエルナにはそれがない。まったくと言っていいほどに。
常識の欠けた彼女は大胆不敵で、奇想天外で、自由だった。道が無ければ作ればいい、行き止まりなら壁や天井を壊せばいい、相手がどこにいるかわからないならてきとーに歩いていればそのうち見つかる――それが彼女の考え方。その考え方は矢鏡達には美点と思えるが、人の中で生きていくには難がある。傍若無人とも取れる性質で成功出来るのはごくわずかだ。
恐らくそう遠くない未来、華月も彼女のようになるだろう。
しかし今はまだ、彼女ほど自由気ままに行動していない。人の中で生きるために、ずっと抑え込まれていたのだから。
故に彼は、仮にも他人の住処を問答無用で壊すような、無遠慮で非常識なことはしない。
(あ。ということは……チャンスじゃないか?
俺から見つけることが、今度こそ出来るかもしれない)
それは長年見てきた夢。幾度となく挑戦して、すべて失敗してきた夢。
(エルナの動きは予想も出来なかったが、常人の考え方なら……
それに今回はフィルが一緒だ。フィルなら、罠だらけの要塞で下手なことはしない方がいいと助言するはず。なら、俺と同じで手がかりを探して彷徨う以外に手は無い。
見つけた者勝ちなら勝機はある。機械関係ならフィルより俺の方が強いし)
矢鏡は次の十字路を左へ曲がり――
ドガゴゴゴゴォンッ!
突然の轟音と、凄まじいスピードで左から右へ瓦礫と爆風が横切ったことに目を丸くした。思わず足と、思考を止める。
周囲に広がる土煙が落ち着いてきた頃、ようやく脳が動き始めた。
(なんだ今の)
矢鏡の五メートル先の床には瓦礫が散らばり、両側の壁に大型トラックだろうと余裕で通れるほどの大きな穴が空いていた。
風圧で乱れた髪を直しもせず、ゆっくり左の方の穴に近付く。そっと覗くと、分厚い壁の向こう側は、まるで合わせ鏡でも見ているかのように大穴の空いた壁が奥まで続き、散った瓦礫が直線の道を作っていた。
矢鏡は今度は正反対――なにかが飛んでいった方を向き、そちらも同じような光景であることを視認する。
丁度その時。
「……ーい」
真後ろから微かに声が聞こえた。誰のものかはそれでもわかる。
(あー…………やっぱり勝てないな……)
ふーっと息を吐き、振り返った。
暗い穴の先から、まだ小さいが足音が聞こえる。一人分の足音は軽快で、まっすぐこちらに近付いてくる。
それから一分と経たずに、声の主は姿を見せた。
「やっぱ矢鏡だ。こんなところにいたんだな」
タガナを背負った華月は矢鏡の前で足を止めると、ぶはっ、と噴き出し楽しそうに笑った。
「ってか、髪すげーぐちゃぐちゃだぞ! 直さないの?」
言われて矢鏡はようやく気付き、ささっと軽く整えながらタガナを見やる。細かい欠片がパラパラと落ちた。
「……その子は? 捕まってた人間か?」
「人間ではありません、タガナです。この姿でお会いするのは初めてですね」
にっこり笑ってタガナが答えた。
「タガナ……ってことは、ノエルサーガに会ったのか」
「あぁ」
華月は呆れたような顔をして肩をすくめた。
「お前がいなくなってから色々あってな。俺だけ別の空間に飛ばされて、そこで見つけた」
「……だからフィルがいないのか」
「大分探したんだけどな。この要塞広すぎるわ」
「ノエルサーガの方は? なんで一緒じゃないんだ?」
「あー……」
矢鏡の問いかけに苦笑いを浮かべ、視線を反らす華月。
「まぁ……その……訳あって……」
しどろもどろに言いながら、矢鏡の後ろを顎で示す。
「そっちにぶっ飛んで穴開けまくってるのがノエル……」
「…………え」
矢鏡は一度背後を見やり、また視線を二人に戻した。
「……敵の攻撃で?」
「…………」
華月はすぐには答えず、ゆっくり顔を背けてから、
「……いや……俺がやった」
「は?」
「ちょっとな、むかーっとなって……七割くらいの力で思わず……」
「殴ったの?」
こくり、と頷いて肯定。それから青ざめた表情で項垂れ、
「さすがにやばいと思って、今追いかけてるところ。
……生きてるといいんだけど……いやほんとマジで……」
矢鏡は少しばかり考えて、
「他の連中ならともかく、ノエルサーガなら大丈夫だよ。この程度じゃ死なない」
きっぱりと言った。
華月は眉根を寄せ、
「なんでそう言い切れんの?」
「あいつは主護者一〝堅い〟奴だからな。肉体強化は防御力も上がるって言ったけど、その防御力だけやたら特化していて、致命傷どころか血を流すことすら滅多にない。おかげで〈不死身〉というあだ名までついた。
君を最強の矛と呼ぶなら、最強の盾はノエルサーガなんだよ」
「……マジで?」
「あぁ」
「でもノエル、『オレは強くない』って言ってたぞ?」
「君と比べたらみんな等しく弱者だよ。
あいつは主護者の中で五本指に入るほどの実力者だ」
「……四百人中、五位以内?」
信じられない、という顔をする華月に、矢鏡は頷いて見せる。
「睡眠欲が強すぎるところが玉にキズだけどな」
「あー……確かに、隙あらば寝ようとしてたな……」
その様を思い出しているのだろう。華月は斜め上へと遠い目を向けた。次いで、視線を矢鏡に戻して笑みを浮かべ、
「ここでお前と会えたのはよかった。怪我の功名ってやつだな。
とりあえず今はノエルを追いかける――でいいだろ?」
矢鏡が首を縦に振る。
「あとはフィルと合流したいところだけど……
まぁ、歩いていればそのうち見つかるだろ」
朗らかな華月の言葉に、思わず矢鏡は目を見張る。
それは昔、どうしてそんなに簡単に他人を見つけられるのか、と聞いてみた時に返ってきた答えだった。
エルナと華月はまだ違う。
つい先ほど、華月が現れる前まではそう思っていた。
けれど、もしかしたら――
「ねぇ華月」
矢鏡が名を呼ぶと、華月は不思議そうに首を傾げた。
「もし道が行き止まりだったり、部屋に閉じ込められたりしたら……どうする?」
これも昔エルナに聞いてみたこと。
その時彼女は当然そうにこう答えた。
『壁でも床でも壊せばいいじゃない。敵の根城なんだから遠慮なんていらないわ』
と。
さすがに唐突すぎたらしく、華月は訝しげに眉をひそめる。
「急になんだよ? この先そうなるかもってこと?」
「そう……ただの、可能性の話」
矢鏡の目が真剣そのものであることを見て取ると、ふむ、と一瞬考えて、
「壁でも床でも壊せばいんじゃね。敵の根城なんだから遠慮なんていらないだろ」
やはり当然そうにそう答えた。
「……そうか」
矢鏡はどこか懐かしむように少しだけ目を伏せた。
そして、同じ魂だからといってここまで似るものなのか、と思うと同時に、吹っ切れるまで早いな、と感心した。
「って、こんなのんきに話してる場合じゃないな。
行くぞ矢鏡!」
呼びかけて、ノエルが飛んで行った方向へ走り出す華月。
矢鏡は一拍遅れて走り出し、華月の隣に並んだ。
「ところで、なんでタガナは自分で走らないんだ?」
「あぁ……最初は走ってたよ。でもたった三キロ走っただけで『もう無理です!』ってへばっちゃって。だから俺が抱えてんの」
「頑張りましたけれど、華月様にはついていけなかったのです。仕方ありません」
ぷくーっと頬を膨らませて、タガナは悔しそうに言った。
ノエルが空けた穴はまだまだ奥へと続いていた。
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