2-3 戦ってみた

 太陽が西に傾き、空がオレンジ色に染まり始める頃。


「来たよ」


 突然、シンが呟いた。

 すぐにフィルは足を止めて振り向き、


「じゃあこっち。近くに少し開けた場所があるから」


 と言って、道を外れて木々の間を歩き出す。


「来たって……何が? 妖魔?」


 俺は聞きながら後を追う。


「当たり。戦闘開始だな、華月」


 俺の後ろで矢鏡が言った。もちろん、抑揚のない声で。


 フィルが言った通り、すぐに開けた場所に出た。綺麗に円形ってわけじゃないが、そこそこに広い空間だ。バドミントンくらいなら余裕で出来そう。


 フィルとシンが広場の端の方に立ち、矢鏡が中心寄りの場所で俺を呼んだ。


「華月、刀出して」


 俺はすぐに念じて、シュンッと右手に現れた刀の柄を握る。

 矢鏡はフィル達の正面方向を指差し、


「じゃ、あっちから悪鬼が何体か出てくるから倒してね」

「丸投げかよ!」


 俺は即座にツッコミを入れた。

 矢鏡はすまし顔のまま腰に手を当て、


「まぁ物は試しだ。魔族の攻撃も避けられてたから、死ぬことはないだろ。あとは攻撃できればいい」

「わかったよ……テキトーにやってみる」


 俺は刀を肩に掛け、若干呆れて言った。


「こっちに向かって来た奴は、俺が殺るからほっといていいけど……なるべく逃がさないようにしてね。君がやらないと意味ないし。……危なくなったら助けるよ」


 矢鏡はそう言い残し、フィル達の所まで戻る。三人で見物か……

 俺は悪鬼が来るという方に顔を向け、


「ま、俺は新入りだし、仕方ないか」


 諦めたように頭をかく。――実は内心、ちょっとわくわくしていたけど。


 だってバトル漫画みたいじゃないか? 男なら、一度は憧れるもんだ。そうだろ?



 **



「あんなのでいいの? ディルス。彼は今まで、刀も持ったことないんだろ?」


 フィルが呆れたような口調で聞いた。華月には聞こえないよう、小声で言った。

 矢鏡は腕を組み、視線だけをフィルに向ける。


「問題ないだろ。悪鬼相手にどれだけ戦えるかを見るだけだし……

 それに、さっきの動きも悪くなかった。やっぱり戦闘の才能あるよ」

「才能はあるかもしれないけど……まだ通力は使えないんだよ?

 "肉体強化"も無しで悪鬼を倒すなら、一流以上の腕がいるよ」

「その辺りも問題ない。あいつは昔から――」


 矢鏡はそこで一旦区切り、準備体操を始めた華月を眺めた。


「馬鹿力だったからな」



 **



「お! 来た来た!」


 大して時間も掛からぬ内に、赤い奴二体と青い奴三体の悪鬼が森の奥から現れた。


 つっても、結構遠くにいた頃から見えてたんだけど……こいつらデカい図体の割に素早いようで、あっと言う間に広場に到着しやがった。


 俺は上に伸びをして、広場の端に佇む鬼のような奴らと対峙する。


 ……ん? もしかしなくても……五対一? いきなり難易度高くない?


「華月ー!」


 フィルが間延びした感じで俺を呼ぶ。何かアドバイスでもくれるのだろうか。


「悪鬼は妖魔の中では最弱だし、知能もかなり低いけど、常人ではまず勝てないくらい強いからねー! 術も使うと思うから、気を付けてねー!」

「術のこと忘れてた! 俺は使えないってのに!」


 くらったら終わりじゃね!? まずいよ俺どうすんの!?


 俺は前を向いたまま慌てて叫んで、


「華月。首を落とすか、頭を刺せば一撃だから」

「矢鏡! それアドバイスのつもりか!?」


 思わず後ろを振り向いて怒鳴る。

 ――直後、嫌な予感がして前へ全力ダッシュ。すぐ後ろでぶんっと空を切る音がする。

 少し離れてから振り向くと、俺のいた場所に青い悪鬼の姿が見えた。


「あっぶね! 死ぬとこだった!」


 俺は勢いよく抜刀し、鞘をフィル達の方向に確認もせずに投げた。

 両手でしっかり柄を握り、


「おー……本物の刀ってこんな感じなのかぁー……」


 と呟いて、まずは俺を殴ろうとしてスカッた青一体――めんどいから色とかいいか――に向かって駆け出し、少し手前で上に跳ぶ。刀を頭上に振り上げ、悪鬼の首に向かって斬りかかる。


 ザシュッ


 肉を斬る嫌な音がして、悪鬼の首が切断される。うっわ血が出た! 制服が汚れる!

 ……でも今はそれどころじゃないし、汚れてないかは後で確認しよう。


 俺は首から上が無くなった悪鬼の肩をジャンプ台にして、その後ろにいた別の悪鬼の前に着地。背後では一体目が倒れる音がした。俺のスピードに反応しきれていないらしく、ぼけっと突っ立っていた二体目のがら空きの胴に、


「っらぁ!」


 気合を発しながら回し蹴りを入れる。さすがに効かないかな? って思ったけど、二体目は意外にも簡単に吹っ飛んだ。後ろにいた三体目も巻き込み、細い木を数本折って止まる。


 まぁあれはあとでいいや、と俺は視線を四体目に向け、そいつが俺に指差してるのを確認。


 何やってんだ? こいつ……


 そう考えた刹那、ぞくっと、背筋が凍るような感覚がした。反射的に大きく退って――


 ドゴンッ!


 轟音と共に、目の前で光と熱が炸裂する。


 あぶなっ! 当たったら爆死コースだったぞ! よかった、勘で避けといて。


 とうとう敵も術を使ってきたか。なんか矢鏡の術よりしょぼかった気がするが……

 つーか、今のに巻き込まれて五体目が黒こげになってるぞ。本当にこいつらには仲間意識ってものが無いんだな。死人が出せればそれでいいってか? やっぱこいつらは敵だ。


 俺は刀を構え直し、四体目に向かって駆けて行く。すぐに繰り出された四体目の右ストレートを、左脇を通り抜けながら華麗に避け、そのまま奴の右足を斬りつける。いや、結果的に膝上の位置で斬り落とした。で、体勢を崩して左膝をつき、前のめりになった奴の背中に跳び乗って、無防備な頭に刀を突き刺した。力を失って前に倒れる四体目から、右手だけで刀を引き抜き、後ろに跳んで地面に着地。さっき吹っ飛んだ二体目と三体目の方に目を向けて、


「あれ? 倒れてる……もしかして蹴りだけで倒せた? 良かった、生まれつき怪力で」


 ふぅっと軽く息を吐く。そして、くるっと矢鏡達の方を向き、


「どうだ? こんな感じ?」


 と息一つ乱さず笑顔で言った。その時の皆さんの反応がこちら。


 シン。おー、って感じで感心している様子。

 フィル。ぽかん、と驚いたような顔で俺の刀の鞘を持つ。

 矢鏡。全く変わらない無表情。


 悪鬼達が消えていくのを視界の隅で捉えつつ、俺は三人に歩み寄り、


「……せめて何か言ってくれない?」


 不服そうに眉根を寄せて言った。途端。


「凄いね華月! 初戦とは思えない動きだったよ!」


 フィルが嬉しそうに褒めてくれた。ついでに、俺に鞘を差し出す。

 俺はそれを受け取り、刀を鞘に収めながら、


「だっろー!」


 一気に気分を良くして鼻を高くする。


 ……おい誰だ、単純と言った奴は。失礼な。俺は人が引くほど素直で正直なだけだ。


 とりあえず、制服が汚れていないか念入りに確認する。背中は見えにくいが……ギリギリ見えるかな。一通り見て、血がかからなかった事に安堵した。


 良かった……俺、着替え持ってないし。あぁでも、シンに頼めばくれるかな?

 何日この世界にいるのかは知らないが、着替えは欲しい。後で聞いてみよう。


「あれだけ動けるなら、教えることは少なそうだな」


 矢鏡が淡々と言った。


「俺としては、早く術が使えるようになりたいんだけど。さっきの爆発みたいなのとか」


 期待を込めてそう言うと、シン達三人は顔を見合わせ、


「無理だよな」

「無理だね」


 矢鏡とフィルが順に言い、シンは無言でこっくり頷いた。


「え? なんで? 俺も通力持ってるんだろ? ……全然そんな感じしないけど……」

「君はね、通力量はかなりあるんだけど……攻撃系の術は使えないタイプなんだよ」

「へ? そうなの?」


 矢鏡の説明に、俺は素っ頓狂な声をあげる。


 だって魔法使えるって言われたら、そりゃあ攻撃魔法とかを想像するだろ?

 まさかそこを不定されるとは……俺も火とか出せると思ってたのに……

 地味にショックかもしれない。


「えー……なんでー?」


 不満げに肩を落とす俺に、シンがにっこりと笑いかける。


「じゃあ、丁度いいから"特性"の話をしようか♪」

「とくせい?」


 何が丁度いいのかは分からないが、とりあえずおうむ返しで聞く。


「人に個性があるように、魂もね、全て違う形をしているの。まぁ……肉眼では見えないし、見えたとしても、普通の人には青い炎のような形にしか見えないんだけどね。

 ――で、その形を言葉で表すのが特性。もっと分かりやすく言うなら、その人の化身みたいなものかな」


「へぇー……それが術と関係あるの?」

「あるよ、とてもね。特性によって、使える術が決まるから」


 シン曰く、特性と術には基本系とも言える『火炎系』『風系』『水系』『雷撃系』『地系』の五種類(うん、定番だな)があり、その特性に合った術ならば使うことが出来るらしい。


 例えば、特性が火だった場合は火炎系の術のみ。水なら水系ってこと。

 二種以上の術が使えるのは、例えば嵐とか音とか、一言で何系なのか判断できない特性の場合。主となる基本系が一つあり、それに近い系統の術が、多少の威力は劣るが使えるらしい。

 嵐なら基本系が雷で、他に水系と風系が少し使える――という感じ。


 ほとんどの特性はこの五種に分類されるが、例外も存在するという。


 それが『特殊系』。夢や幻など、他に似た特性が一切無いものがこれに入るらしい。要は、変わった術しか使えない人の集まりってことだ。しかも、特殊系の術は攻撃性の無いものがほとんどで、中には戦闘にも補助にも使えない術まであるらしい。


 ただ特殊系の術だけは、よほど相性が合えば、特性に関係無く使うことが出来るようだ。


 因みに、主護者は全員で約四百人いて、特殊系の特性持ちは十人くらいだってさ。


「主護者って結構いるんだな」

「そうでもないよ。半数近くは非戦闘員だし、世界は約三万程あるから」

「さんまん!?」


 矢鏡の説明に、俺は驚きの声を上げる。


 ……いや、多いのか少ないのかは分からないけど……俺は多いと思う。


「そう。だから人手不足なの。人間が生まれた世界は二万以上あるから」


 シンがにっこり笑って言った。


 しかも、通力を持つ魂が極僅かなのに対し、妖魔はじゃんじゃん増えるから、今では妖魔の数は、雑魚含めて主護者の数億倍。人間の数が多い分、妖魔になる率も高くなるらしい。


「めっちゃ足りないじゃん……」

「うん。でも大丈夫だよ。ほとんどの世界には、妖魔除けの結界を張ってあるし……

 ――それに、皆が手伝ってくれているもの。妖魔の好きにはさせないよ」


 静かな口調でシンが言う。その幼いながらも美麗な顔に、不敵な笑みを浮かべて。


 ふおー! すげぇかっこいい! シン様素敵すぎる!


 …………

 おい誰だ。ロリコンとか言った奴。俺はロリコンじゃないぞ! かっこいい人に憧れてるだけだからな! ……それに、神様だからロリコンには入らないはず……




 ――あぁそうだ。余談だけど、妖魔が使える術は特性とか全く関係なく、全部相性で決まるらしい。だから基本形も特殊系も使える奴って珍しくないんだと。不公平じゃね?

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