2-5 異世界の街
結局、あれから妖魔と会うこともなく無事に町まで着いた。
時刻は夜。時計持ってないから正確にはわからんが、多分夕食時は過ぎたと思う。……腹の減り具合的に。
さて、初めて見る異世界の町だが、ファンタジー系のゲームに出てくるような町を想像してくれれば大体合ってると思う。
趣のある石造りの建物に、町をほのかに照らす街灯。そしてぐるりと囲う厚い石壁。
夜だからか、町中に人の姿は見えないが、民家らしき家の窓からは半透明のガラスを通して光が漏れているので、無人でないことはわかる。
「おー! これぞ異世界って感じ!」
石壁の出入り口で感動する俺。テンション上がるわー。
「あんまり大声で言わないでね」
そんな俺を冷めた目で見て、矢鏡は若干呆れた顔をする。
「わかってるよ。俺だって変な目で見られたくないし」
つーか、さっきシンに言われたし……
**
『いい? 華月。これだけは気を付けるようにして。
普通の人間に、術が使えることを教えてはいけないよ。人と関わるときは、なるべく一般人を装った方がいい。それが貴方のためになるから』
『なんで?』
『んー……理由はいろいろあるんだけどね。一番は、余計な火種を起こさないためかな。私達は人間に狙われることもあるから』
『……え? だって、妖魔から守ってるんだろ? 人助けをやってるんだよな?』
『うん。でもね、人間にとっては、不可思議な力を持った私達も、妖魔と同じように恐ろしく見えたりするんだよ。それに、ほとんどの集落には妖魔に対抗する力が無いから、私達を頼って保身に走る人もいるの。もちろん、感謝してくれる人達だって多いよ。
……でもね、そういう人もいるんだよ。だから私達の事も教えないでね』
**
以上、回想終わり。
最後のセリフはとても悲しそうだったなぁ……
でも助けた人にそういう扱いされたら、確かに悲しくなるよな。つーか、俺だったらむかついて殴ってるかも。この恩知らず! って感じで。
「さて、時間が時間だし……まずは宿に行こうか」
中央の大通りを指差してフィルが言った。
「お前は家があるだろ? 帰らなくていいのか?」
矢鏡が聞くと、フィルはにっこり笑って言う。
「いーのいーの。あの家、堅苦しくて面倒なんだ。だから、なるべく帰りたくないのさ♪」
こう思うの三回目だけどさー……それ、にこやかに言うことじゃなくね?
ほんっとーに爽やかな奴だな……フィル。俺には真似出来ないわー。
「だからあんな離れた場所に、一人で暮らしてたのか」
俺がそう納得すると、
「いや、それは別の理由」
フィルはきっぱりと否定した。すいっと町中に視線を向け、
「僕はね、こういう町中より、自然に囲まれてた方が落ち着くんだ。だからあそこに家を建てたんだよ。花でも育てながら、静かに暮らしたかったからねぇ……
時々妖魔が来るけど、雑魚ばかりだから大したことないし。いい所だよ、あそこは」
ふわりと淡く微笑み、穏やかな口調で言った。
その姿は、幻想的な街並みと月夜に相まって――
……めっちゃ絵になるんですけど……
ちょっとさー……フィルかっこよすぎじゃね? 外見も性格も完璧すぎだろ。
「――まぁ、あそこの方が実験しやすいってのもあるけどね……」
ぼそりと、フィルが超ちっさい声で呟く。わーお、聞こえちゃったぁー……
うん、前言撤回。
完璧だけど完璧じゃない……みたいな。フィルには得体のしれない怖さがあると思う。
……外見は完璧だけどな。俺より背、高いし。女だけど……
でも俺まだ成長期だし! 二、三センチ差だからそのうち越せそうだし!
――というか、よく見たら矢鏡とほぼ同じ身長なんだな。しかも足長で細身って……
ザ、モデル体型やん。マジうらやま。俺も細身ではあるが、ちょっと身長低いんだよな。
あと五センチは欲しい。俺と同じ成長期の矢鏡には勝てないかもしれないが、せめて女性であるフィルには勝ちたい。……イケメン度じゃ完全に負けてるからなー……
「あぁでも、俺には俺の良さがあるよな」
キリッとした顔でフィルに言う。何事も明るく考えるのは大事だ。
フィルは一瞬『え?』って顔をしたが、すぐに、そうだねー、と爽やかに笑った。
**
誰もいない大通りを抜けて、目の前に大きな建物が見えたあたりで右の小道に入り、少し行くと宿があった。二階建ての素朴な建物で、大きさは普通の一軒家くらいかな。見かけは他の民家と変わらないけど、一階部分の上の方に"宿"と書かれた看板が吊ってあった。
フィルを先頭にドアを開けて中に入る。すぐにおいしそうな食事の匂いが漂ってきた。
聞けば、大抵の宿の一階部分は食堂になっているらしい。この宿も当然それで、そこそこに広い部屋に木のテーブルと背もたれの無いイスが等間隔で並んでいた。
夕食にはちょっと遅めの時間だからか、そこにいる客は若いにーちゃんが一人だけ。一番端の席に座り、新聞みたいな大きな紙面をじっと見ている。目前に置かれた皿は空だった。
フィルは中央に開いた隙間を通り抜け、奥にある無人のカウンターに行き、小さな呼び鈴を鳴らした。すぐに横のドアから恰幅の良い中年の女性が出てくる。
「はいいらっしゃ――」
フィルを見た瞬間、女性の笑顔はそこで固まり、
「やぁ。久しいね、マダム」
「アロイス様!?」
フィルが爽やかに挨拶すると、驚きをあらわにカウンターに駆け寄った。
因みに、アロイスというのはこの世界での名で、フィルってのはセロの時の名前らしい。ついでに言うと、矢鏡の名前も同じ。セロの時の名前がディルスだってさ。
「なにぃ!? アロイス!?」
隅っこにいたにーちゃんまで、イスを蹴って立ち上がる。俺たち三人には目もくれず、つかつかとフィルに歩み寄り、ビシッと指を突きつけた。
「てっめぇぇぇぇぇ! どの面下げて帰ってきやがった!」
「え?」
怒気を露わにするにーちゃんに、きょとんとするフィル。
にーちゃんはわなわなと拳を震わせ、
「お前が町を出て数年。ずっと恨んできたんだからな! てめぇのせいで……
クミアちゃんミールさんファニーちゃんデニスちゃんたちに振られたんだぞ!」
若干涙目になりながら、一息でまくし立てるにーちゃん。
うっわ……責任転嫁もいいとこだな。そりゃモテないわ……
俺は憐れんだ目でにーちゃんを見た。
「勇気を出して告白してみれば……彼女たちは皆こう言ったんだ。
『アロイスさんの方がステキ。かっこいい』ってな! わかるかお前にその悔しさが!」
あー……確かにフィルかっこいいもんな。少しわかるよその気持ち。つーか、やっぱフィルってモテるんだな……同性に。予想通りだわー。
フィルはぱちくりと数回瞬きをして、ぴっと人差し指を立てる。
「君は勘違いをしているよ」
「なにを!?」
フィルは自分を指差し、
「僕、女なんだけど」
言った途端、にーちゃんの目が点になった。そのまましばし硬直した後、震える指でフィルを指す。
「そ……そうなのか?」
『うん』
宿の女将さんとシン以外の俺たち全員が揃って頷いた。
女将さんはカウンターに頬杖をつき、呆れたような眼差しをにーちゃんに向ける。
「あんたどんだけ世間知らずなんだい? その子、ダズさん家のお嬢さんだよ」
「町長の!?」
町長!? フィルの親町長だったんだ! ……じゃあ情報屋は副業でやってるんかな?
にーちゃんは冷や汗をだらだら流しながらフィルを見て、にへっと苦笑いを浮かべた。
「そ……それは……町長のご令嬢とは知らず……すみませんでしたぁぁぁ!」
謝りながら全力で逃げ出すにーちゃん。そのまま乱雑にドアを開けて宿から出て行った。
フィルは小さく息を吐き、
「マダム、部屋は空いているかい?」
「もちろんです。いつものように、アロイス様もお泊りですか?」
「うん、頼むよ」
何事も無かったかのように話す二人。
えー……いいのか、それで。可哀想なにーちゃんだな……
まぁ、どうでもいいか。
「いつものようにって……フィル、いつもここに泊まってるの?」
俺が聞くと、フィルは爽やかに微笑んだまま答える。
「うん。さっきも言ったけど、実家は居づらいんだよ」
「ふーん……」
いろいろ大変そうだな、フィル。イケメンでも苦労することあるんだなぁ……
「そういえばアロイス様、後ろの方々は? 旅人さんですか?」
女将さんが、今気づいたといわんばかりに俺達を見る。
フィルはにっこり笑い、
「そう。道に迷って、偶然僕の家に来たんだよ。
まだ若いのに旅してるなんて凄いよねぇ。
話を聞いてるうちに仲良くなってさ。ここまで案内したんだ」
なんて嘘をすらすらと述べる。嘘をつき慣れてるな……この様子だと。
「夕食もまだなんだけど……頼めるかい?」
「ではすぐにお作りしますね。座ってお待ちください」
女将さんは一礼して、厨房らしき部屋に引っ込んだ。
メシかぁー……腹減ってるから嬉しいんだけど……一つ気になることが。
「俺、金持ってないんだけど……」
ザ・無一文。
――まぁ、金どころか着替えも何も持ってないがな。シンから貰った物以外。
つーか、例え今サイフを持っていたとしても意味ないか。異世界だもんな、ここ。当然通貨も違うだろう。
「大丈夫、僕が払うから」
フィルが明るく言った。
「華月はそういう心配しなくていいよ。俺達はどの世界に行っても不便がないように、金銭とかの必需品は好きなだけ貰えることになってるし」
と、矢鏡が淡々と説明する。
「へー……それはそれですげぇな。やっぱシンの力か?」
「いや、仲間の内の一人。少し変わってる奴だが……強力なバックアップだよ。
華月も、欲しい物があれば言ってくれ。用意するから」
「マジで? よかったぁー……じゃあ後でいいから着替えくれない?」
矢鏡は小さく頷き、
「どんなのがいい?」
「ワイシャツがあればそれがいいな。俺シャツ好きなんだよ」
「……わかった」
短い返事の後、矢鏡は踵を返して身近なイスに腰掛けた。その脇にある丸テーブルを囲うようにフィルとシンも席に着く。
俺はシンの正面のイスに座り、
「おまたせしました!」
その途端に女将さんが料理を持って現れた。
シチューのような白いスープと赤身の焼き魚。そして、小さな団子っぽい何かがいくつものった皿が三つずつテーブルの上に並ぶ。その横には、普通に日本でも売ってそうなフォークとスプーン。俺と矢鏡とフィルの前に置かれていく。
シンの前には何も置かれなかった。
女将さんはフィルの横に銀の鍵を二本置いてから、
「ではこれで失礼します。何かありましたらお呼びください」
「あぁ。ありがとう、マダム」
フィルが礼を述べて、女将さんは奥の部屋に戻った。
俺は女将さんが完全に見えなくなったことを確認し、
「……あの人、シンのこと完全に無視してなかった?」
「んー……まぁ、見えてないからね」
ほんわかと言われた言葉に、俺は訝しげな顔でシンを見た。
「見えてない……?」
「うん。通力がほとんど残って無いから、実体化も不完全になってるの。だから普通の人間には見えないよ。声は聞こえるけどね」
「へぇー」
そういや、宿に入ってから一言も喋ってないな。そのせいだったのか。
姿が見えないのに声だけ聞こえてたら恐いもんなぁー……
さすがシン。気配りも完璧。
「ところでさー……この白いの何? 何で出来てんの?」
俺は団子より一回りは小さい白い球体を、傍にあったフォークでつっつきながら聞いた。
見た目は餅みたいで、パンのようにふっくらしていた。
「さぁ……? 食文化も世界によって違うからな……」
矢鏡が魚をつまみながら答える。
俺はフィルをちらりと見て、気付いたフィルがふふっと笑う。
「それはヨモスギだよ」
「……はい?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる俺。
「ヨモスギって木の実があるんだけど、それを茹でたもの。フーリでは主食として扱われているかな」
「木の実なんだ……」
俺はヨモスギとやらの一つにフォークを突き刺し、口に入れた。
咀嚼を繰り返し、味わってから呑み込む。
…………
んー……これはあれだ。コンビニとかで売ってる"もっちりパン"とかってやつだ。全然木の実っぽくないが……味はいいな。薄塩味で。
スープはまんまシチューっぽい。魚はなんだろ……カレイみたいな味かな。
――と、いうわけで、初異世界での食事はこんな感じ。
ぶっちゃけあんまり新鮮味がないな……
どうやら世界が違っても、味の好みとかはほとんど変わらないようだ。
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