2-6 魔法が使えたぞやったああ!
夕食を終えて奥の階段を上ると、直線に伸びる廊下に出た。一部屋分しか奥行きのない廊下には二つのドアがあり、廊下を挟んで向かい合っていた。
「部屋、二つしかないんだな」
俺はぼそっと呟いた。
両方のドアの前に立つフィルが、俺に向いて言う。
「旅人は滅多に来ないからね。宿があるだけマシな方だよ」
「ふーん……」
「さて華月」
二つの鍵を上げて見せ、フィルはにっこり笑った。
「誰と同室が良い?」
「え」
瞬時に硬直する俺。
「どっちも二人部屋だから。よかったね、丁度四人で♪」
よくないデス。選択肢をくれるのはいいが……どう考えても一択だろ。常識的に考えて。
ゆっくりと、斜め後ろに立つ矢鏡を見やる。
「お前しかいないじゃん……性別的に」
「……気にしなくていいのに。俺達にはそういう概念が無いから」
「は?」
「霊体だと性別くらい簡単に変えられるし、戦闘力には関係無いからな。気にする奴はほとんどいないよ。人間じゃないから、恋愛感情を抱く奴の方が珍しいくらいだし」
じゃあ俺は"珍しい奴"の方に入るのか。
こんなに素敵なシン様もいるのに……やっぱり少し感性が違うんだな。
「とりあえずさぁ……廊下で話すのもよくないし、部屋入ろうよ」
フィルが言って、俺から見て左側のドアを押し開ける。自然とついて行く俺たち。
中を見て、俺は少しだけ驚いた。
入口付近にはドアが二つ。開けてみると、片方は水洗トイレがあり、もう片方はどう見てもユニットバス。部屋の広さはそこそこあり、シングルサイズのベッドが二つ、左右の壁際に置かれていた。入口正面の壁には大きめの窓があり、その前に小さな丸テーブルと背もたれのあるシックな色のイスが二つ。
明かりはベッド脇に備えられたランプ(スイッチみたいなひも付き)のみ。でも結構明るいな……普通に電気がついてるみたい。
少し値段が高めのホテルみたいな感じの部屋だった。
「……やっぱ異世界って感じしないな……」
街並みはいい感じだったのに……
「あ。でも話をする前に、先にお風呂入った方がいいかもね。マダムが寝た後じゃ悪いし」
フィルが言った。
――と、いうわけで。
俺は今、隣の部屋の風呂場にいる。もちろん、着替えは矢鏡から受け取り済みだ。
タオルも部屋の中にあったし、シャンプーとかも風呂場の中に備えてあった。
「ほんとーに日本のホテルみたいだ……」
大した感動も無く、いつものように頭と体を洗って、半袖のシャツとスラックスに着替えて浴室を出た。ドライヤーは無いようで、タオルを肩にかけてシンのいる部屋に戻る。
「おかえり、華月」
左のベッドに腰掛けたフィルが言った。その髪は濡れていて、薄水色の半そでティーシャツとズボンというラフな格好だった。
俺はつい、フィルの胸元を見やり、
「……女……だよな?」
「そうだよ」
「その割には胸な――あ。いや、なんでもない……」
どこからか高速で取り出された長針を見て、その先を言うのを慌てて止めた。ふいっと視線を逸らす。
あー……恐かった……
爽やかな笑顔は変わらなかったけど……一瞬だけ、フィルから殺気が……
「じゃ、俺も入ってくる」
矢鏡が言って、向こうの部屋へと消える。
俺はベッドの脇に立ったまま、ふと気になったことを訪ねる。
「そういやさー、町見て思ったんだけど……思ったより荒れてないんだな。妖魔が襲ってきたような形跡もなかったし、町の人も……妖魔を警戒してるようには見えなかった。
やっぱさ、敵は町中に入れない的なルールがあったりすんの?」
それなら異世界系のゲームによくあるしな。
俺の問いに、シンとフィルは一度顔を見合わせ、
「えっと……特性の話の時に言ったと思うけど……
妖魔が
再び俺に向いて、シンが説明する。……あ。そういえば言ってたな……
シンのかっこよさに目が行ってて忘れてた。ごめんなさい……
でもシンは大して気にしてないらしく、普通に笑顔で答えてくれる。
「円形でね、集落より少し大きめに作ったの。魔族や悪魔には効かないけど……でも結界内に入り込まれたら私にはわかるし、雑魚は絶対に入れないようにしたからね。
少なくとも最低限の安全は保障できるよ」
「ふーん……。やっぱ凄いな、シンは」
俺は完全に褒めたんだが、何故かシンは困ったように微笑んだ。
「そんなことないよ。私に出来るのはそれくらいだけだもの。後は皆のおかげだよ」
うーん……シンがそこまで背負うことないと思うんだけど……
だって、神と言っても、シンだって元は人間だろ。それも少女。背負うにしても、全ての人の命は重すぎるんじゃないか?
「ふふっ♪ 謙遜もほどほどにしなよ? シンがいるおかげで、僕らも自由に動けるんだから」
フィルが優しく微笑んで言った。
……あ、そうか。それもわかってるから、フィルも矢鏡も……シンに力を貸すのか……
俺はなんだか嬉しくなって、にやける口元を必死に抑えた。
やっぱいいなぁー! 仲間って!
俺、見た目がこんなだし、バカだから……今まで仲良い友達とか出来なかったんだ。
……というか、俺の奇抜な行動について来てくれる人がいなかった……
まぁ、一人でいるのは苦じゃないからいいんだけど。言っとくけど、負け惜しみじゃないぞ。
――でもやっぱ、仲間といた方が楽しいな♪
そう思いながらほんわかしていると、ふと、俺の髪からしずくが垂れたのが視界に入った。
「あ。そうだ。ドライヤーとかあったりしない?」
「どらいやー?」
俺の問いに、フィルがこっちを見て首を傾げた。
あー……そういう機械は知らないのか……
「髪を乾かすやつだよ」
俺が簡潔に説明すると、
「あぁ……じゃあ僕がやってあげるよ」
フィルは立ち上がって、空いているイスをベッドの横に移動させる。その後ろに立ち、
「座って、華月」
イスを指して爽やかに笑う。
「え? どうすんの?」
俺はパッと目を輝かせ、言われた通りイスに座った。
術でも使うんじゃないかと思って浮かれる俺。
「言ってなかったけど、僕の特性は"花"なんだ」
「花……?」
「そう。基本系は風で、あと水系と地系が少し使えるくらいかな。
……少しの間、前を向いててね」
「わかった」
出来れば見たかったけど……まぁ仕方ない。
指示通り前を向いて待っていると、ふわり、と僅かに髪が舞った気がした。
で、すぐに。
「はい、終わり」
「え!? もう!?」
ばっと頭をさわる俺。
……あ。ほんとだ。完璧に乾いてる……
フィルはそのまま後ろのベッドに腰掛け――ってフィルも髪乾いてんじゃん。一緒にやったのかな……?
俺はイスの位置を少し変えて、反対向きに跨って座る。
「いーなー、すげーなー……。俺も早く術使ってみたい」
「そうだねぇ……」
フィルは考えるポーズをして、
「じゃあ、回復使ってみるか」
音も無く現れた矢鏡が言った。服装はほぼ俺と一緒。違いはシャツが長袖なだけ。
「よっしゃ! ……で、どうやるの?」
俺は顔だけ矢鏡に向けて、矢鏡は近くの壁に背を預け、何故か右腕の袖をめくる。
「術を使うのに必要なのは、明確なイメージと操作性。まぁ……最初だし、回復させることを考えながら、何でもいいから言ってみて」
「そんなんで出来るの?」
「多分ね」
矢鏡は短く答えると、左手に小振りのナイフを現わし、ためらいも無く右手首を切った。
「ちょっ……! お前何やってんの!?」
思わず立ち上がって駆け寄る俺。
ゆっくりと流れ出る真っ赤な血は、矢鏡の手を伝い、床に向かってぽたぽたと流れ落ちる。
あ。ちゃんと床に洗面器置いてある……って、床の心配してる場合かよ!
「いいから華月。傷塞ぐことだけ考えて」
無表情のまま矢鏡が言った。ナイフはすでに消えていた。
「あ、あぁ……」
俺はぎこちなく頷いた。決して浅く無い傷口をじっと見ながら、
「えっと……手をかざすとか、傷口触るとかしたほうがいい?」
「いや、そうする必要はないよ。でも、その方がやりやすいかもな」
「そうか……」
「ただ、なるべく早くやってくれないか。貧血になるから」
矢鏡がぼそっと呟く。
「あ。悪い」
矢鏡が自分でやったことだが……ちょっと罪悪感が湧くな。俺が言ったことだし。
――いや、今は術の事だけ考えよう。
俺は傷口に向かって軽く右手をかざし、治れ治れと考えながら、
「なおれー……なおれー……」
同じ言葉を口に出す。
だってしょうがねぇじゃん。急に言われても呪文とか出てこないよ。まぁ……ちょっとテンパってたせいもあるが。
俺が言霊(笑)を唱えると、腕の傷口に、エメラルドグリーンの淡い光が現れた。
「おっわ、なんか出た!」
つい考えることを止めて驚く俺。同時に収まる腕の光。
矢鏡は綺麗に塞がった手首を見て、
「……うん、まぁ……そんな感じだよ」
「ふふっ♪ よかったね華月。言霊はそのまますぎて変だったけど、一応術が使えたね」
フィルがにこやかに笑って言った。
俺はゆっくり息を吐き、なんとなくだけど、かざしていた右手の平を見つめた。
「どう? 通力の使い方わかった?」
右袖を戻し、矢鏡が聞いてくる。
俺は軽く拳を握りしめ、
「あぁ……少しだけ……分かったかも……」
自分の中の不思議な感覚に戸惑いながら、気の無い返事をした。
なんだろう……
説明するのが難しいけど、何かに包まれているような――
体が浮くような――
そんな曖昧な感じがする。……いや、術を使った時に、そんな感じがした。
これが――通力。
「君なら、通力に慣れるのも早いんだろうな……」
フィルが言う。
俺はくるっと振り向いて、にっこり笑うフィルを見た。
「あとは、明日にしようか。おやすみ――華月」
そして、俺の意識は無くなった。
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