2 任務開始!

2-1 驚愕

「華月、よければこれ使って」


 そう言ってシンが差し出したのは、青いシンプルな腕輪だった。結構好みの。

 俺はそれを受け取り、僅かに首を傾げた。


 なんで急にくれたんだろう。シンの好感度上げるようなことしたかな……?


「えっと……ありがとう」


 戸惑いながらも礼を言うと、シンは爽やかに微笑んだ。


「それはね、無生物の物体なら好きなだけ収納できる腕輪なの。念じれば、出したり消したり出来るんだよ。

 ――と言っても、自分で消した物でないと出て来ないけど」

「マジで!? すげぇ!」


 何でも入るかばんみたいなモノだそうだ。有名なポケットと似て――やめておこう。


 早速、貰った腕輪を付けることにする。こういうのって、やっぱ利き腕じゃない方に付けた方がいいよな? ってことで、俺は左手首に腕輪をはめた。


「あとこれもあげる」


 シンが右手を上に向かって開くと、そこに一振りの刀が現れた。それを俺に寄こす。


「なにこれ? 木刀?」


 それは一見すると、ただの木刀……というか棒切れに見える刀だった。鍔も装飾も無く、薄茶色の柄と鞘の区切りとして、切れ目が入っているだけの物。俺はそれを両手で受け取り、試しに少し引き抜いてみた。想像した通りの、銀色に光る片刃の刀身が現れる。


「本物の刀。私が造ったの」


 デスヨネー。ってか、これシンが造ったんだ……さすが神様。多才だな。


 俺は刀身を鞘に収め、シンが刀を指差して言う。


「普段は使わないだろうから、消えるよう念じてみて」

「うん」


 こっくり頷いて、言われた通り消えろと考えてみる。

 そして、シュンッて感じに一瞬で刀が消えた。


「おー……すげぇ、ほんとに消えた」


 感動だ……。初めて自分で魔法っぽいことしたぞ……


 因みにこの術。名を"物質召喚ぶっしつしょうかん"と言うらしい。大半の主護者が使える術(もちろん俺も使えるらしい)で、通力のコストも少ないという。ただ通力の使い方がさっぱり分からない俺がやるのは無理ってことで、簡単に使えるようになるこの腕輪が渡されたってわけだ。


 シンは俺達三人を見回し、


「さてと、任務の説明をしましょうか」

「最初に言っていた任務はいいの?」


 フィルが聞いた。


「大丈夫。別のコンビが引き受けてくれたから」

「え? いつ連絡取ったの?」


 今度は俺が聞く。


「ついさっき」

「さっき!? どうやって!?」


 ずっと俺達と話してたよな? まさかこれも魔法ですか!?


「んー……」


 シンはしばらく考えた後、自分を指差し、


「あのね、私は本体じゃなくて、分身なの。指示を出したのは本体の方」

「分身だったんだ!?」

「うん。記憶は共有してるから、本体もこっちの状況が分かっているんだよ」

「マジで! すげー!」


 分身も作れるのか! いいなぁ、俺もやりたい。――が、残念なことに無理らしい。

 分身一体作るのに、めっちゃ多くの通力を使うんだって。で、さらに、作り方がすげぇ難しいらしくて、作れる人は滅多にいないそうだ。残念……


 説明を終えたシンは、矢鏡とフィルの方を向き、


「任務の内容は、ここ、フーリにて、華月に戦い方を教えること。そのついでに、国を回って異変が無いか調べます。任務は変更したけど、折角だからフィルも手伝ってね」

『了解』


 フィルと矢鏡が揃って言った。


 おぉ! なんか本格的な感じがする!

 今度、俺も言ってみよう。とりあえず今は返事しない。タイミング逃したし。


「今回は私も同行します。念のため、ね」


 シンが言って、二人がわかった、と返事をする。俺は内心でバンザイ。


 やったぁ♡ シンと一緒に旅が出来る♡


「そういえば、華月」


 矢鏡が俺を呼ぶ。俺は矢鏡に真顔(にやけるのを我慢してた)を向け、


「何?」

「君、剣道とかやってた?」

「いや……残念ながら、スポーツとかは何もやってなかったよ。ずっと帰宅部だったし。運動するのは好きなんだけど……あぁいう熱血とか団体行動は性に合わなくて」


 答えながら頭を掻いた。

 あんま良くないよなぁ……。特に団体行動は慣れないとヤバい気がする。でも苦手なんだよね……


 自慢できることじゃないので、少し恥ずかしがって答えると、


『あー……』


 と、三人揃って納得したように頷いた。


 その、わかるわかるー、みたいな反応やめてくんないかな。前世の俺、どんだけ自由な奴だったんだよ。……人の事言えないけど。


 矢鏡は顎に手をやり、


「じゃあどこから教えるかな……」

「華月には実戦で教えた方がいいんじゃない?」


 フィルが横から口を入れた。矢鏡は少し考えた後、


「それもそうだな」


 と言って頷いた。どうやら俺への指導方法が決まったようだ。


 俺はどっちでもいいけどな。実際どうなるかわかんねぇし。つーか、戦ったことないし。


「ところでシン」


 フィルが呼んで、シンが視線を返す。


「僕の家壊されちゃったんだけど、直してくれたりする?」

「え? ……もしかして、この破片がそう?」


 シンが辺りを見渡して聞いた。地面には家の残骸らしき物が大量に散らばっている。魔族がトランスする前は、まだ少し壁も残っていたから家だったと認識出来たのだが、ドラゴンのような巨体が暴れたことで更に悪化し、原型は全く無くなった。今はただ、そこそこに広い空地と化している。崩れた、というより、粉砕した、の方が合ってると思う。


 シンの問いかけに、フィルは爽やかに微笑んで、壊れた経緯を説明した。

 俺を見つけたあたりから、魔族を倒したところまでを話す。


 シンは最初笑顔で聞いていたのだが、次第に真剣な表情になっていった。


「そう……魔族が……」

「直せそう?」


 フィルが聞くと、


「それは大丈夫……直すよ」


 シンは一拍の間を置いて、静かな口調で言った。何か考え事でもしていたのか、気の無い返事だった。



 **



 家や物を直すには、その物の形を知っていないとダメらしい。今シンは、フィルの家があった場所の前に立ち、俺達に背を向けている。俺達は少し離れた所で、それを見ていた。


 目を閉じて集中している様は、何もしていないようにしか見えないけど、あれで過去を見ているらしい。因みに、それが出来るのは神様だけで、更に言うと、未来を見ることは出来ないそうだ。未来は今から創られるから、だってさ。


 待っている間は暇なので、俺は左横に立つ矢鏡に話しかける。


「そういえばさぁ……シンとか主護者は全員日本人なの?」


 矢鏡がちらっと俺を見て、淡々と言う。


「そう見えるか?」

「……いや……見えないけど。……だって、日本語通じてるし」

「あれ? 言ってなかったっけ? シンの力で、話す言語が違っても、自動翻訳されるようになってるんだよ。主護者は全員ね」


 俺の右横からフィルが言った。


「マジか! なんて便利な!」


 どうりで俺、英語だけは得意なわけだ。まさか神様の力だったとは……

 ん? 何? それはカンニングだって? ――細かい事は気にするな♪


「あれ、でも……文字は英語のままだったけど……」

「見える字体はその言語のままだよ。言葉の意味が分かるようになるだけ」


 矢鏡がそう説明した。


「書くときは普通?」

「あぁ。でも伝えようと考えて書けば、相手の知っている言語に変換されるよ」

「へぇー」


 俺は素直に感心する。やっぱ神様の力は偉大だな。さすがシン様だ♡


 話している内に過去視が終わったようだ。シンが振り向き、フィルを見て困ったように眉をひそめた。


「ごめん、フィル。全部を復元するのは無理かもしれない」

「大丈夫だよ。ある程度戻ればいいから」

「そう? ――じゃあ復元するね」


 シンは視線を前に戻した。俺たちが黙って見守る中、シンは肩の位置で印を結ぶ。両手の中指と人差し指と親指をまっすぐ伸ばして交互に組み、残りはゆるく絡ませる。手の平は合わせずに、小さい玉を包むような形だった。



 そして、空気が変わった――



 淡い光がシンを包み、長い髪がふわりと舞う。不思議と眩しく感じない白い光は、シンの目前の地面からも放たれ、上空に伸びるように大きくなっていった。光は大きな塊になり、家の形に収束していく。溶けるように光が消えた後には、そこに二階建ての家が出来ていた。


「すっげー……」


 俺は屋根まで見上げた。

 赤い屋根の、シャレた感じのする一軒家だった。

 俺は視線を下げて、


『あ』


 フィルと矢鏡が同時に言った。


「ん?」


 俺は一拍遅れて気付く。


 シンが立っていた場所に、七歳くらいの女の子が立っていた。髪の色はシンと同じで、薄い若竹色の裾の長い半袖のセーラーシャツに、白いハーフパンツという服装をしていた。


 少女はくるっと振り向いて、シンと同じ色の瞳で俺達を見た。顔もそっくり。


「やっぱり少し足りなかった……フィル、ごめんね」


 少女は申し訳なさそうに謝った。フィルは少女に向かって歩きながら、


「謝らないでよ。僕が無理言ったんだから……」


 少女の前で立ち止まり、しゃがんで視線を同じ高さにする。フィルはにっこり笑って、


「ありがとう、シン」

「えぇぇぇぇぇ!? シンなの!? なんでちっちゃくなってんの!?」


 俺は驚きの声を上げた。フィルは立ち上がってこちらを見る。


「これがシンの本来の姿なんだよ。子供のままじゃ戦えないから、普段は力を使って青年の姿になってるんだ」

「でも、今ので私の通力がほとんど無くなったから……維持できなくなって、元の姿に戻ってしまったの」


 フィルに続いて、シン(子供)がにこっと笑って説明する。


「…………」


 それを聞いて、俺は少し前の、フィルのセリフを思い出していた。


『死んだ時の姿のままで』


 あの時確かにそう言った。それは主護者も神も同じだとも。


 それはつまり――

 シンは十にすら届かない子供の頃に……


 俺はシンの前まで駆けていき、跪いてがしっとシンの小さな手を取る。


「一生ついていきます!」

「え……? あ……ありがとう」


 こんな小さな子が、あんな化け物と戦ってたなんて……恐かっただろうに……

 なんて健気な……涙出そう。俺も全力でシンに協力するからな! 俺頑張るよ!


 俺が心の中で決意表明している後ろで、矢鏡がぼそっと呟いた。


「結果的に、シンが一番長く生きてるってことは……言わない方が良さそうだな……」


 無論、感激している俺の脳には届かなかった。

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