1-3 俺の中の何かが変わった瞬間

 睨み合いでもしているのか、双方とも無言になってしばらく――

 突然フィルが、あ、と呟いた。


 訝しげな顔をする俺とおっさん。ふふっと微笑するフィル。

 どうした急に。


「僕さぁ、気配とかには疎い方なんだ」

「……は? だからなんだ?」


 おっさんが露骨に顔をしかめる。


「だから、君の攻撃にも気付くのが遅れて、僕の家は大破してしまった」


 おっさんなど気にせず、フィルはまるで独り言のように続ける。


「直してくれると思うかい?」

「はぁ? 何を言って――」



『どうだろうな』



 おっさんのセリフを遮り、その声は突然聞こえてきた。刹那――


 おっさんがバカでかい氷の塊に包まれた。なんで!?


 次いで派手な音を立てながら、氷は粉々に砕け散る。そのかけらが地面に降り注ぐ中、その男は正面にある太い木の横から歩み出て来た。


 見覚えのあるそいつは、俺と目を合わせ、


「それより、なんで華月がここにいるの?」


 と、抑揚のない声で言った。


 髪は色あせた金髪。癖の無いストレートヘアーだが、前髪の真ん中だけがくるっと巻かれているのはなんでだろうな。髪と同じ色の双眸は、目付きの悪い三白眼だけど……悔しいことに、こいつも顔が良い。そしてやっぱり俺より身長が高い。因みに俺は百七十ジャストだが、こいつとは三センチ以上離れているな。


 何? 俺の周りはイケメンが集まるの? どんな呪いだよ。


「お前こそなんでいるんだよ? ……隣の席の、変な名前の奴」


 因みに、俺がこいつを知っているのは、六月中旬くらいに転入した学校の生徒だからだ。今言った通り、同じクラスの隣の席。つまりこいつも高校二年生。俺と同じ制服を着ている。


 そういえばさー、俺の席、窓際最後尾という最高の位置なんだけど……隣がイケメンってまるで嫌味のようだと思わんかね? ……まぁいいけど。


 その時は変わった名前の外国人がいるなぁー、くらいにしか思ってなかったけど……。まさかこんなところで会うことになるとは。学校でも話したこと無いのに……


「"矢鏡しきょう 奏為かなた"だよ、転校生」


 俺達の前で足を止め、そいつが言った。


「すっげーキラキラネームだよな!」


 初めて聞いた時は少し感動してしまった。今まで身近にいなかったからなー、変な名前の奴。ネットで知ってるだけだったし。


「うるさい。それは親に言ってくれ」


 矢鏡はいつもと変わらない無表情で言った。ついで、フィルに視線を移し、


「ふふっ♪ 元気そうだね、ディルス」

「お前もな、フィル」


 互いに微笑み、言葉を交わす。


 あ。やっぱ知り合いだったんだ。つーか、矢鏡が笑った……無表情で無口で無愛想で有名って聞いたのに……

 それにディルスって……やっぱ矢鏡の前世の名前かな?


 いや、今はそれよりも――


「なぁ、それよりおっさんは? どうなったの?」


 和やかな空気を壊すようで悪いけど、俺はそっちの方が気になるよ。

 もう一つ、なんでいきなり凍ったのか、も聞きたいが……立て続けに聞いてもこっちが混乱しそうだから、とりあえず今は置いておく。


 矢鏡はちらっと俺を見て、


「あいつなら逃げたよ」

「はぁ!? どうやって!? 完全に氷漬けになってたよな!?」


 俺の質問に、矢鏡は興味無さそうに答える。


「いや……失敗したから、凍ってないよ。それで逃げられた」

「ディルスにしては珍しいよね、"じゅつ"を外すなんて」


 フィルが茶化すように言った。


「術? なにそれ?」

「華月がいたのに驚いて、手元が狂ったんだ」


 しかし、俺の質問はスルーされた。二人だけで俺には分からない話を続ける。


 ウェーイ悲しいぜぇー……頼むから俺にも分かるようにしてくれないか?


「俺は無視ですか……」


 そうぼやくと、フィルが俺に振り向いて、


「あぁごめん。彼と会うのも久しぶりだから……つい」


 慌てたように微笑み、『ごめんね、何か聞きたかった?』と言うので遠慮なく聞くことにする。


「矢鏡とも友達なの?」

「そうだよ」


「それでさ、ディルスは矢鏡の前世の名前で、術ってのは魔法の事……で合ってる?」

「あー……まぁ、そうだな」


 これには矢鏡が答えた。


 俺はふむ、と一つ頷き、


「で、あの氷魔法は矢鏡がやった……ってことだな?」

「あぁ」


 短く答える矢鏡。

 フィルはにっこり笑って、


「理解が早いね、華月」

「だろー?」


 俺もにっこり笑い返した。



 ――で、すぐに。



「ってアホかぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺は全力で叫んだ。


「んな夢みたいな話があるか! 非現実的すぎるわ!」


 矢鏡とフィルは顔を見合わし、順に言う。


「でも本当だしな……」

「うん。嘘は言ってないよね」

「どこのゲームの話だ! 有り得ねぇよ!」


 俺から聞いといてなんだけど……もう無理! 信じられるか! 許容オーバーだ!

 夢なら早く覚めてくれ……こんな厨二病まっしぐらの夢なんて見ていたくない。


 つーか、もっと早くツッコむべきだった。


 俺のバカ! いくらファンタジーが好きでも、こんな現実離れした現状を認めちゃダメだろ! なんで一時でも納得したんだ!?


 俺の叫びに、フィルは何かを言おうとして口を開き――


「あ。待った」


 ドスンッ!


 矢鏡が制止した途端、俺達の前に巨大なドラゴン? みたいなのが落ちてきた。


 堅そうな肌は赤黒く、黄色く濁りきった目は細い瞳孔により剣呑さが表れている。高さは校舎三階建てくらいかな。翼は無いけど……頭に角があるな。RPGとかに出て来そうな奴だ。


 そいつは大きく吠えると(かなりうるさい)、


「なめやがって!」


 とドスのきいた声で言って、


「でけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 俺はまた叫んだ。

 敵を見上げて、フィルが呟く。


「おー、トランス……」

「とらんす!?」


「簡単に言うと、変身の事だよ。筋力がかなり上がるらしい。ただ、大型に変身して機動力が落ちることが多いから、あんまり使われないけどな」


 同じく敵に向いた矢鏡がそう説明する。


 ドラゴンまで出て来ちゃったかぁー……しかも変身だって?

 あっはっは――


 うん…………もういい。もうわかった。どうしても信じろと言うんだな?


 ――ならば。


 俺はもう、この非現実的な光景を否定することを止める! もう吹っ切れた! むしろ全力で楽しんでやる! 郷に入れば郷に従え、だ!


 この時決意してから、俺の常識は変わってしまったのかもしれない。

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