2-2 いざ出発

「じゃ、少し待っててね」


 そう言い残し、フィルは家の中に消えた。着替えとか旅に必要な物を取りに行ったのだ。

 その間、俺達三人は外で待機。中に入ってていい、とフィルは言ったが、すぐに出立すると言って矢鏡が断った。何もしないのは性に合わないので、俺はシンに尋ねる。


「そういや……通力とか魔力って、使ったら減るよな?

 そしたらどうやって回復するの?」

「普通は時間経過で自然に回復するよ。私は分身だからしないけど」

「ふーん……。やっぱさぁ、人によって通力の量とか違ったりすんの?」

「それはもちろん、個人差があるよ。魂の資質によって、ね」


 シンがにっこりと笑う。


 余談だが、シンは神様なだけあり、他者と比べものにならないくらい膨大な通力を所持しているらしい。これはさっき矢鏡が言ってたことだな。


「妖魔のことは聞いた?」

「人を襲うってのは聞いた。あとは魔力を持ってることと、魔族にも階級があることかな」

「じゃあ、なんで妖魔が人間を襲うのかは、知らないんだね?」


 シンの問いに、俺はこっくりと頷く。シンは真面目な顔で、


「あのね、多くの妖魔は、私達と同じで元は人間だったんだよ」

「そうなの!?」

「言葉が話せる妖魔はね。魔族とか悪魔は全員。たまに低級の中にもいるかな。

 その他の妖魔は、邪気を元に生まれた魔力の塊みたいなやつで、知能がほとんど無いから、魔族とか悪魔に使役されることが多いよ」

「そうだったんだ……」


「うん。普通はね、肉体から離れた魂は、人間に転生するためにすぐに冥府に向かうんだよ。成仏って言った方が分かるかな?

 でも亡くなった時に、憎悪とか怒りとかの負の感情が強すぎると、魔界に充満する邪気に引き寄せられて魔力を得るの。そうして生まれるのが、妖魔と呼ばれる者達。


 そして、妖魔となった魂は負の感情に支配され、全ての人間を憎むようになる。誰か一人を恨んでいたとしても、その内に、生きている人間自体が許せなくなるの。生きているのが、幸せなのが、笑っているのが……その全てが気に入らない。だから妖魔は人間を襲うんだよ」

「へぇー……」


 俺は素直に納得する。

 シンは淡く微笑み、


「因みに、人を守るとともに、妖魔になった魂を開放する――それが、私達の目的」

「解放……? どうやって?」

「フツーに倒せば出来るよ」


 俺の問いに、シンはさらっと答えた。

 思いっきり訝しげな顔をする俺に、シンは言う。


「魂の状態が霊体であるのは分かるでしょ?

 でもね、そのままだと何も出来ないの。透明な状態ってことだね。だから通力か魔力を持つ者は、力を使って"実体化じったいか"するんだよ」

「実体化って?」

「簡単に言うと、肉体に近いモノを作る事だよ。生理現象が無い以外は、生身の人間とほぼ同じかな。五感も痛覚もあるし」

「あー……」


 だからシンは透けてたり、見えなかったりしないのか。霊体だって言ってたのに触れるし。おかしいと思ってたんだよね。これで納得だ。


 シンは更に説明を続ける。


「まぁつまり、普通に攻撃が効くってこと。傷もつくし、血も出るよ。

 で、実体化が解けるくらいの痛手を負わせれば、そのまま冥府に強制送還されるの。詳細は省くけど、冥府に行けば魔力は消えて、他の魂と同じになるんだよ。

 それが妖魔になった魂を開放すること。わかった?」

「それはわかったけど……」


 シンの問いに、俺は歯切れの悪い返事をした。

 だってそれだと、フィルが言っていたことの説明がつかない。


「あのさ、それならなんで俺は妖魔に狙われやすいの?

 通力を持ってるからって言ってたけど……俺を殺しても、俺はまた転生するってことだろ? それだと殺す意味ないよな?」


 因みに、冥府に行けば通力も消えるって線は無いだろう。多分俺はそっから転生したはずだから、俺の通力が消えていないのが証拠だな。


 これに気付くとはさすが俺! あったまいいなぁー!


 俺がそう聞くと、シン――ではなく、俺の左横にいた矢鏡が淡々と答える。


「魂も消滅するんだよ。俺達からすれば、それが"死ぬ"ってことなんだけどな」


 俺はすっと顔を向け、


「あ。矢鏡いたんだ」

「…………ひどくない?」


 矢鏡は呆れたような顔(多分。こいつの表情差分微妙すぎてよくわからない)をして、すぐに無表情に戻った。


「主護者は魂に何かをすることは出来ないが……妖魔だけは魂を壊すことが出来るんだよ。人間を殺しても霊体を殺しても、魂が傷つくことは同じ。損傷が酷ければ消滅するんだ。

 そして、消えた魂は二度と蘇らない。全く同じ魂が生まれることも無い。

 それが分かっているから、妖魔にとって邪魔な君は狙われるんだよ。

 ――まぁ、死なない限り、回復出来るんだけどな」


「ふーん……やっぱ回復魔法とかあるんだ」

「あるよ。俺は使えないけど」


 矢鏡曰く、回復や物質召喚とかの『補助系』の術は相性が合わないとダメらしい。

 しかも回復魔法は通力とは非常に合いにくく、そして不思議なことに、魔力とは非常に合いやすいらしい。妖魔には協調性が一切無いから、だってさ。魔界は完全に実力主義だから、仲間意識よりライバル意識の方が強くて、自分で回復するしかないから――らしい。


 因みに、シンはもちろん、フィルも使えるんだって。神と医者だしな。それには納得。


「俺は使える?」


 一応ダメ元で聞いたら、以外にも首は縦に振られた。よーっしゃ!

 ただ、今の俺は通力の使い方が以下略。どの道使えねぇー……



 **



 話が終わってしばし経ち――

 家からフィルが戻ってきた。が、なにやら浮かない顔をしている。


「どうだった?」


 心配そうにシンが聞く。

 フィルはシンの前で足を止め、


「服とかは平気だったんだけど……薬品系はダメだったよ」

「それで手ぶらなの?」


 俺は何も持っていないフィルの手を見て聞いた。旅荷物を取りに行ったはずだよな……


 不思議そうな顔をする俺に、フィルは微笑んだ。


「僕も物質召喚が使えるんだよ♪」


 言われて納得。大体の主護者が使えるって言ってたし。


「じゃあ、フィルも戦闘は無理か」


 矢鏡が呟く。フィルが、うん、と頷いた。

 俺は首を傾げて、


「なんで?」

「僕の武器は薬だから」


 フィルが答える。


 あぁそういえば……悪鬼と戦った時、作った薬がなんたらかんたらって言ってたな。


「こいつは天界でも有名なマッドサイエンティストなんだよ」


 矢鏡が補足説明を入れた。フィルはややムッとした感じで、


「失礼な。マッドじゃないし、科学者でもない。ただの医者だよ」

「ただの医者が、毒薬や爆薬や核兵器を作るわけないだろ」

「核っ!?」


 驚愕で俺の声が裏返る。


 そんなぶっそうなもん作ってたの!? つーか作れるの!?


 相変わらずの爽やかな笑みを浮かべるフィルに、矢鏡はなおも言いつのる。


「それにお前、隙あらば仲間も実験体にしようとするじゃないか」


 フィルは一拍の間の後、


「なんのことかな?」


 フッと笑って、視線を明後日の方に向けた。


 あ。図星なんだ……。確かにそれなら、マッドサイエンティスト呼ばわりされても仕方ないと思うぞ。頼むから俺を実験台にはしないでくれよな……


「んー……仲良いねぇ」


 そんな二人を呑気に眺め、にっこりとかわいい笑顔でシンが言った。

 俺はその横にしゃがみ込み、


「ところで、シンは戦えるの? っというか、戦うの?」

「いつもは戦うんだけど……この姿だと無理かな。通力の残りも少ないから、術もほとんど使えないし……。だから、戦闘は華月とディルスに任せることになるけど……ごめんね」


 シンが申し訳なさそうに謝る。


「あぁ、別にいいよ。そんなの気にしないし」


 俺は平然とそう言って、シンはふふっと笑った。


「ありがとう。……まぁ、何かあればすぐに対処するから安心してね」



 **



 涼やかな春風が吹き、白い雲が点々と散らばるだけの絶好の陽気の中、俺達四人は任務開始ってことで出立した。


 時刻は昼過ぎ。太陽が真上より少しだけ傾いた位置にある。

 俺がこの世界で目覚めたのが昼時らしいので、それから数時間しか経ってないってことだ。


 うーん……ほんの短時間でいろいろあったなぁ……


 そんな呑気なことを考えながら、俺達は森の中の道を行く。舗装なんてされていない、大人二人が並んで歩いてギリギリ通れるくらいの細い道だった。


 因みに、どこに向かっているのかと言うと、ここから一番近い町……らしい。早くても着くのは夜になるって。遠っ! ってツッコミを入れたら、フィル達からすれば半日以内に着けるのは近い方だって返された。マジかよ。


 もちろん移動手段は徒歩。世界によって、車とかあるところもあるらしいが、フィル曰く、この世界にそういう物は無いらしい。やっぱり地球とは違うんだなぁ、異世界って。


 先頭に立つフィルが俺に説明し、俺はそのすぐ後ろで聞いていた。数歩遅れてシンと、その隣に矢鏡が続く。


「で? その町に、フィルの親もいるのか?」


 矢鏡が言った。

 フィルは足を止めずに、肩越しに振り向き、


「いるよ。家族で情報屋やってるんだ。結構優秀だよ」


 爽やかーに笑って答える。


「へー、すげぇな! ――ところで情報って売れるの?」

「何言ってるの華月……情報化社会に住んでるのに」


 後ろで矢鏡が呆れたように言った。

 俺も肩越しに振り向いて、


「お前こそ何言ってるんだ。住んでいても分からないことはたくさんあるだろ?

 日本史とか、経済とか……」

「君、社会科苦手なの?」


 不思議そうに聞いてくる矢鏡に、俺は思いっきり嫌味のこもった笑みを送り、


「学年主席の特待生様は黙っていなさい」


 気圧されたのか、矢鏡は微妙に引きつった笑みを浮かべ、視線を逸らした。

 俺はフィルに向き直り、普通の笑顔で聞く。


「で? 情報屋って儲かるの?」

「割とね。普通は通信手段とか無いし、町の外は妖魔だらけで旅行とかも出来ないから、違う国の事とか聞きたがる人は多いんだ」


 フィルは前を見て言った。俺は首を傾げて、


「それで金取るの?」

「いいや、それじゃないよ。主に妖魔と盗賊の情報とかかな。あとは人間関係とか……」

「なんか探偵みたいだな」

「日本だとそうだな」


 矢鏡がぼそっと呟く。


「んー……どこかの言語では"ボランウージ・フェイバスティル"って言うんだよ♪」

『なんて言った?』


 俺達三人の声は見事にハモり、一斉に振り向いてシンを見た。

 シンはふふっと言って、にっこり笑った。

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