1-5 神様の仲間になりました

「じゃあ呼ぶか」

「誰を!?」


 矢鏡がさらっと言った言葉に、俺は反射的にツッコミを入れた。


 いやまぁ……誰かは想像出来るんですけど……

 だって……なぁ? 簡単に会えるなんて思わないだろ?


 答える必要が無いと判断したのか、二人は俺のツッコミを無視し、


「華月も見つけたし、報告しないと」


 矢鏡はブレザーのポケットから、USBメモリみたいな物を取り出した。

 色は黒で、横には小さな押しボタンが付いていた。


「なにそれ?」

「通信機」


 どんな魔法で連絡するのかと思ったら、科学の力かよ!


「言っておくけど、電波で通信するわけじゃないよ」

「あぁそう……」


 矢鏡が補足で言ったけど、俺はすでに脱力してマス。どーでもいいデス。

 矢鏡は通信機とやらを肩の位置まで上げ、横のボタンを押した。


「華月を見つけた」


 簡潔にそう言って、一拍の間を置いた後、


「――あぁ。フィルのところにいたよ」


 そしてまたしばらく黙って、またボタンを押す。


「イヤホンしてるようには見えないけど……それ会話出来てるの?」


 一方的に話してるだけに見えたんだが。

 いや、セリフだけなら会話してるっぽいんだけど……


 矢鏡は通信機を同じ場所にしまい、


「これ自体がどっちも兼ねているんだよ」

「え? それスピーカーも付いてんの? 何も聞こえなかったけど……」

「耳で聞いているわけじゃないから」

「は?」


 俺がおもいっきり眉根を寄せると、矢鏡はふいっと視線を逸らした。


「こういう感覚を教えるのは難しい……」


 説明を諦めた矢鏡に代わって、フィルが俺を呼ぶ。


「神様の力で会話が出来ているんだよ」

「おぉ! なんだそうだったのか!」


 神様なら何が出来ても不思議じゃないな!


「……そんな大雑把でいいんだ……」

「いやー……単純っていいねぇ♪」


 この時の二人の会話は、俺には聞こえていなかった。



 **



「良かった、無事で……」


 神様だと言う少女は、俺を見て優しく微笑んだ。

 通信してすぐ後、神秘的な淡い光に包まれながら、この少女は現れた。


 膝まで伸びた、綺麗なレモン色の長い髪。空を映したような薄青色の大きな瞳。色白で細長い四肢。凛とした美しい顔をした、かなりの美人さんだった。年は俺と同じか少し上くらい。けど神様だから、実際はもっと上なんだろうな。


 服装は、紺のパンツに裾の長いゆったりした薄水色の丸首シャツ。その上に若竹色の、長さが足首近くまである羽織を纏い、赤い腰帯を締めていた。


 少女が現れた後、すぐに光は収まったが、俺は少女が輝いているようにしか見えなかった。


 俺が呆けたまま少女をじっと見ていると、フィルが彼女の傍に立って、


「華月。この方が僕たちの主、天界の最高峰である神様だよ」

「はじめまして。私はシン。よろしくね」


 シンと名乗った少女はにっこり笑った。


 ………………

 俺は今、今までに無い感覚を味わっている……

 こんな気持ちは初めてだ……。心臓の鼓動がかなりうるさい。全身が熱くなっていく感じがする……

 これが――これが恋ってやつか!


「一目惚れやわ……」

『え』


 矢鏡とフィルが驚いた声を漏らすが、気にしない。

 俺はさっとシンさんの手を取り、俺より少しだけ低い目をじっと見つめながら、


「かっこいい名前ですね♡」


 出来るだけキリッとした顔で、なるべくクールな感じで言った。


 でもきっと、顔は赤いんだろうな……


「口説いてるよ……」


 フィルが引きつった笑みを浮かべる。矢鏡も何か言いたげな顔をしていた。

 でも今はそっちを気にしている暇はない。


「今度お茶でもしませんか?」


 少し勇気を出して誘ってみる。するとシンさんは困ったような顔をして、


「んー……私、飲食しないんだけど……」


 あ。そういえば神様だった。


「やっぱその……人間……ではないからですよね?」

「うん、私は霊体だからね。――元々は人間だったけど」

「え!? マジで人間だったんですか!?」


 あ、ちょっと失礼な聞き方だったかもしれない。でもシンさんは一切気にせず、にっこり笑って小さく頷いた。かわいい……


 シンさんはスルリと俺の手をほどき、矢鏡の方に顔を向ける。


「任務お疲れ様、ディルス。悪いんだけど……すぐに別の任務に就いてくれない?

 華月は私が地球に返しておくから」

「それはいいけど……俺の相方はどうなる?」


 シンさんはフィルに視線を移し、


「フィル、手伝ってもらってもいい?」

「あぁ、もちろん」


 フィルは笑顔で答えた。

 俺は三人に向き直り、


「なぁなぁ、任務って何? さっきから気になってたんだけど……」

「任務っていうのは、シンの手伝いをすることだよ」

「神様の手伝い!?」


 フィルの説明に、俺は驚きの声をあげる。


「あ。ヤな予感……」


 矢鏡がぼそっと呟いた。

 俺はシンさんに向かって言う。


「それ! 俺もやる!」


 あ。敬語忘れた。……まぁいいか。シンさん気にしなさそうだし。


『え……?』


 シンさんとフィルが驚いて、


「やっぱり……」


 矢鏡は額に手を当てた。

 シンさんは困ったように微笑んで、


「あ……ありがとう。でも華月、任務がどういうのか知らないでしょ?」

「知らないけど、楽しそうじゃん!」


 ――というのは建前だけど。ほんとは、このまま地球に帰ったら、もう二度とシンさんと会えないんじゃないかと思って言ったんだよね。そしてそれは間違ってないと思う。こういう悪い予感は当たるもんだし。


「華月」


 矢鏡に呼ばれて、そっちを向く。


「何?」

「任務内容、妖魔と戦うことがほとんどだよ。それでもやるの?」


 これは俺が戦えるのかどうかを聞いているのか、それとも任務は危険だと言いたいのかどっちなんだろう。……きっとどっちもだろうな。


 俺は、うーん、と唸りながら考えて、そして一つ閃いた。

 にやりと不敵に笑って見せ、


「要は戦えればいいんだろ? なら大丈夫だ。前世が剣豪だってんなら、俺には剣術の才能があるはず! だから戦えるさ!」


 ガッツポーズで断言する。これに気付くとはさすが俺だな!


「わーお楽天的ー♪」


 フィルがにこにこと笑って、なんか嬉しそうに言った。

 しかしシンさんは、これだけでは納得出来なかったようで困り顔のままだ。


 だが、王手をかけるコマは揃っている!


 俺はシンさんを真っ向から見据えた。真剣な口調と顔で言う。


「俺は狙われやすいって聞いた。それってさ、地球に戻っても襲われる可能性があるってことだろ? だったら俺も、戦える方が良くない!? 妖魔とかに慣れた方がいいんじゃね!?」


 あ。ダメだ後半にやけた。しかも力んじゃったよ。


 シンさんは俺の力説に引きつった笑みを浮かべ、言葉を失くしているようだ。フィルと矢鏡もぽかんと呆けている。


 ふふふ、どうよ! 明察すぎじゃね?


「――あはははは!」


 微妙に続いた沈黙を破ったのは、楽しげに笑うフィルだった。腹を抱えての爆笑だ。


「笑い事じゃないだろ……」


 矢鏡が若干、呆れて言った。フィルはパタパタと手を振って、


「いやー……だって面白いよ」

「まぁそうだけど……」

「俺そんなにウケること言った?」


 俺が聞くと、フィルは笑いながらこくこくと頷いた。

 シンさんは諦めたように微笑み、


「……ディルス、任務は変更します」

「え。まさか、華月を巻き込むの? 本気?」

「仕方ないでしょ。華月が言ったのは事実だし……

 それに私、強制するのは嫌いですよ」


 その一言で、矢鏡は諦めたように口を閉ざす。


「じゃあ……」


 俺はキラキラ輝いた目でシンさんを見て、シンさんはにっこり笑って頷いた。


「これからよろしく、華月」

「やった!」


 俺はガッツポーズを作って喜んだ。それからシンさんは申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね、巻き込んでしまって……」

「いやそんな! 俺が無理言ったことだし、謝らないでくださいよ!」


 俺はぶんぶんと両手を振った。


 完全に俺のわがままなんだけど……なんか、逆にすみません。


 シンさんはあわてる俺を見て、クスクス笑う。


「ありがとう、華月。

 ――でも、そんなにかしこまらないでね? 私の事も、呼び捨てでいいから」

「え! いいの!? だって神様だろ? 無礼にならない?」


 いやまぁ……敬語とか使ってない時点で無礼なんだろうけど……


 シンさんは、うん、と一つ頷いて、


「神様って言ってもね、人に勝手に呼ばれてるだけだから。私、別に偉いわけではないよ」

「凄い力は持ってるけどな」

「ディルス、今はそれ、言わないほうがいいんじゃない?」


 矢鏡とフィルが小声で言い合う。言っとくけど、聞こえたからな。


 まぁでも……シンさんがそう言うなら……


「わかったよ、シン」


 俺は言って、改めて三人に向く。


「足手まといになるだろうけど、よろしくな!」


 フィルは爽やかに微笑み、


「よろしく、華月」


 矢鏡はやっぱり無表情で、


「まぁ……無理はするなよ」


 と言った。



 こうして、俺の普遍的な日常は、不可思議な日常へと変化したのだった。






 どうでもいいけど、矢鏡は素っ気ないな……

 嫌われてんのかなー……?

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