13-3 一番と二番

『愚鈍な人間のくせに、ここまで来るなんてすごいじゃなーい。

 でも、難しいのはこれからだから、まだまだ気を抜いちゃだめよー?』


 十九問目の四角い部屋の中に、女の声が鳴り響く。因みに今のセリフ、十六問目からは問題の前に必ず入っている。多分飽きたんだな……


「いつまで続くんだろうな、これ」


 ため息交じりで呟く俺。やる気はとっくになくなっている。つっても何もしてないけど。


「さぁー……?」


 こてっと首を傾げつつ、バッテンを描くように配置された九つの台座を眺めるノエル。台座は俺の腰より高く、それぞれびっみょーに色の違う豆腐みたいな塊を上にのせている。


「同じようなものが続くだけでひねりがないですよね。わたくしも飽きました」


 にこにこしながら正直な感想を述べるタガナ。

 この間に問題文が流れるが、んなもん無視無視。どーせ聞いても知らない単語ばっかでわかんねーし。


「あー……」


 ノエルは気の抜けた呻きを発してから、豆腐もどきを端から順に観察していく。俺とタガナは壁際で、その様子をぼけっと眺めた。

 半分くらい見終わったところで、


『見つけたぞ』


 新たな声が上がった。さっきまでの女の声とは似ても似つかない、渋いおばあちゃんボイスだ。

 反射的に見上げる俺達三人。


『こんなところまで入り込んでいたとはな。それも妹が作った遊び場に。並大抵の知識では解けない問題しかなかったはずだが……短時間でここまで来るか』


 妹……ってことは、ここの悪魔は三兄弟なのかな。


『さすが切れ者と名高い海の…………んん?』


 なぜか驚いたような声を出すばあさん。

 しばしなぞの間が空いて、


「……水色の長い髪の……胸がでかい女……」


 超ちっさい呟きがぎりぎり聞こえた。なんなんだ、急に。


「おい、そこの女。まさか貴様が月の主護者か?」

「いいえ、違います」


 タガナがにこやかに即答する。

 ほっとしたようにばあさんが短く息を吐く。

 その間にタガナは俺を手で指し示し、


「こちらの華月様が月の主護者です」

「あ、教えるんだ。親切だなー」


 俺は素直に感心した。敵に砂糖を送るとは――あれ? コショウだっけ?

 まぁいいや。どのみち、その程度なら教えたところでデメリットはないだろう。


『な、なな……ななななぜ月がここにいる? 大勢の妖魔たちで、と、取り合いしているはずだぞ? こここんなところに来ている暇などないはずではないか?』


 なぜかめっちゃ狼狽えるばあさん。声が震えまくっている。


「なんだよ。俺がいちゃ駄目なの?」


 腕を組んで聞き返すと、ばあさんは呼吸困難にでもなったかのような言葉にならない声を漏らして、


『そ、そんなわけあるまい! ただ……あれだ、すでに二番がいるというのに、一番までもがわしの手中にいるとは思ってもみなかっただけだ!』

「一番? それなんの番号?」


 しかし残念なことに、これには答えてくれなかった。

 その代わり、


『まずい……月といえば怪力の権化……壊せないものなど無いと聞く。可能な限り頑丈に作ったが……そんなやつ相手に、果たして要塞がもつかどうか……

 だが仕留められれば一気に…………これはすごい好機だぞ……』


 蚊の鳴くような超ちっさい呟きが聞こえてくる。


 そういうのは口に出さない方がいいんじゃないかなー。目だけじゃなく耳も良い俺には聞こえちゃったぜー?


 その後も何やらぶつぶつと呟いていた(さすがに聞こえなくなった)が、納得したのか急にフンっと鼻で笑うと、


『まぁよい。この要塞に入ったからには袋のネズミ。相手が誰であろうと、もはや後れを取ることはない』

「そうかぁー。じゃあ外が見えるまで壁を壊すとするかー」


 意地悪く笑ってそう返すと、ばあさんは一瞬言葉を詰まらせて、


『だ、だが貴様らの始末は後だ!

 邪魔者どもを片付けるまで、そこで大人しく遊んでいろ!』


 言い終えると同時に、ポチッというボタン音が鳴る。途端。


「おぉっ」


 ごごごごご、という地響きが始まり、部屋全体が小刻みに揺れる。震度三くらいかな。

 すべての台座が数瞬で地に吸い込まれ、空いた穴は横から生えてきた床板によって塞がれる。四方の壁は、まるでスライドショーのように上へと滑っていき、下から新たな壁を現してはまた滑るのを繰り返す。外の見えるエレベーターに乗って、下がっていってる気分になる。


 五枚ほど壁が入れ替わったところで、ようやく振動が止まった。

 一方向だけにどっかで見たようなアーチ形の入り口がある。


『タラッタラッタターン♪ 試練の間へようこそー♪』


 変な効果音に、楽しげな若い女の声。さっきまでいた難関部屋と同じ始まり方。続くルール説明も一緒。


『先程とは違い、貴様ら主護者用にこしらえた部屋だ。そう簡単には進めんぞ』


 にやにや笑ってそうな声音でばあさんが補足を入れる。

 俺はなっがいため息を吐き、


「さて、壊すか」


 にっこり笑って、入り口とは逆の壁に向かう。


『まてまてまて! 壊すな! いや、壊しても無駄だ! 正しい道を通らない限り、どこにも行けないようになっておるのだ!』

「あっそう。じゃあ壊して確認するよ」


 なんか嘘っぽかったので、歩みを止めずに拳を構える。


『待てというに!

 ――はっ! そうだ貴様、重要なことを忘れてないか?』

「……重要?」

『ほら、これだ』


 パッと、正面の空中に四角い画面が現れた。周りには映写機もなにもないのに、最新テレビのようにはっきりとした映像が見える。なにこれすげぇ。


「あ!」


 俺は思わず声を上げた。

 画面には、黒い布から突き出た枯れ枝みたいな手の上に、見慣れた木の鞘がのせられている様が映っている。


「俺の刀!」


 広大なピンクの海に落ちたと思って完全に諦めてたのに! マジか!


 ぶわっと喜びが込み上げてくるが、それも一瞬。


『拾っておいてやった。返してほしいだろう?』

「くっ……人質ってことか」

「人じゃないけど……」


 悔し気に言う俺に、背後でぼそっとツッコむノエル。

 俺は肩越しに振り向き、じゃあ刀質かたなじち、と返して視線を戻した。


「進まないと返さないって言いたいんだな?」

『その通り』

「けど、進んだからといって返してくれるとは思えないぜ?

 こういうのって、従ったところで結局は壊されるのがお決まりのパターンだしな」

『ではこうしよう。すべての試練を乗り越えた先に、要塞に戻るための出口がある。そこにこの刀を置いておく。むろん、それ以降わしは手を出さん』


「……よーし、わかった。それなら、とりあえず言う通りに進んでやるよ。

 でも、もしそれが嘘だったり、刀はあっても折れてたり傷付いてたりした時は――例えお前がお年寄りでも、容赦なく全力で殴るからな」

『あ、案ずるな! いい今すぐ置きに行く! ではせいぜい頑張るといい!』


 狼狽えまくった早口で言い終えると同時に、ブッとマイクが切れたような音がして、浮いてた映像が消える。


「さすが華月様。悪魔にも恐れられているなんてすごいです」


 タガナが和やかに言った。

 俺はくるっと反転し、彼女にジト目を向ける。


「それは俺じゃなくてエルナ。面倒だから話合わせただけで、俺はまだなんもしてない」

「確かにそうかもしれませんが……わたくしたちにとって、エルナ様は華月様で、華月様はエルナ様なのです。ですから、エルナ様がしてきたことは、華月様がしたことになるのですよ」

「…………そーゆーもん?」


 こっくりと頷くタガナ。

 俺は少しだけ眉をひそめた。


 前世の話を聞いた時から『きっとそうなる』と思っていたからショックじゃないけど、やっぱり俺は"エルナ"として見られるんだな。でも面と向かって言われるとは思わなかった……


 まぁいいや、と軽く流して、即座に頭を切り替え、


「あ。一番ってなんのことか聞くの忘れた。ノエル知ってる?」


 尋ねて気付いた。

 ノエルが、どこか遠くを見るような目で俺を見ていた。


「……華月」


 どうした、と聞く間もなく名を呼ばれる。

 笑みを消した、真剣そのものの表情で。

 つられて俺も真顔になる。


「少し、話をしようか」


 のんきを表していた声は、間延びもしていない、クールキャラのような落ち着き払ったものへと変わった。


 …………誰こいつ? あ、二重人格?


「一番が何かわからないのなら、きっとまだ知らないだろうから教えるね。

 君は妖魔に狙われやすいってことは聞いてると思うんだ。

 でも、それじゃ正しくない」

「正しくない?」


「オレ達の強さは主に通力量に比例する。そして君は、神と魔王を除くすべてのモノの中で最も通力が多く、最も強かった。それも有り余るほど圧倒的に。さっき妖魔が言っていた『一番』っていうのはそういうこと。

 だから魔力の増やし方を知っている妖魔はみんな君の魂を欲しがる。君の力は、手にすれば例え低級であっても余裕で魔界の頂点に立てるほど莫大だから。もちろん主護者なんて敵じゃなくなる。

 でも君は――エルナはとても強かったから、ほとんどは無謀と悟って諦めていた。だから実際に襲ってくる妖魔は少なかったんだ」


「つまり、正しくは『みんな狙ってるけど襲ってくるのは少ない』ってことか?」

「うん」

「ふーん……。自分じゃわかんないけど、俺そんなに通力あるんだな」


 まぁ正直、んなこと言われても困るんだけど。どーでもいいし……と、待てよ。


「あれ? じゃあ二番って……ノエルが俺の次ってこと? エルナの次に強いの、お前だったの?」


 思わず指をさして聞くと、ノエルはわずかに首を傾げ、


「通力量なら合ってるよ。君の次で、君よりは少ないけど多大な力を持ってる。妖魔からの人気順も二番目。

 でも強くはない。オレは戦うのは好きじゃないから」

「天界には、通力量は劣っていても、才能で超えていく優秀な方もいますからね。

 エルナ様くらいですよ、どちらも優れていらしたのは」


 タガナがにこにこしながら補足を入れた。

 ノエルは目を伏せ、ゆっくり開いて俺を見据える。


「だけど、エルナはもういない。それがどういうことか、君は知っていないとダメだ。

 覚えておいて。君とオレは、神にとっても妖魔にとっても特別な存在――戦況を左右するカギなんだ。オレ達のどちらかが欠けただけで、シンの生存が不可能になる。神が死んだら、自動的にこの世のすべてが崩壊する。


 だからオレ達は、絶対に負けてはならない。死んではならない。でなければシンも世界も守れない。

 君が主護者になるということは、エルナが背負ってきたものすべてを引き継ぐことになる。辛くても悲しくても、嫌な思いをしても、それでも戦い続けなければならなくなる。


 ――もしその覚悟がないなら、自信がないなら戦わないで。地球に帰って大人しくしてて。特殊な術で守られている地球なら、妖魔に見つかる可能性が低いからどこよりも安全だ。

 戦力が減るのは苦しいけれど、君に死なれるよりはずっといい」


 はっきり告げるその声には、一ミリも感情が含まれていない。心配もしていなければ、責めているわけでもない。俺のためでもシンのためでもなく、世界のためにただ合理的な意見を述べているだけだ。


 今まで会った仲間達は、誰一人こんなふうに言わなかった。会社みたいな堅苦しさなんて微塵もなく、みんなフレンドリーに接していた。


 でもきっと、それだけじゃダメなんだな。こうやって大事なことを私情抜きで言える人もいないと、チームとしてまとまらないんだろう。


 ただ……ただな……

 アホっぽくてサボり魔にしか見えなかったノエルに言われても、素直に受け止めることができないんだよなぁ……


 もしかしたら、今の頭良さげバージョンの方が地で、のほほん状態の方は演技だったのかもしれないけど。いや、二重人格の可能性もまだ残ってるか。


 ――とまぁ、そんなことより。


「俺はバカだから、引き継ぐっつってもどうすればいいかわかんないし、あんまり深く考えてないから覚悟も中途半端なのかもしれない。自信もそんなにない。

 だけど、死ぬ気もないし、負ける気もない。安全な場所で大人しくしているつもりもない。

 特別だとか、エルナのこととか、そんなのどーでもいいよ」


 緑の双眸を見返して、腕を組んでにぃっと笑う。


「俺は俺のやりたいようにやる。他のことは知らん!」


 無責任だと怒られるかもしれないが、堂々と言い切った。

 呆れているのか、返す言葉に迷っているのか、ノエルは口を開かない。


 五秒ほど沈黙を続けて、無言のまま俺に向かって歩いてくる。一歩手前で立ち止まると、片手を上げて――


 ぽんっ


 なぜか俺の頭にのせる。


「うん、良い子だ」


 保父さんのように優しく微笑んで、わしゃっと軽く頭をなでた。


 うわ……なんか…………すげー"お父さん"っぽい……


 そう思っている間に、ノエルは俺から離れてタガナの横に戻っていく。


「……ってか、なんで良い子?」


 何故突然褒められたのかわからず、眉根を寄せる俺。

 ノエルは踵を返してこちらに向き直ると、


「華月はそれでいいってことだよ……だから変わらないでね……

 いじわるな言い方してごめん……でも、エルナじゃないなら言っておかないとダメだし……ちゃんと自覚してもらわないと困るから……」


 のんびりゆっくり気の抜けるような声で言った。どうやら"のほほん"に戻ったらしい。


「え……いや、ちょっと待って。なんか混乱してきた」


 俺は片手を上げて、もう片方の手の指を額に当てる。考えをまとめるために、ふーっと長く息を吐き、


「とりあえず――お前、速く喋れたんだな」

「あー……まぁね……」

「じゃあ、なんでそうやってゆっくり喋んの? 速いままのがいいじゃん。その方がアホそうに見えないし」


 首を傾げて問いかけると、ノエルはアホ丸出しのにこにこ笑顔で答える。


「疲れるからいーやぁー……」


 あー……こいつマジでぶっ飛ばしてぇー……


「……じゃあ、なんでさっきは変えたんだよ?」

「えー……だって……

『オレ達が死んだら……シンも生きられないし……そしたら全世界が崩壊するから……死んじゃダメだよー……』

 っていうふうに言ったら……重要な話だと思えないでしょ……?」

「あー……確かに」

「大分前にね……『ふざけてんのか、そんなんじゃ説得力ねーよ』って……怒られたから……大事な話をするときだけ……頑張って変えてるの……」


 ということは、やっぱりのほほんの方が地か。

 俺は、なるほど、とこくこく頷き、


「因みに、死ぬなとか負けるなって言ったけど……捕まるのはいいのか?」

「あー……ちゃんと無事に逃げ出せれば……それはいいよ……仕方ない場合もあるし……」

「あぁそう。あと……あとさ、どーでもいいことだけど――」


 ちょっと言いにくいため、少しだけ躊躇ってから、


「フィル達は大人って感じがするけど、ノエルはなんか……父親って感じだな」

「まぁ……オレは死ぬ前に妻子いたから……」

「マジで!?」


 子どもに慣れてるだろうとは思ったが、まさか結婚してたとは。


「娘が二人……すごく可愛かったんだよ……」


 若干照れた様子で言って、それからとても寂しそうな笑みを浮かべた。

 常にのほほんしていても、何かしら抱えているものはあるらしい。シンにもタブー話があったけど、こいつの場合は家族っぽいな。


 さすがにそれ以上は聞けなかったので、やや強引に話を切って、先に進もうと促した。

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