12-6 こればかりは無理だと断言

「鉄棒アターック」


 てきとーなことを呟きながら、目玉ロボット十五体目を殴りつけ、左の壁に向けて吹っ飛ばす。そいつは分厚い壁をぶち抜き隣の通路に転がった。次に突っ込んできた十六体目は、


「鉄棒クラーッシュ」


 スイカ割りの如く、ちょっとジャンプして上から叩き、地面に深くめり込ませた。数秒後には、衝撃に耐えられなかった床の一部とともに下の通路へと落ちる。

 他に敵がいないことを確認し、棒を消して、目の前の穴を飛び越えてから振り向いた。


「どの辺とかはわかんねぇの?」


 すこーし離れてついてきているノエルに向かって俺は聞いた。


「あー……異空間は大きさもバラバラだし……境界もないから……出入口がどこかなんてわからないよ……」


 ノエルはやんわり微笑み、穏やかに答えた。

 その隣でタガナはにこにこ笑っている。


 電灯もないのに何故か明るいまっすぐ伸びる通路、ときどき現れる十字路と丁字路、上か下に続く階段、同じくたまに現れるだだっ広い部屋(謎のでっけー植物や謎の機械で埋められている部屋もあった)を、ちょくちょく現れる目玉達(きっと警備ロボなんだろう)を蹴散らしつつ、てきとーに進むことおよそ三十分。


 俺達は迷っていた。


 つか、前回の城もそうだけど、構造が物理的におかしいから迷うなってのは無理。複雑な迷路よりひどいからな。入り口にあった焦げ跡とか、足跡とか、目印になりそうなものでもあれば追えるけど……残念ながら何もなし。フィルがどこに行ったかなんてとっくにわからなくなっている。


 アホっぽくても多分恐らくきっと長く生きてるだろうノエルなら、異空間の出入口の場所に見当つくかもと思って聞けば今の答えだし。


「やっぱダメか。残念」


 軽く肩をすくめて何歩か下がりスペースを空けると、ノエルはタガナをお姫様抱っこして、


「見ても通ってもわからないものだからね……こればかりはどうしようもない……

 でもね……きっと大丈夫……なんとかなるよ……」


 根拠もないことを朗らかに言いながら、穴をひょいっと飛び越えてこちら側に来ると彼女を降ろす。


 んー……?


 俺は二人にジト目を向け、


「……空飛べんのに、こんぐらいの穴も飛び越えられないの? タガナ」

「んー……直径三メートルくらいあれば……普通は無理だと思うよ……」

「だって普通じゃないだろ? 見た目は普通の女子っぽいけどさー」


「えーっとねぇ……簡単に言うと……擬態中は擬態したモノが出来ることしか出来ないの……

 つまり人間に化けた今は……身体能力が普通の人間と同じになってるってことだよ……」

「術も使えなくなんの?」


「使えるけど多少制限される……

 そもそもタガナのような"幻獣"達は……強化系の術は使えないし……」

「ふーん……。つか、やっぱタガナって幻獣だったんだ」


 だろうなーと思ってたからちょっと嬉しい。なにより幻獣って響きがいいよな。いかにもファンタジーって感じで。

 意味もなく頷いて納得していると、ノエルは不思議そうな顔をして、


「幻獣を知ってるなんて……物知りだね華月……

 人間がいる世界にはいないはずだけど……もしかして、華月が生まれた世界にはいるの……?」

「ははっ、いたら面白いけどさすがにいないよ。地球じゃさ、実際にはいない生き物のことを幻獣って呼ぶから、タガナもそうかなって思っただけ」


 俺は苦笑交じりに応え、ふと思い出した。


 そういえば前、なんとかって生き物の話をシンとフィルがしてたな……

 確か、でっけー鳥のような生物で、人間のいる世界にはいないって言ってた。あれ幻獣のことだったのか。


「地球……」


 ぎりぎり聞き取れるくらいの超ちっさい声でノエルが呟く。


 ん? 今一瞬、目付きが変わったか……?


「そっか……じゃあ少し違うね……

 オレ達が幻獣って呼ぶのは……通力とも魔力とも違う、秘められし力――"秘力"を持った生物達のことだから……」


 言いながら、ノエルは再び保父さんのように優しく微笑む。


 ……ふむ。さっきのは気のせいだな。


 俺は踵を返して歩きだし、肩越しに後ろを見やる。

 さっきまでと同じように、ノエル達は離れてついてくる。


「それって通力とどう違うの? ぶっちゃけ通力と魔力の違いもわかんないんだけど」

「あー……それはね……根本といろんなものへの影響が違うんだけど……」


 そこまで言って、ノエルは一度視線をゆーっくり逸らし、また俺に戻す。


「シンに聞いた方がわかりやすいよ……」


 あ、また諦めやがった。


「……わかった。とりあえず、術の源とだけ覚えとく」


 仕方ないので素直に引き下がると、それがいいよ、とのんびり言うノエル。


「あ、じゃあ召喚は? タガナ以外にも呼び出せんの?」

「呼べるよ……召喚は場所さえ分かれば出来るから……」

「へー。じゃあ千里眼とめっちゃ相性いいじゃん」

「うん……だからすごく便利なの……」


 こっくりとノエルが頷くと同時に、足元で微かに音が鳴る。

 次の瞬間、ふっと頭上に影が差し――


 ドガァンッ!


 凄まじい速度で落ちてきた天井を、とっさに振り上げた左手で殴り壊す。それはわずかに上へと戻り、いくつかの瓦礫に分かれ、欠片と粉を撒きながら周りの床に落ちた。


 因みにこの自動ぺちゃんこ装置、これまでに何度もあったんだぜ。ノエル達と離れて歩いているのはそのため。肉体強化を使うほどのもんじゃないから、何度落ちてこようと構わないが――粉まみれになるのがなぁ……あーやだやだ。


 俺は歩みを止めることなく、頭と服を軽くはたきまくりながら、気になっていた召喚と幻獣のことを聞いた。むろん要約する。


 まず召喚。恐らく一般的なイメージは『幻獣を呼び出す技』だろう。しかし実際はそれだけじゃなく、ノエルと会った異世界から帰ってきた時のように、転移と同じこともできる。平たく言えば転移の上位技であり、転移の欠点や制限がなくなったバージョンのようだ。


 ん? それじゃよくわからない? 俺もだ。

 だから違うところを教えてもらったぜ。



 その一、転移は『ここ』から『あっち』にしか行けないが、召喚はどっちも出来る。


 二、転移は必ず自分が移動しなければならない(但し、シンとリンさんは特別なので他人だけでもオーケー)が、召喚にそんな制限はない。


 三、転移では本人の承認がなければ一緒につれていくことが出来ないが、召喚ならいらない。嫌がる奴を強引にってのは転移じゃ出来ないらしい。知らんかった。


 四、転移は前後四年ほど時間をずらせるが、召喚は出来ない。


 五、転移は決まった呪文とかないが、召喚は呼び出すものによってやり方や呪文などが違う。



 ――以上。

 ぶっちゃけ時間をずらすのはシン以外やる必要がないらしいので、便利さは圧倒的に召喚の方が上である。


 そしてひっじょーに驚くことに、使いこなせている者はこの世でただ一人、ノエルだけだという。他に使える人は今のところシンとリンさんだけらしいが、同時に呼べるのはせいぜい五、六体。対してノエルは無制限。マジかよ。


 だが、驚いたのはこれだけじゃない。

 ついでに聞いたんだが、なんと、千里眼はノエル以外誰も使えないという。まさか神と魔王ですら使えないとは……

 それほど召喚と千里眼は、超絶相性の合いにくいものらしい。

 このあたりの話はタガナがしてくれたんだが、


「だからマスターはすごいのです! 素晴らしいのです!」


 めっちゃキラキラ輝いた目で、子供を溺愛する親のごとくたっけーテンションで語っていた。


 確かにノエルだけってのはすげーっつーか、いいなーって思うけど……俺にはサボり魔にしか見えないからなぁ……


 しかし正直にそう言うと怒られそうだし、大人げない感じもするから、へーそっかー、とてきとーに返事して話を切った。


 ってことで次、幻獣について。

 まずどんなのがいるかだが――種類多すぎるからってパスされた。とりあえず、幻獣達は基本的に中立で、他の種族に対して警戒心が強く、友好的ではないのが普通らしい。だから、利害が一致するか、よほど気に入った相手じゃないと手を貸さないんだと。つまり大事なのは人柄であって、神も主護者も妖魔も関係なーし。


 要するに、幻獣に関してはただ呼べばいいってわけじゃなく、ちゃんと一体一体と話し合いお互いのルールを決める――すなわち"契約"を結ばなければならないってことだ。敵になる可能性もあるわけだからな。


 で、契約内容だけど、種族や趣味嗜好によってぜんぜん違うようで、タガナのようにノエルに惚れ込んでいれば『いつでもどこでも自由にどうぞ』となる場合もあるが、対価や道具がないとダメなやつもいるし、時間と場所が制限されている(例えば夜だけとか、魔界はダメとか)やつもいるらしい。


「因みにノエルは何体くらいと契約してんの?」


 正面に見えてきた十字路をぼんやり眺めつつ俺は聞いた。


「んー……そうだなぁ……」


 のんびり言って、うーん、と唸り始めるノエル。

 しばし経ち、十字路についたところでようやく返事がくる。


「多分……百五十体くらいかな……」

「へー、けっこう多いな」


 素直な感想を述べ、なんとなく左に曲がる。その先は変わり映えの無いまっすぐな道。

 敵は来ていなかったので、俺はまた肩越しに振り向き、


「あとさ、タガナの他にも召喚するとこ見たいんだけど……あとで呼んでくれたりしない? 出来れば呼び方がかっこいいやつ!」


 わくわくしながら尋ねると、ノエルはわずかに首を傾げ、


「かっこいい……?」

「ほら、長い呪文唱えるとか、ポーズつけるとか」

「あぁー……」


 納得したようにぽんっと手を打ち、


「めんどくさいからやーだー……」


 思わず殴り飛ばしたくなるニコニコ笑顔で断った。


 ……なんでだろう。こいつにはなんかイラっとしやすい。俺、短気じゃないんだけどな。


 まぁ、とりあえず怒りはどっか置いといて、


「面倒ってだけならいいじゃん。一回でいいからさー」


 俺もニコニコ笑顔で食い下がる。

 だって超見たいじゃん。ファンタジー好きじゃなくてもぜってー諦めねぇよ。


 ノエルは笑顔のまま弱ったように『えー』と呟くだけでオーケーしてくれないので、いいじゃん見せろよー、としつこく言いまくった。


 結果――


「…………しょーがないなぁ……」


 ノエルの方が折れた。やったぜ。


「でも……条件はつけるからね……」

「条件? どんな?」

「んー……そうだなぁ…………じゃあ、二十体以上の敵と遭遇したら、にする……」

「それ確率低くね? 別にいいけどさー」


 言いながら視線を前に戻し、次の丁字路を右に曲がる。

 一拍の間をあけて、


「……マスター。わたくしは無駄だと思います」

「…………オレもそんな気がしてきたよ……」


 二人の会話がぎりぎり聞こえた。

 なにが無駄なのかさっぱりわからんから気にならないけど、内緒話ならもっと小声でやった方がいいぞ。いちいち教えたりはしないがな。


 それきり全員黙り込み、ひたすら進む作業に戻る。

 何度も角を曲がり、自動ぺちゃんこ装置と目玉の機械をいくつも壊し、たまに壁に現れる木のドアを開けて誰かいるか確認する。

 だが結局は何もなく、さすがにちょっとつまんなくなってきた頃。


「あ……」


 ふと、ノエルが口を開いた。見れば、スローモーションのように目を左右に動かして、


「今……一瞬だけ反応した……

 まだ同じ異空間にはいないけど……近いかもしれない……センリ……」

「……せんり?」


 俺はオウム返しで聞いた。

 ノエルは穏やかな笑みを浮かべ、


「あれー……? 言ってなかったっけ……?

 オレの相方の名前……センリなの……」

「言ってない。ってか、千里眼使いの相方がセンリなのか。なんか笑えるな。

 ――そういや、そいつのことは全然聞いてなかったな。どんなやつなんだ?」

「どんなって言われると困るけど……

 えーとね……いつもにっこり笑ってて……」


 俺の頭に笑顔の菩薩が浮かび上がる。


「特性は水で……強くて……いろいろ出来て……」


 イメージが、童話に出てくる泉の女神にぽんっと変わる。多分女性で合ってるだろ。


「とてもきれいな絵を描く人だよ……」

「画家?」

「そう……」


 ゆっくり頷くノエル。


 きれいな絵を描く画家とか、ぜってー穏やかで優しい人だろ。

 そんな優しそうな良い人を働かせてサボってんのかこいつ……


 呆れまくった目を向けるが、ノエルは全く気にしたふうもなく話を続ける。


「あー……あと……フィルとはすごく仲が悪い……」

「え、なんで?」


 ちょっとびっくり。ただでさえフィルは好かれやすそうなのに。

 眞嚮さんと同じイケメン許さない派か?


 ノエルはなぜかすぐには答えず、数秒ほど経ってから寂しそうに微笑み、


「本質が似てるからだよ……」

「似てるとダメなの? むしろ仲良くなれそうな気がするんだけど」

「まぁ……そういう人もいるけど……

 でもあの二人は……似てるけど……大事なところが違うから……合わないんだよ……」

「大事なところ?」

「そう……

 センリは一人でも生きられるけど……フィルは一人じゃ生きられない……

 だから仲良くなれないし……理解し合えない……」

「そうかぁ? フィルも一人で大丈夫な方じゃね? あんだけ頭良いんだから」


 俺がそう言うとノエルはきょとんとして、それからふふっと笑う。


「まだまだだね華月……」

「……なにが?」

「外見は似ていても、マスターと華月様は似ていませんねー♪」


 首を傾げる俺に、タガナが楽しそうに言った。

 途端。


 バコォッ


『あ』


 俺とタガナの声がハモる。

 俺のところからノエル達のところまでの床が、まるで巨大な扉のように下へと開いたのだ。一瞬で。

 当然落ちる俺達三人。


「またかー」


 暗い穴に吸い込まれながら、俺はのんきに呟いた。

 真上の光がどんどん小さくなっていき、かわりに真下に同じような四角い明かりが見えてくる。どうやら今回は少し落ちるだけでいいようだな。

 あっという間に暗い穴を通り抜け、


「着地!」


 空中で体勢を整えた俺は、スタッときれいに床に立つ。

 一拍遅れてノエルもしっかり着地し、


「きゃっ!」

「はむ」


 背中に落ちてきたタガナによって押し潰された。

 衝撃で顔面打ったみたいだけど、悲鳴がハムとか笑えるわー。


 まぁそんなことより――

 俺はぐるっと一周見渡して、ここがそんなに広くない部屋であり、壁の一つにアーチ形の出入口が開いているのを確認した。そしてその上には『出発地点』と赤い字で書かれ、周りに星やら風船っぽいものやらの絵が散らばっている。祭りっぽい。

 アーチの先は別の部屋に繋がっているようだが、通路と同じでぼやけてよく見えない。

 この間に、起き上がったノエルとタガナが傍に来て、


『パッパッパーラパー♪』


 よくわからん効果音が天井から鳴り響き、同時にゲーセンみたいな明るい音楽が流れ出す。ついでに通ってきた穴が塞がった。

 突然のことに目を点にしていると、


『難関部屋にようこそ! いろいろ用意したから楽しんでいってね!』


 どこかから若い女性の声が聞こえてきた。


「誰だ!?」


 咄嗟に問いかけるが、しかし完全無視されて、


『ルールは簡単。一部屋進むごとに一つ問題が出てくるの。それを解いたら先に進めて、解けなかったら死ぬだけよ♪

 いくつ問題があるかはひみつだけど、全部解けば生きて帰れるわ♪

 さぁ、理解したなら入りなさい! ゲームの始まりよ!』


 一方的に宣言すると、女の声はそこで途絶えた。何を聞いても返ってこない。

 俺は長く息を吐き、二人の方を向いた。


 クイズゲーか……






 うん、詰んだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る