13 誰のために何を選ぶか
13-1 人は見かけによらないこともない
「意味がよくわかりませんが、なんだか面白そうですね♪」
わくわくした様子でタガナが言った。
「うーん……閉じこめられちゃったねぇ……」
優しい笑みを上に向け、のんびりゆっくりノエルが言った。
ついさっき通った天井の穴はすでに塞がっており、町内会の祭りのチラシのように装飾された出入り口以外に進める道は無い。
俺は二人にジト目を向け、
「お前らなぁ……そんなのんきなこと言ってる場合か? まずい状況だろこれ」
「そう……?」
ノエルは不思議そうに首を傾げる。
のーみその代わりにコンニャクでも詰まってんのかこいつの頭……
俺は盛大にため息を吐き、
「いいか、よく考えろ」
そこで一回切り、俺、ノエル、タガナと順番に指差しつつ、
「バカ! アホ! 人外!
このメンツでクイズゲーなんて無理に決まってんだろ!」
『くいずげー……?』
何を言っているのかわからない、という顔をするアホと人外。どうやらメンツは通じても、クイズゲーは通じないらしい。
そういや、フィルにはイケメンが通じなかったけど、フィルのおやじさんはイケメンって言ってたな……
もしかして、自動翻訳機能って完璧じゃないのか……?
「このような場所のことを『くいずげー』と呼ぶのですか?」
タガナがそう聞いてくる。やっぱそうだ。完璧じゃないんだ。
……まぁ、たまーに通じないだけっぽいから、気にしなくてよさそうだけど。
説明するのはめんどいので、てきとーに、そうそう、と答えておく。それから腕を組み、
「にしても、マジでどーすっかなー……」
うーん、と唸りながら頭を動かす。頑張れ俺、解決策を見つけるんだ。
「……? 進めばいいんじゃない……?」
出入口を指差し、のほほんと応えるメガネ。少しは考えろダメガネ。黙ってれば頭よさそうに見えんのに。残念なやつだ。
ツッコミを入れるとキリがないと賢明な判断をした俺は、たわ言を華麗にスルーして、
「あ、そうだ。召喚でさっきのところに戻ればいんじゃね? 落ちる前の廊下に」
「んー……出来るけど……この先にも異空間の境目があるかもしれないから……戻るよりは進む方がいいと思う……」
「でもそれ、進めたらの話だろ」
「そうだけど……
でも華月……まだどんな内容なのかもわかってないんだから……諦めるのは早すぎるんじゃないかな……」
言われて少し考え、
「まぁ、確かに。簡単な問題しか出ない可能性もないわけじゃないし、行ってみるってのはありか。無理なら戻ればいいだけだしな」
そう結論を出してアーチ型へと向かう。
そして気付いたが、この先のぼやけは通路のものとは違うらしい。近付いても、出入口のところからぼやけているのは変わらない。まるで水の中を覗いているかのように、超不自然にゆがんでいた。
俺はその一歩手前で立ち止まり、肩越しに振り向いて後ろを見やる。
「じゃ、行くぞ」
呼びかけに、二人が頷いたのを確認してからゆがみの中に足を踏み入れた。
見た目通り水の中にいるような視界の中、歩くこと約一分。
抜けるとそこには六角形の広い部屋。入ってきた場所以外の壁にはそれぞれ鉄のドアが一つと、その上に白い大きなプレートが一枚張り付いてる。プレートは横長で、何か書いてあってもおかしくない感じなのだが、なぜか何も書かれていない。なんのためについてんだろうな。
「わー……」
後ろで上がるノエルの声。驚いてるのか感心してるのかはわからない。
俺は部屋の中心で足を止め、振り向いたところでタガナがゆがみの中から出てきた。次いでゆがみが、ぼわんっ、と蒸気のように一瞬で消え、ただの壁へと変化する。そして、
『パッパッパーラパー♪』
再び変な効果音が鳴り響いた。但し今回BGMは無し。
『はーい、一問目の始まりでーす♪ 正解だと思うドアに入ってね♪
もし外したら、ドアを開けた時点でドッカーン! って派手に吹っ飛んじゃうから、慎重に考えるのよー?』
テンションの高い女の声は上から聞こえた。しかし見上げてみても、本人はもちろん、スピーカーらしきものすらない。変態の城と同様、どこからか声だけ届けているようだ。
『それじゃもんだーい!
"ゲルタグジニス"に"アリモナ"と"メンティゴ"を合わせると何になるでしょーか?』
言い終えた途端、全てのプレートに黒い文字が浮かぶ。
右端から順に、イマギ、ラーマド、ヂェド、ビエルビッサ、ガナゴ。
一通り見て、俺はふっと笑った。
「呪文かっ!?」
めんこを床に叩きつけるような動作でツッコミを入れる。
「問題も選択肢も初めて聞いた単語しかねぇよ! 最初から解かせる気ゼロか!」
「わたくしにもさっぱりです」
にこやか笑顔のまま困ったように言ってくるタガナ。
「だよな! よし、ノエル! やっぱこういうのは無理だ! 戻ろう!」
なんとなくこぶしを握り、よろしく頼む、という意味でノエルを見る。
だが――
返ってきたのは、首をぷるぷる左右に振るジェスチャー。
俺の頭にハテナマークがいくつも浮かぶ。
「……なんで?」
当然の疑問を声にすると、ノエルは困ったような顔を作り、
「このまま進もう……」
と言った。俺の疑問はスルーか。
「だから、なんで?」
さすがに納得できないので、もう一度、噛んで含めるように聞く。
それでようやくわけを話した。
「今通ったゆがみの中に……異空間の境目があったみたいで……またセンリの反応があったの……多分少しずつ近付いてる……だから……」
「なるほど。だから進んだ方が見つかるかもってことか」
言葉を継いで結論を出すと、ノエルはゆっくり頷いた。
俺はあごに手を当て眉をひそめ、
「つったって……初っ端からつまずいてんのに、どーやって進むんだよ。
言っとくけど、いくら当たるからって俺の勘に頼るのはナシだからな。外れりゃ爆発、なんてもんに、いつもの『てきとーでいいやー』でいこうとは思わない」
エルナはどうだったか知らないが、俺はそこまで無鉄砲じゃない。だって間違えたらあの世行きだし。ちょっとは慎重にもなるわ。
「問題文だって忘れたっつーか、なんかの呪文にしか聞こえなかったし。俺はお手上げだ」
もう一回問題を聞けばなんとか、なんてレベルじゃないからなー。
肩をすくめてはっきり告げると、ノエルは何故か笑みに戻り、
「あー……大丈夫……」
言いながら、左から二番目のドアへ向かい――
ためらいもせずに開けた。
開けやがった。
「……!?」
完全に予想外の出来事に、驚きは声にはならず、一瞬で頭の中が『爆発』と『死』の文字で埋め尽くされる。
だが、
「…………あれ?」
想像とは違い、いくら待っても爆発しなかった。なぞ。
わけがわからずぽかーんとしている俺に、ノエルはにっこり笑い、
「知ってるので良かった……」
などという意味不明な発言を――って待て待て。
「え……? 知ってた?」
思わずおうむ返しで問うと、ゆっくり頷いて、
「うん……ずいぶん前に……フィルから聞いた……
ゲルタグジニスっていう鉱物に……アリモナっていう木の樹液と……メンティゴっていう草花を混ぜ合わせると……
たった一滴口にするだけで死に至る……強力な毒薬、ビエルビッサが出来るって……」
解説しつつ、開いたドアの先――狭い通路へと入っていく。後をついていくタガナ。
脳内に浮かんできた、とある可能性を否定しながら俺も二人を追った。
**
通路は短く、すぐに次の部屋へ出た。
広さはさっきと同じで、全員が中に入ると後ろの通路が消えるところも同じ。
違うのは、ドアが対面の一つだけになったことと、部屋の中心にロッカーのような機械の塊と、その手前に十本の長いコード(太さと色はバラバラ)が置いてあること。
『一問目正解おめでとー♪ まぁでも、簡単なのにしたから当たり前だけどねー』
またしても勝手に流れる女の声。しかもむかつく発言。何が簡単だ。
『じゃあ次ね。
そこにある機械、コードをどう繋げば動くでしょう? 実際にやってみてね♪
正しかったらドアが開いて次にいけるから、がんばってねぇん♪』
女の話が終わってすぐ、俺は天井を睨みつけ、
「いや『がんばってねぇん』じゃねぇよ! ノーヒントでこんなのわかるかぁっ!
せめてこれが何の機械かくらい――」
「無駄だよ、華月……」
言葉を遮り、はっきりとだがやっぱりのんびり言うノエル。めずらしく笑ってない。
「なんで!?」
わけがわからず尋ねれば、なぜか一拍の間を空けて、
「ここが……人間を閉じ込めて……楽しむための場所だから……
至る所にカメラを仕掛けて……録画しておけば……見張る必要はない……
だから全部自動にしてる……声はすべて、録音していたものだよ……」
「なんでそんなことわかるんだよ? カメラなんてどこにもないぞ?」
訝しげな顔できょろきょろ周りを見渡すと、ノエルはロッカーに近付き、コードの前にしゃがみ込む。
「カメラはあるよ……うまく隠してあるから肉眼じゃ見えないけど……」
言いながらコードを一本拾ってロッカーを開けた。
中身はいかにも機械、という感じ。テレビを分解したら出てきそうな、小さい部品がいっぱいくっついた板とか、鉄の破片とか、歯車とか、光っている小さい球とか、コードとかがみっちり詰まっている。もちろん俺にはなにがどーなってんのかまったくわからない。
矢鏡ならわかったかもな。大手電機会社社長の息子だし、パソコン打つの早いし、手先器用だし。多分機械にも強いだろう。
さっきの問題は偶然知っていたみたいだから良かったが、そんな偶然は続かない。
現にノエルは中を見つめたまま固まってしまった。
俺は長く息を吐き、にこにこ笑顔を崩さないタガナを見た。
「いちおー聞くけど……わかるか? あれ」
「いいえ。恥ずかしながら、わたくしは人間に関心がありませんので、人間達が生み出したものはあまり知りません。言葉も、あのような道具もです」
「……そうか」
だよなー、と思いつつ、とりあえずドアの方に向かってみる。ノブを回して押したり引いたりしてみるが、むろん開かない。
まぁでも――
「これくらいなら壊せそうじゃね?」
ドアに手をかけたまま肩越しに振り向き、俺は言った。
「できたぁー……」
立ち上がりつつ、ノエルは笑顔で答えた。ドアが勝手に手前へ開いた。
………………は?
俺は即座にノエルの横に駆けて行き、ロッカーを覗いた。
床に落ちていたコードはすべて中の機械に組み込まれている。そしてさっきよりも光ってる部分が多く、点滅もしている。正常に動きだしたことはすぐにわかった。
「行こうかー……」
朗らかに言って、ノエルは通路に進んでいく。
俺は目を点にして、ただの反射でついていった。
それからもノエルは、アホそうな笑顔を崩さず、出される問題を次々と解いていった。
『言葉の意味を答えろ』『スペルを答えろ』『機械を直せ』『ここにあるものだけで爆弾を作れ』『パソコンみたいな機械を操作してシステムを作れ』
――などなど。
一問目と同じ選択式のものも、実際にやってみろというものも。
一度も迷うことなく、すべて即答する。
「……もしかして…………ノエルって実は頭良い?」
十五問目を解き終わったところで、止まっていた俺ののーみそがようやく復活した。同時に、頭に浮かんでいた可能性を、最初は『まさかな』と否定していた考えを口に出す。
答えたのは、嬉しそうな顔をしたタガナ。
「マスターはとても聡明な方ですよ。"六賢者"の一人ですから」
主護者の中で、ずば抜けて頭のキレる六人をそう呼んでいるそうだ。もちろんフィルも入っている。矢鏡は違うらしいが。
「フィルとアデルには勝てないけどねー……」
やんわり微笑み、片手をひらひら振るノエル。
アデルが誰かは知らないが、とりあえず――
見た目通り頭良かったのかこいつ。
おかげで詰まずにすみそうだけど納得出来ねぇ……
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