第7話よし子さんは、神様です。

 トラックの中では、オライオンとポニーちゃんが眠そうにあくびをしていました。

 ゴルちゃんは具合悪い《ふり》をしていました。


「お待たせ、みんな」

 よし子さんがトラックに乗り込むと、3匹はよし子さんにぴたっとくっつきました。

「待ってたよー」

「待ってたわ」

「具合悪いふりは疲れるよー」

 ポニーちゃんとオライオン、ゴルちゃんの3匹は小声で訴えました。

「ごめんごめん。じゃあ、みんな海につくまで静かにしていてね。一応回覧板には 『動物たちの体調不良のため病院に連れていきます。また、その後海にて運動療法を行います』っていうことにしてあるから。みんな具合悪い《ふり》よろしく」

「おれ様とポニーは本当に眠れねえんだって」

「そうなのよ」

 ポニーちゃんとオライオンは、不満げによし子さんを見つめました。

「実は、僕も最近夢の中にお姉さんが出てくるんだ。なんだか怒っているみたいなんだよ。サングラスをなくしたからかなあ」

「ゴルちゃんも眠れてないのね……」

 よし子さんがバックミラーをのぞくと、みんなうつらうつらしていました。


 がたごとがたごと 

 トラックが走ります。

 ふと、前を見ると細長い黒い線のようなものが見えました。

 速度を落として近づくと、カタツムリ君たちが横一直線に並んでいました。

「あぶないあぶない。カタツムリ君たち、気づかなかったらふんでるよ~」

 よし子さんは、窓を開けて注意します。

「……」

 カタツムリ君たちが何か言っています。

 よし子さんは、トラックから降りました。

「こんにちは。動物園の方ですよね。先日は海へ一緒に連れて行ってくださり、ありがとうございました。楽しかったです。ところで、アルダブラ君は乗っていま

すか?」

 カタツムリ君が代表してよし子さんに聞きました。

「今日はいないのよ」

 ちっちゃい者たちが、びっくりして立ち上がりました。

「そうですか。村のスピーカーで動物たちが海へ行くと伝えていたので、アルダブラ君もいるかとみんなを誘ってきたのですが……」

 カタツムリ君が角を後ろに倒しました。

「行政無線を聞いたのね。残念ながら、今日はオライオンとポニーちゃん、ハムスターのゴルちゃんだけなのよ」

 よし子さんが、説明します。

「少ないんですね」

「いろいろ事情があってね」

「では、帰ったらアルダブラ君に(ぜひ、また一緒にお散歩しましょう)とお伝えくださいませんか? 僕たち海も楽しかったんですが、やはり一番最初のアルダブラ君と一緒が本当に楽しかったもので。また行きたいんです」

「わかったわ。必ず伝えるわね」

 よし子さんは、カタツムリの角と小指を合わせて約束しました。


 車に戻ると、オライオンが目をあけていました。

「どうした」

 オライオンが、荷台から顔を出しました。

「カタツムリ君たちが、アルダブラ君も乗っていると思って来たみたい」

 よし子さんは、小声で答えました。

「アルダブラのところによく手紙よこしているみたいだしな。アルダブラも、カタツムリ君たちとまたお散歩したいと話していたよ」

 オライオンが、あくびをしました。

「カタツムリ君たちもそうみたい」

「みんなそうなんだな。ぶた太も湧水で泥浴びが楽しかったというし、おれ様も初めに行ったあのドッグランでの開放感が忘れられねえ」

「多分オラアルブ探検隊は、こっそり出て行ったから余計に楽しかったのよね」

「それは絶対にあるな。アルダブラなんて鼻歌歌っていたものな」

 オライオンとよし子さんは、くっくっと声をひそめて笑いました。

「こっそりじゃなくても楽しかったわよ」

 ポニーちゃんが薄目をあけました。

「起こしちゃったかしら?」

 よし子さんが、運転席に戻りました。

「ううん、ちょうど起きたの」

 ポニーちゃんは、ふわっとあくびをしました。

「この間はみんなで一緒に海へ行ったでしょ。動物園から一歩外に出ただけであんなに空気が違うとは思わなかったわ。冒険みたいのはないけど、逆にみんなに見守られている安心感もあったし。本当に楽しく駆け回れた」

 ポニーちゃんは、うーんと前足をのばしました。

 ゴルちゃんの寝言が聞こえてきました。

「サングラス必ず見つけるから、姉ちゃん…… だからそんなに怒らないで……」

 ウズラの卵のように丸まりながら、プルプル震えています

「サングラス見つかるといいわね」

 ポニーちゃんが、ゴルちゃんにそっとハンドタオルをくわえてかけてあげました。


「ではではー。再び出発ー」

 よし子さんは、左右上下よく周りを確認してから車を動かしました。


「それにしても、オライオンはどうして『お悩み相談室』なんて始めたの?」

 ポニーちゃんが、口を開きました。

「なんでかって。前に本で読んだんだよ。悩んだ人がカウンセリングというものを受けて元気になる話を」

 オライオンは、恥ずかしそうにポニーちゃんの顔を見ました。

「ほん? カウンセリング?」

「そうなんだよ。動物園もみんないい人ばっかりだし、なかまたちといるのも楽しいけどよ」

 オライオンが、むくりとからだを起こしました。

「動物たちも時々ぶつぶつ言ったり、すごく怒っていたりするだろ」

「そうかも。なんだかみんな大丈夫かしらって思うときがあるわよね」

 とポニーちゃん。

「そういう時に誰かに自分の不満を聞いてもらいたくなる時ってあるだろう」

「あるわ。私も時々アルパカさんとか羊さんに愚痴を聞いてもらうわ。でも、アルパカさんとか羊さんとかはエサやりタイムの苦労話はわかってくれるけど…… 人を乗せることはまずないから、何人も子供を乗せる話をしてもピンとこないみたい」

 ポニーちゃんは、山盛りのニンジンスティックを思い出してげっぷをしました。

「そうだろ。だから、イオン君に頼んでおすまし村の図書館からカウンセリングの本を取り寄せてもらったんだよ」

「としょかん?」

 ポニーちゃんは、きょとんとしました。

「本がたくさん置いてあるところだよ」

  オライオンはたてがみを前足でかきあげました。

「『本』って何? 私は『本』を見たことがないわ」

「『紙』はしってるかい?」

「知ってるわ。時々、床に新聞紙や広告が敷いてあるもの。あれって紙でしょ」

 オライオンは、うなずきました。

「新聞紙より厚みがある物が多いが、そいつを何枚も重ねてまとめたものを『本』というんだ。大抵は文字が書いてある。絵だけのものもある。いろんなことが書かれていて面白いんだよ」

「そうなのね」

 ポニーちゃんは、にっこりと笑いました。

「おれ様、昔からなぜだか本が好きなんだよ。前にりょうさんが本を読んでいたとき、おれ様が興味を持ったのに気づいて文字を教えてくれたことがあるんだ」

「へえー」

「その時からりょうさんは、時々おれ様に本を貸してくれるようになったんだ」

 オライオンは、遠くの山を見ます。

「園長さんも他のスタッフも毎日何かと忙しそうだろ。そんなときにおれ様たまたま本が読めるようになっただろ。だから、おれ様がみんなの悩みを少しでも聞いてあげられたらなって。動物たちの受け皿になれたらなって思ったんだよ」

「ふうん」

 ポニーちゃんは、オライオンがそんなことを考えていたとは知りませんでした。

「こんなに忙しくなるとは思わなかったがな」 

「ふふふ」

 ポニーちゃんが、はずかしそうに笑いました。

「もっと勉強したいと思ったんだが、動物園にいてはどうにも本が読めねえ」

「そうね」

「そこで図書館から本を借りたらどうかと思ったんだよ」

 オライオンは、荷台の枠に前足をかけました。

「ダメもとでイオン君に相談したら、図書館のカードを持っているというんだよ。だから借りてもらったんだ。カウンセラーになりたい人のための本を」

「りょうさんじゃなくてイオン君に頼んだのね」

「イオン君は、おれ様がりょうさんから字を教わったのを知っているからね」

 オライオンが目を細めて言いました。

「イオン君も本を読むのね」

 ポニーちゃんは、金髪のイオン君が本を読んでいる姿が想像できないようでした。

「意外といろいろ勉強してるし、いいやつなんだぜ」

 よし子さんは、(帰ったらイオン君に伝えなくちゃ)と思いながらハンドルを右に回しました。

「じゃあ、今度みんなで図書館に連れて行ってもらいましょうよ。ねえ、よし子さん」 

「そ、そ、それはまた園長さんに聞いてからねー」

 よし子さんは、首にかけたタオルで汗を拭きました。

 赤とんぼがブーンとトラックの前を何匹も飛び交っていきます。

 そろそろ海が見えてきました。

 バックミラーからはオライオンが楽しそうに笑っている姿がよく見えます。



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