第8話ゴルちゃんの宝物

「着いたわよー」

 よし子さんの声でみんなは外を見ました。

 海が目の前に広がっています。

「わあーい」

 ゴルちゃんが歓声を上げました。

「よし子さん、早く早く」

 ポニーちゃんもバタバタと足を踏み鳴らしました。

「ポニーちゃん、トラックがゆれるから」

 オライオンは、静かに立ち上がりました。

「ちょっと待ってね」

 よし子さんが、トラックの荷台を下げます。

 オライオンとポニーちゃんが、先におりました。

 ゴルちゃんは、キャリーケースに入れられました。

「狭いのは嫌いだよ」

 ぶつくさ言いながらも、ケースにとことこと入りました。

 さっそくケージの中をかじったり匂いを嗅いだりして点検します。

「オライオンたちは走るの速いからね。砂浜につくまで我慢してちょうだい」

 よし子さんが、ケースの穴からゴルちゃんをなでてあげました。

「よし子さん、早く早く」

 ポニーちゃんが、荷台をもとに戻しているよし子さんを頭で押しました。

「はいはい。では、みんな揃ったところで、海辺まで走るわよー」

 ポニーちゃんは、思いっきり砂を蹴ってかけだしました。

「お先にー!」

 あっという間に波打ち際まで走っていきました。

 波打ち際でぴょんぴょん飛び跳ねています。

 オライオンは、砂を踏みしめながらよし子さんと一緒にのんびり歩きます。

「サングラス― サングラスっすー」

 ゴルちゃんがケースの中でくるくると回りながら歌っています。

(ポニーちゃん楽しそう)とよし子さんが思っていると、あわててポニーちゃんが戻ってくる姿が見えました。

「先にゴルちゃんのサングラスを見つけないといけなかったわね」

「気づいてよかったよ」

 オライオンは大きなあくびをしました。

「ゴルちゃんが海水浴していたのはどこら辺かしら?」

 よし子さんが、ゴルちゃんに聞きました。

「うーん。あの大きな木の下あたりだったかなあ。いや、あそこは日陰で虫も多かったから、もう少し海の近くまで行ったんだったよ」

 ゴルちゃんの記憶があいまいなので、だいたいの見当をつけてみんなで探すことにしました。

「手分けして探そう」

 オライオンが提案しました。

「おれ様は、海の近く。ポニーちゃんは、砂浜の真ん中。よし子さんとゴルちゃんは木の下から砂浜の真ん中まで。時間はよし子さんが決めてくれ」

「そうね。30分くらいを目安にしましょうか。30分たったら声をかけるわ」

 よし子さんが言うと、みんなはゆっくりそれぞれの場所に移動しました。


 みんなは、一生懸命ゴルちゃんのサングラスを探しました。

 トンボが水面すれすれに飛んでいきます。

 カニが不思議そうにみんなの間を通っていきました。


 探し始めてしばらく経ちました。

 オライオンが、砂を掘りながらつぶやきました。

「なかなか難儀だな」

「広すぎるわ……。この間海に行ってからどのくらいたつかしらね?」

 ポニーちゃんも、ゴルちゃんに気づかれないようにため息をつきました。

 よし子さんとゴルちゃんは、とにかくありとあらゆる場所を探しました。

 安全そうなところでは、ゴルちゃんもケースから出て探しました。

 木のうろのなかまで探しました。

 海の家の人にも聞きました。

「この子のサングラスなんです。どこかで見かけませんでしたか?」

 よし子さんは、ケースの中のハムスターを見せました。

「こんなちっぽけなハムスターのサングラスなんて見つからないと思うよ」

「あったとしても、砂に紛れちゃってるわよ」

「昨日だってもうすぐ海もおしまいだから、って人で溢れかえっていたしなぁ」

 海の家の人たちが、口をそろえて同じようなことを言いました。

 泣きそうになっているゴルちゃんを見て、ひげのおじさんがビニール袋を差し出しました。

「ほら、このたこ焼きでも食べて元気だしな。見つかるといいけどな。カラスが巣の材料にしてないといいけどな」

 ゴルちゃんは、涙がこぼれそうになりました。

 あわててごしごし目をこすります。

「確かに今子育ての時期ですものね。もう少し探してみます」

「よし子さーん」

 ゴルちゃんが、ケースの中からよし子さんの人差し指にしがみつきました。

「よしよし、まだわからないわよ。もう少し探しましょう」

 よし子さんは、人差し指でなでなでしてあげます。

 よし子さんは、どこかにカラスの巣はないかしらときょろきょろあたりを見回しました。

「よし子さん、あれ見て!」

「何?」

「猫! 猫!」

 小声でささやきます。

 目の前を大柄な猫が横切りました。

 よく見ると鼻の上に小さなサングラスがちょこんと乗せています。

「あーーー!」

 よし子さんは、大きな声で叫びました。

 猫が振り向きます。

『なにか?』

 よし子さんは、あわててゴルちゃんが入ったキャリーケースを後ろへ隠しました。

「こんにちは、猫さん。驚かせてごめんなさい。私はおすまし村の動物園で働いています。河合よし子と言います」

『動物園の人なのね。あなた、ネズミの担当でしょう。ネズミの匂いがするわ』

 猫はよし子さんの匂いを嗅ぎました。

「そうよ。今日はうちの子のサングラスを探しに来たの」

『サングラス?』

 猫は自分の鼻をペロンとなめました。

「夏の終わりに動物園のみんなで海に来た時、なくしてしまったらしいの」

『ふうん』

 そういうと猫は、よし子さんの後ろに回りました。

『ネズミを持っているでしょう』

 よし子さんは腕を前に回してキャリーケースを両手で抱きかかえました。

『ハムスターのいい匂い』

 猫は舌なめずりして飛び上がろうとします。

「待って。おなかがすいているなら、トラックからおいしいご飯持ってくるから」

 よし子さんは、あわてて言いました。

「猫さん、お願いだよ。猫さんがかけているサングラスは、僕の姉ちゃんがくれたものに似ているんだ。ちょっと見せてもらえないかな?」

 ゴルちゃんが、キャリーケースの隙間から手を出しました。

 ゴルちゃんは、震えながらもしっかりした声でお願いしました。

 猫はふんとそっぽを向きます。

『猫にものを頼むときには、もう少し言い方があるはずよ』

「そうでした。猫様、すみませんがそちらのサングラスを見せてもらえませんか? 僕が探しているものに似ているのです。どうか確認させてください」

 ゴルちゃんが頭を下げます。 

『よろしい』

 猫は、キャリーケースの外からゴルちゃんの頭をぺろりと舐めました。

 ゴルちゃんはの体が固まりました。

『ハムスターをなめるなんて久しぶり』

 猫は、ごろごろとのどを鳴らしています。

 鼻にひっかけていたサングラスをよし子さんに渡しました。

 よし子さんは、ゴルちゃんに顔をあげるように言いました。

 ゴルちゃんは、びくびくしながらもサングラスを受け取りました。

 サングラスを持って隅々までよく確かめます。

「まさに僕のだよ、よし子さん。ここに姉ちゃんのマークが入っているもの」

 ゴルちゃんが指さしたサングラスの柄には、そう言われるとわかるという程度ですがハムスターの歯型が付いていました。

「猫様。拾っていただきありがとうございました。大変恐縮ですが、そちらのサングラスは私の落としたものと思われます。返していただけませんでしょうか?」

『いやよ。私が見つけたんだから私のものよ。私が木登りしていた時に偶然見つけたのよ。私は小さいものが大好きなの。これだってネズミサイズだとわかっていてつけているのよ』

「ネズミサイズがお好きでしたら、別のものもございます。そちらを差し上げますので…… そちらのサングラスは、私が今の動物園に旅立つとき、姉からもらったものなのであります。海でなくしてから、毎日のように姉の夢を見るのです」

 ゴルちゃんの目からコメ粒ほどの涙がぽろぽろとこぼれ落ちました。

 猫は、目を大きく開きました。

『それは、お気の毒に。お姉さんはあなたが心配で、あなたもお姉さんの事が本当に好きだったのね』

 猫も涙を流しました。

『私にも妹がいるのよ。一緒にお散歩していたら、あの子は蝶に気をとられてどこかに行ってしまったの。あの子はどうしているかしら…… 私によくなついていたのよ」

 猫のしっぽがだらんと垂れ下がりました。

『いいわ、返すわ。その代わり、そこのお姉さんが持っているたこ焼きをひとつちょうだい』

 よし子さんは、猫にひとつたこ焼きをあげました。

『一度でいいから食べてみたかったの』

 猫は、くちゃくちゃとたこ焼きを食べました。

『私の名前はミーシャ。今度遊びに来る時にはサングラスとおいしいエサを持ってきてね。たこ焼きごちそう様』

 よし子さんとゴルちゃんは、へなへなと座り込みました。



「オライオン、ポニーちゃん。サングラスが見つかったわよ」

 二匹に呼びかけると、様子を察したオライオンたちは近くまで来ていました。

「親切なおじさんから、たこ焼きをいただいたわ。後でみんなで食べましょう」

「じゃあ、遊んでいいのね」


 ポニーちゃんとオライオンは、砂浜を駆け回りました。

 よし子さんとゴルちゃんは、二頭が走り回るのを座って眺めました。

 ゴルちゃんは、よし子さんの隣で嬉しそうにサングラスを付けたり外したりしていました。

 

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