第9話海辺のたこ焼き
ポニーちゃんとオライオンは、ひとしきり走り回りました。
ゴルちゃんは、すっかりくつろいでいます。
「ねえー。ポニーちゃんとオライオン。たこ焼き食べない?」
「僕もおなかすいたよー」
よし子さんとゴルちゃんが声をかけました。
よし子さんは、ゴルちゃんにペットボトルのお水を入れてあげました。
「今日は特別にちょっとだけたこ焼きあげるわね」
「うわーい。僕みんなに黙っていられるかなあ」
キャップに入れられた水をぺちゃぺちゃとなめます。
「絶対にお口チャックよ」
よし子さんはウフフ、と笑いました。
ポニーちゃんとオライオンが、たったかたったか走ってきました。
「やっぱり、海は気持ちいいわ!」
「風が気持ちいいぜ」
二頭は、ふうっと笑っています。
「じゃあ、たこ焼きいただきましょう」
よし子さんが、ビニール袋からたこ焼きを出しました。
「ちょっと冷めちゃったけど……」
「暑いからちょうどいいよ」
オライオンが前足を差し出しました。
「砂だらけよ。ちょっと待って」
よし子さんは、木の葉を何枚かとってきました。
「お皿みたいだねえ」
ゴルちゃんは、きゅうっと喜びの声をあげました。
「たこ焼きっていうのは、たこが皮の中に入っているんだよねえ」
ゴルちゃんの頭と同じくらいの大きさのたこ焼きでした。
「この中にたこが入り切るのか?そんなに小さいたこがいるのか?」
オライオンは、たこ焼きを見つめました。
ポニーちゃんが、ぷぷっと吹き出しました。
「みんな、たこがそのまま入っているわけないでしょう?」
オライオンが、おずおずとたこ焼きに手を伸ばしました。
「パーン!」
よし子さんが大きな声を出したので、オライオンがひっくり返ってしまいました。
「よし子さん、びっくりするじゃないか」
オライオンが、がるると小さく吠えます。
「ごめんごめん。物知りのオライオンがたこ焼きを知らなかったからつい」
よし子さんは、たこ焼きを一つようじで刺しました。
「ほら、あーんして」
オライオンが照れ臭そうに口をあけます。
「小さいな。たこはいなかったぞ」
「たこを細かく刻んで種の中に入れてるのよ」
オライオンはたこ焼きを飲み込みながら変な顔をしています。
「たこ焼きには種があるのか。何もひっかっからなかったぞ」
「その種じゃないわよ」
よし子さんは、おかしくて口を押えました。
「私も私も、よし子さん」
ポニーちゃんも、口をあーんとあけました。
「みんな甘えん坊ねえ」
よし子さんは、ポニーちゃんの口にもたこ焼きを入れてあげました。
「ここのたこ焼きはおいしいわね。たこが大きい」
ポニーちゃんは、おいしそうにもぐもぐ口を動かします。
「ポニーちゃんは、食べたことがあるの?」
「あるわよ」
「えー?」
よし子さんは、驚いてたこ焼きを落としそうになりました。
「お客さんが食べていたのをおいしそうだなって、ジーっと見つめていたらね。ひとつ投げてくれたことがあったの」
ポニーちゃんが、にっと笑いました。
「ええー?それはだめよ」
「だってくれたんだもの。仕方ないわ」
ポニーちゃんは、ぺろりと舌を出しました。
「いいなあ、ポニーちゃんは」
ゴルちゃんがうらやましそうに見上げました。
「僕も食べたい」
よし子さんは、ゴルちゃんようにたこ焼きをようじで小さくしてあげました。
ゴルちゃんが両手で持っておいしそうに食べます。
よし子さんもひとつぱくりと食べました。
「もっとくれ」
オライオンが口をあけました。
よし子さんが口に入れてあげます。
オライオンが3つ、ポニーちゃんも3つ、よし子さんは2つ、ゴルちゃんが1つ食べました。
「全部で9個だったな」
「中途半端な数ね」
オライオンとポニーちゃんは首をかしげました。
「猫のミーシャにひとつあげたんだよ」
ゴルちゃんが教えてあげます。
「ミーシャ?誰だそれは」
オライオンが聞き返しました。
「サングラスを見つけてくれた猫のミーシャだよ」
ゴルちゃんが砂の上のサングラスを指さします。
「しゃれた名前ね。外国の猫なの?」
ポニーちゃんが、うっとりした顔で聞きました。
「思いっきり日本の猫だったよね、よし子さん」
ゴルちゃんがよし子さんに言いました。
「そうね。ぶち猫で、野良ちゃんみたいだったわね」
「ちょっとっぽっちゃりしてる猫だよ。のそのそ歩いていた」
ゴルちゃんがのそのそ歩いてみせました。
「ともかく、ミーシャっていう猫がゴルちゃんのサングラスを見つけてくれたんだな」
オライオンは前足の上にゴルちゃんを乗せました。
「木登りをしていた時に枝に引っ掛かっていたらしいの」
よし子さんが、身振り手振りを交えて説明してあげました。
「僕、猫に頭をペロンてなめられたんだよ」
オライオンの足の上でゴルちゃんが毛づくろいし始めました。
「よく平気だったわね」
ポニーちゃんは、ゴルちゃんをまじまじと眺めました。
「姉ちゃんからもらったサングラスだから、何としても返してもらわなきゃって必死だったんだよ」
ゴルちゃんは、毛づくろいを終えるとほっとしたように砂の上に降りました。
「猫のミーシャさんも、生き別れになった妹さんがいるみたいだったの。説明したら返してくれたわ」
「今度来る時には、お土産を持ってきてって言っていたよ」
ゴルちゃんがサングラスを手に取りました。
「今度、二番目にお気に入りのサングラスを一つあげようと思うんだ」
オライオンがうんうん、とうなずいています。
「今日はとりあえずお礼に、僕の帽子とたこ焼きを一つあげたんだよ」
ゴルちゃんがサングラスをしみじみと眺めています。
「猫とネズミの交流の話を聞くのもいいものだな」
「本当ね。私もミーシャさんに会ってみたいわ」
ポニーちゃんもうなずきました。
「それじゃあ、小腹も満たされたことだし……よし子さん、そろそろあそこにいこうや」
オライオンが、よし子さんの膝を前足でさわりました。
「ああ、ドッグランね」
「そうそう」
オライオンがしっぽを振りました。
「ドッグランにも行くのね」
「いやか」
オライオンが、心配そうにポニーちゃんをのぞき込みました。
「平気よ。ドッグランに着くまでトラックで休んでいるから」
ポニーちゃんは、やさしく微笑みました。
「疲れてたら見ててもいいからな」
「ポニーちゃんとオライオン、すっかり仲良しになったね」
ちっちゃい声でゴルちゃんがよし子さんにささやきました。
「うふふ」
よし子さんも横を向いて笑いました。
その頃、動物園はざわざわしていました。
「よし子さん、遅いねえ」
園長さんが心配そうに部屋の中をうろうろ歩き回っていました。
「なんだかぐりちゃんたちがゴルちゃんの帰りが遅いのが変だと騒いでましたよ。遠くの病院に行っているから仕方ないとごまかしているんですが……」
園長さんが、ちかこさんと窓際でこそこそ話しています。
窓の外ではナマケモノのマナさんも、じっと休憩室の方に顔を向けていました。
園長さんはそっとカーテンを閉めました。
「ちかこさん、よし子さんに早く戻るようにと連絡してください」
「了解しました」
ちかこさんは、さっそくよし子さんに連絡しましたが出ません。
『お客様は電波の届かない場所におられるか、電源を切っていらっしゃいます。御用の方は……』
「園長!出ません!」
「ええー?」
なぜ携帯がつながらないのか二人には見当もつきませんでした。
「仕方ないね。動物たちに聞かれたら、町の病院には具合の悪い動物が大勢いたらしく帰りが遅くなるとでも話してもらおう」
マナさんは、葉っぱに手を伸ばしているようです。
「みんなの携帯に電話をかけて、今の事を伝えてください」
そんなこととは知らず、よし子さんはのんきにたこ焼きのパックを片付けていました。
「今何時かしらね」
「まだお日様があんなところにあるぞ」
オライオンがゆっくり首をもたげました。
「でも、結構遊んだわよね。そろそろ行きましょう」
よし子さんが携帯を取り出しました。
「あれま!いつの間にか充電が……。これは大変」
よし子さんがおろおろして髪をかき乱し始めました。
「どうしたの?」
ゴルちゃんが、サングラスを外してよし子さんを見上げました。
「携帯の充電が切れていたのよ」
「電話が使えないってこと?」
「そうなの」
「ひやー」
ゴルちゃんも両足で立ち上がりました。
「大丈夫だ。よし子さん、おれ様の携帯がある。ポニーちゃん」
「はーい」
ポニーちゃんが、ポシェットの中から携帯を取り出しました。
「へっへっへ。驚いただろう」
「驚いたわ」
「驚いたよー」
よし子さんとゴルちゃんはあっけにとられて、ぼーっとしてしまいました。
「実はりょうさんが持たせてくれたんだよ。よし子さんはおっちょこちょいのところがあるから念のためって。おれ様カバンがないだろ。だから、ポニーちゃんに持っていてもらっていたのさ」
「まったく。信用されていないのね」
よし子さんは少しむくれましたが、ほっと息をつきました。
「りょうさんが気が利く人でよかったな」
「本当ね。帰ったらりょうさんに何かおごらないといけないわね」
「たこ焼き買っていくか」
オライオンが言うと、よし子さんもうなずきました。
「おじさん、さっきはたこ焼きおいしかったよ。お土産にもう一つくださいな」
ゴルちゃんがよし子さんからもらった500円玉を差し出しました。
「とびっきりおいしいたこ焼きを一つ!」
オライオンも叫びました。
「まかしときな」
ひげのおじさんは、鉢巻きを締めなおしました。
その時オライオンの携帯がプルプルと鳴りました。
「はい。オライオンです。あ、りょうさん。えっそうなんですか……」
「ライオンが携帯か! すごい世の中になったもんだな」
ひげのおじさんは驚きながら、たこ焼き器に種を流し入れました。
「よし子さん。みんな遅いから心配しているようだ。帰った方がよさそうだぜ」
オライオンは、あわてて携帯をポニーちゃんに渡しました。
「ぐりちゃんたちが、ゴルちゃんがあまりにも遅いって心配しているらしい」
よし子さんは、うーんと腕を組みました。
「オライオンは帰るので平気なの?」
「ああ、ドッグランに行きたかったがな。みんなに心配かけちゃあいけねえ」
オライオンもうーんと空を見上げました。
「兄さん、やけに物分かりがいいんだな」
ひげのおじさんは、オライオンの目をじっと見つめました。
鉄板の周りの生地を素早くまとめます。
「よし子さんが、動物園のみんなに約束したんだよ。ゴルちゃんのサングラスを見つけて、おれ達も遊ばせたら帰るって」
「でも、兄さん本当は海よりもドッグランに行きたかったんだろ」
「ど、どうして……」
みんなにもオライオンのドキドキが空気を通して伝わってくるようでした。
「さっきたこ焼きを食べながら話しているのが聞こえちゃったんだ。海で走っているときもなんだか上の空だった。彼女の前だからあまり言わねえが…… しかも、お前さん円形脱毛症だろ」
「お、おう。よく気が付いたな」
オライオンがポニーちゃんに携帯を渡しました。
「ライオンが円形脱毛症になるなんて、ライオンが携帯持っているのと同じくらい驚きだぜ」
おじさんは、たこ焼きをパックに詰めました。
よし子さんが、心配そうにオライオンをみています。
「まずいぜ。よう、動物園のお姉さん」
おじさんは、よし子さんの顔を見ながら言いました。
「それはわかっています。だから、今日ここへ連れてきたんです」
よし子さんは、きっぱりとおじさんの目を見て答えました。
「でも、こちらの兄さんはお前さんやそこのハムスターやポニーに気を使って、まだ自分のストレスを解消してないぜ」
おじさんの目がきらりんと光りました。
「兄さん、あまり我慢しない方がいいぜ。ドッグランで走り回った方がいいぜ。姉さんも飼育員だろ。もっと前に何かしてやれなかったのか?」
「おじさん…… 俺は動物園のオライオンだぜ…… ただのライオンと違う」
ひげのおじさんは、オライオンの目を見つめました。
「おれ様は動物たちのお悩み相談室のカウンセラーでもあるんだ。よし子さんたちは何にも関係ない」
オライオンのたてがみがふるふると揺れています。
「動物たちのお悩み相談室だって! 動物が動物のカウンセラーやっていること自体、動物園がうまく動いてない証拠じゃないか」
おじさんは、たこ焼きをよし子さんに渡しました。
「スタッフは何をやっているんだ」
おじさんの眉毛がやや吊り上がりました。
「お、おれ様は…… 少しだが字が読める」
「それがどうした」
おじさんは、オライオンのつぶらな瞳をきっとにらみました。
「おれ様はみんなが好きだから…… カウンセラーの勉強をした。動物園のみんなは忙しいから、少しでもみんなの役に立ちたかったんだよー」
がおおーん。
がおおーん。
「スタッフのみんなが大好きだから、おれ様は、おれ様は…… ドッグランに行かなくたって平気なんだー」
オライオンが泣きながら駆けだしました。
よし子さんはポニーちゃんのポシェットを指さします。
ポニーちゃんが、携帯を渡すと
「もしもし、もしもし、りょうさん?大変よ」
よし子さんは、あわてて動物園に電話を入れました。
おじさんも、あわててポニーちゃんのポシェットに自分の携帯を突っ込みました。
「ポニーちゃんとやらよ、ライオンを助けてやんな」
ポニーちゃんの頭をなでようとしました。
「おじさんが、余計なこと言うからよ」
ポニーちゃんは、ぷっとおじさんに息を吹きかけると、携帯を投げ捨てました。
「待って、ポニーちゃん」
よし子さんは、おじさんの携帯を砂の中から拾いました。
「ポニーちゃん、携帯をもって。オライオンを捕まえてちょうだい」
よし子さんが叫びます。
「もしもし、よし子さん?」
電話の中でりょうさんも叫んでいました。
「そういうことね」
ポニーちゃんが、ひひーんと鳴きました。
「そうよ。私たちはトラックで追いかけるから。オライオンを見つけたら連絡してちょうだい」
よし子さんは、携帯を手で押さえながらポニーちゃんに話し続けました。
「もしもし、もしもし」
りょうさんの事なんて後回しです。
「よし子さんも連絡してね!」
ポニーちゃんは、よし子さんの体に顔を寄せました。
「りょうさん、またあとで連絡するから。とりあえず今日は遅くなります。園長さんに伝えて。おじさん、携帯お借りします!」
よし子さんとポニーちゃんは、走りながらオライオンの後姿を追いかけました。
やけにオライオンの背中が小さく見えました。
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