1-2 襲撃者って空気読まないよな

「さて、続きを話そうか」

「立ち直りはやっ!」


 一瞬で爽やかな笑顔に戻ったフィルに、思わずツッコむ俺。


「何事にも切り替えは大事だよ、華月」

「いや、そうだけど……」


 なんか……読めない人だな……

 こういう人を"食えない奴"って言うのかな?

 敵に回したら恐そうだ……あぁでも、友人同士……だし……平気かな。不思議と安心感あるし。


「ところでさ、結局、俺達はいつ友達になったんだ?」


 俺が聞いて、フィルが答える。


「前世だよ」

「前世!?」


「うん。でも僕は、記憶を持ったまま転生したから、前世とは言えないかもしれないけど」


「マジで!? じゃあ二十五年以上生きてるってこと!?」

「そうだね」


 フィルは一拍の間を置いて、


「あのね、君と僕は以前まで、天界に住んでいたんだよ」

「天界!?」


 フィル曰く、人間に転生する前までの俺たちは、とてつもなく長い時間を、同じ意志を持つ仲間と共に過ごしていたらしい。


 さらに驚くことに、俺たち全員が神様に仕えていたという。天界という場所から考えれば、当然と言えるかもしれない。


 つまり、だ。俺たちは生前"天使"だったということだ!

 なんという衝撃的な話!

 ただ一つだけ、わがままを言ってもいいかな?



 天使だったって……ちょっとヤなんですけど。



 だって天使って言ったらさ、輪っか付けて羽が生えた赤ん坊だろ? 普通のイメージとしては。人や国によっては、普通に人の形で羽が生えてるだけってのもあるけど……


 それに、天使って名称自体、なんかかわいい感じで嫌。


 正直にそう言ったら、フィルは、あはは、と爽やかに笑って、


「呼び方はね、いろいろあるんだ。天使だったり、カイサだったり、全員まとめて神と呼ばれたり。僕達は"主護者"って呼んでるけどね」

「へぇー」


 うん。それは、ちょっとかっこいいかも。


「見た目は普通に人と変わらないよ。神様も同じ。全員、元は人間だったからね。

 大体の人が死んだときの姿かな」

「え。まさか見た目がグロい人も……」


 ホラーゲームでよくある死体を想像した。だとしたら天国じゃなくて地獄だよ。

 しかし、心配は無用だったようだ。


「いやいや、死んだ後じゃないから。生きてる人と同じだから」


 フィルは手をパタパタ振り、俺の想像を否定する。あー良かった。


「あぁでも、似たような化け物と戦うのが、僕たちの仕事だったけど」


 付け足された言葉に、再び固まることになったけどな。


「君の世界にはいないけどね。この世界はもちろん、ほとんどの世界に散らばっているんだ。人間を襲って、殺すのが目的みたいな奴らだよ。それを阻止する為に戦っているのが主護者。要は人助けだね」

「……なんか、ゲームに出てくる勇者みたいだな」


 俺がそう呟くと、フィルは楽しそうに笑った。


「あはは! いいね、勇者! でも君は、勇者より剣士の方が似合うかな」

「剣士? なんで?」


「以前までの君は、天界でも最強の剣豪だったからさ」

「マジで!? カッケー! そんなに凄かったんだ! 前の俺!」

「うん。なにしろ――」



 ドォォォォォォン!




 **




 突如鳴り響いた轟音に、一瞬で視界を埋め尽くす眩しい光。

 わずかに感じた熱に、謎の浮遊感。

 何が起こったのか、すぐには理解出来なかった。


「ふー……危なかった」


 すぐ近くで聞こえたフィルの声に、反射的に閉じていた目をゆっくり開ける。


「え……」


 鋭い眼差しをどこかに向ける、端正なフィルの顔が目の前にあった。

 そしてすぐに気付く。俗に言う、お姫様抱っこをされていることに。


「何故姫抱き!?」


 せめて逆じゃね!? 性別的に!

 つーか、フィルがイケメン過ぎて絵図がやばい気がする……


「――やっぱり来たか」


 俺のツッコミを無視し、低い声音で呟いた。やべぇ、マジでカッコイイ。惚れそう。


 華があってカッコイイ女の人っていいよね! ……ってそんなことより。


「あのさ……」

「あぁ、ごめん。咄嗟だったから。今下ろすよ」


 俺の言おうとしたことが分かったらしい。ニコッと微笑み、なんか丁寧な感じで、地面に下ろされた。しかも、しっかり立つまで支えててくれたし。ほんと紳士だな……


 とりあえず辺りを見回す。ついさっきまでは部屋の中にいたのに、いつの間にか外に出ていた。緑の葉を揺らし、生い茂る木々が目前に広がっている。恐らく森の中なのだろう。


「状況が掴めない……」

「僕の家が爆破されたんだよ。ほら」


 冷静に簡潔に説明し、フィルは俺の後ろを指差した。俺はそれを追うように振り向く。


 焼け焦げた地面と、その上にごちゃごちゃに散らばる何かの破片。それは木っぽいものだったり、ガラスだったり。壁っぽいのが一枚だけ、奥の方に残っているので、そこに家があったことはギリギリ分かった。


「なにこれ!?」

「だから、僕の家だったもの」


 あ。さすがに過去形にした。だからさー、それ、冷静に言うことじゃないって。


「全く……ひどい事するなぁ」


 え。それ俺に言ってんの? と思って振り返ったら、違った。

 フィルは俺から見て右の、誰もいない木々の方を向いていた。不敵な笑みを浮かべて。


 俺も同じ方向を見る。


「ちっ! 死ななかったか!」


 そんな声と共に、禿頭のおっさんと、人の二回りはでかい鬼みたいな奴(角は無いけど)が三体、離れた場所に降ってきた。ドスンという着地音を立てる。結構な高さから落ちてきたはずだが、鬼もおっさんも平然と立っていた。物理法則はどうなった。


 呆然とする俺の前に一歩出て、フィルは左袖から細くて長い、針のような物を取り出した。


「華月、さっきの話の続きだよ。三体いる方が"悪鬼あっき"。人間に見えるのが"魔族まぞく"。

 他にも種類はあるけど、それらをまとめて"妖魔ようま"と言うんだ」


「いや、鬼っぽいのは分かるけど! あれ普通のおっさんじゃないの!?」

「木を飛び越えて、その高さから降りても無事な人間がいるのかい?」


 そう問われて、俺は何も言えなくなった。木の高さは、大体二階建ての家くらい。普通の人なら最低でも骨折はする高さだ。だけど、おっさんは怪我一つしていない。


 人間でないことは明白だった。


 フィルは長針を逆手で構え、


「で、あれらを狩るのが僕達の仕事。当然、奴らからすれば僕達は邪魔者だから、こうして殺しに来るんだよ。……特に、強い者は狙われやすい」


 フィルは俺にだけ聞こえるように、もう少し後ろに下がってと言った。俺は素直に従った。


「待っててくれと、頼んだ覚えはないんだけど。まだかかって来ないね。怖じ気づいたのかな?」

「んなわけあるか! 隙をうかがってただけだ!」


 挑発するようなフィルに、おっさんは怒鳴る。なんて正直なんだろう。

 フィルは小さく肩をすくめ、呆れたように言う。


「敵を前に、隙を見せるわけがないだろ。バカか君は」

「なんだとぉ!」


 あのおっさん短気だな……


 おっさんは吠えた後、突然こっちをビシッと指差し、


「行け!」


 と短く号令。悪鬼三体が獣みたいな鳴き声を上げながら、真っ直ぐ駆け来る。


 まず一体。一番先に来た赤い肌の奴が、フィルに向かって腕を振り上げ、そのまま前のめりに倒れる。


 フィルは悪鬼の左横を、背中を向けて回転するように擦り抜け、その勢いで悪鬼の後ろ首に長針を刺していた。そしてすぐに引き抜く。その動作を一瞬でやった。


 速い! なにこれ人間技じゃない!


 俺は目がめっちゃ良いのが自慢だが、それでギリギリ見えたレベルだ。


 次に同時に襲いかかってきた黄色っぽい二体も、同じように後ろに回り込み、首に長針を刺していった。これ、目が良くなければ、フィルの姿が消えたようにしか見えないぞ。


 最後の一体を刺した後、傾きかけた悪鬼たちの頭上を飛び越え、バック転みたいに空中で一回転して俺の前に軽やかに舞い降りる。この表現が一番しっくりくるな……


 そして、三体がほぼ同時に地に伏した。


「なっ……!」


 残ったおっさんが驚愕の声を上げる。


「たったあれだけで悪鬼を倒しただと!? バカな!?」

「まぁ、首に針刺しただけじゃ普通は倒せないねぇ」


 フィルがいつもの口調で言った。


「でも残念。これ普通の長針じゃないんだ」


 この間に、倒れた三体の悪鬼が、黒い粒子になって霧散した。


 嘘!? 消えたんだけど!


「強制的に魔力を放出させる薬を塗ってある。悪鬼程度なら、掠っただけで倒せるよ。魔力を空にさせてね」

「どういうこと? それに、魔力って……」


 俺が聞くと、フィルは長針を袖にしまって、


「詳しくは後で説明するよ」


 短く言われた言葉に、俺は仕方なく引き下がる。

 確かに、今は話をしている場合じゃないな。敵が目の前にいるし。そのかわり、後でちゃんと聞くからな。このままじゃ謎だらけだ。


 とりあえず、俺は背景にでもなっていよう。


「ちっ……まぁいい」


 おっさんが忌々しそうに舌打ちする。


「元から雑魚だけで勝てるとは思っていない。この俺が直々に殺してやろう!」


 おっさんは手振りを付けて宣言した。かっこつけたつもりなんだろうが……ただのおっさんがそんなこと言ってもかっこよくないな。


「偉そうに言ってるけど……下位程度に負けるほど、僕は弱くないよ」


 淡々と返すフィルを、おっさんが凄い形相で睨みつける。


 あれは相当、頭にきてるな……


 後で聞いた話だけど、魔族の中にも階級があって、強い奴から上位、中位、下位に別れているそうだ。で、こいつは下の中くらいだったらしい。補足説明終わり。


「言わせておけば……好き放題言ってくれるじゃねぇか」

「僕の家を爆破した奴が何言ってるのさ」


 あれ、地味に気にしてたんだ。もしかして……フィルって根に持つタイプ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る