第6話オライオン逃げ出す
オライオンは、完全に不眠症になりかけていました。
夜になると、毎晩うなされました。
羊を数えても寝られやしません。
そのうち、診察にも影響が出てきました。
「オライオン、また来たわよ」
ぐりちゃんが、にっこりと微笑みながら椅子によじ登りました。
「ドッグランには、いつ連れて行ってくれるの?」
「私は、園長さんではありませんよ」
「だけど、この間連れて行ってくれるようにしてくれたのはオライオンだわ」
「ですから……」
オライオンは頭が痛くなってきました。
「約束よ。ドッグランへ連れて行ってちょうだい」
ぐりちゃんは、オライオンの耳元でささやきました。
「オライオン、また来たブ」
「ああ、ぶた太さん。お久しぶりですね」
「お久しぶりって、昨日一緒に話したブ」
「そうだったでしょうか。昨日の事は覚えていません」
オライオンは、うつろな目で答えました。
「大丈夫かブ?しっかりしろブ」
ぶた太は、オライオンの体にぶうっぶうっと体当たりしました。
「私は、大丈夫です」
オライオンは、よろけそうになりながら乱れた白衣を直しました。
「オライオン、湧水よもう一度だブ」
「もう一度…… ですね」
「連れて行っておくれよ。約束だブ」
オライオンは、めまいがしました。
「オライオン、最近元気がないね~。大丈夫?」
アルダブラ君は、ゆっくりとオライオンの前まで歩いていくと首を持ち上げました。
「みんなにもう一度遠くへ連れて行ってくれ、と一方的に約束されてしまって……」
オライオンの目から大きな涙がこぼれました。
涙がアルダブラ君のこうらの上に落ちました。
「私はただのカウンセラーなんです」
「オライオンは、みんなに信頼されているんだよ~」
アルダブラ君は、そういうと床に置いたカタバミの黄色い花をくわえました。
「もう一頭カウンセラーがいればいいのにねえ」
アルダブラ君が、ふがふが言いながらカタバミをオライオンの前に置きました。
「は~い」
「なんですか」
オライオンは、ゆっくりと顔をあげます。
「くじけそうになった時は、花でも見てね~。何か手伝えることがあったら言ってね~」
アルダブラ君は、ちっちゃな尻尾を振りながら出て行きました。
《本日の診療は終わりました。午後の診察は臨時休診とさせていただきます》
オライオンは、床にごろりと横になりました。
アルダブラ君が持ってきた黄色い花を眺めます。
(クローバーに似ているな)
むくり、と起き上がりました。
「おい、こらポニー」
「あら、オライオンさん。後で行こうと思っていたのよ」
ポニーちゃんは、たったっとオライオンに駆け寄りました。
「まだ眠れないか?」
オライオンは、そっとポニーちゃんに尋ねました。
「そのことで、午後予約を入れたんだけど……」
「今日は疲れたから臨時休診にしたんだ」
「そうなの?」
「今、誰もいないな」
オライオンは声をひそめました。
「実は今度海に行こうと思うんだが、ポニーちゃんも行くか?」
ポニーちゃんの耳元でささやきます。
「えっ? 二頭で?」
ポニーちゃんは、ほほを赤く染めました。
「ゴルちゃんも一緒だ」
「ゴルちゃんも……」
サングラスをかけたゴルちゃんを思い浮かべました。
「ゴルちゃんは、海で大事なサングラスをなくしてしまって困っているようなんだよ」
オライオンが、簡単に説明しました。
「今日よし子さんに連れて行ってもらえないか頼んでみようと思うんだ」
「よし子さん?」
ポニーちゃんは目をぱちくりさせました。
「よし子さんならわかってくれるだろう」
「そうね、よし子さんは、いい人よ」
ポニーちゃんは、大きくうなずきました。
「とりあえず、よし子さんのところへ行ってくるよ」
オライオンは、ハムスターたちの小屋まで来ました。
「よし子さんよ」
オライオンは、トラックから降りてくるよし子さんに声をかけました。
「あら、オライオン。どうしたの?」
思いつめた様子のオライオンに、よし子さんは聞きました。
「何か私に用かしら」
よし子さんは、髪の毛についたわらを落とします。
オライオンは、トラックの陰によし子さんを連れて行きました。
「それは……」
「そこを何とか……」
オライオンが、必死に海の件をお願いしています。
オライオンは、一生懸命自分たちが困っていることを説明しました。
「うーん」
「二、三時間くらいで帰ってくるから」
「それ以上かかると、私もかばいきれないわ。とりあえず、ポニーちゃんとゴルちゃんだけ連れて行くのね」
「そうだ」
「どうしてポニーちゃんなの?」
よし子さんが聞きましたが、オライオンは「走れるやつで眠れないと言っているのは、ポニーちゃんだけだったからな」とだけ言いました。
よし子さんは、腕組みをしてしばらく考えていました。
「ちょっと時間をちょうだい」
しばらくしてから、よし子さんはオライオンに言いました。
「2、3日経ったらまた来てちょうだい」
「ゴルちゃんには、そっと伝えておいてくれ」
オライオンが言いましたが、よし子さんは横に首を振りました。
「ゴルちゃんには、行くことが決まってからにしましょう」
よし子さんは、トラックの荷台に上りました。
オライオンは2日後再びハムスターたちの小屋の前に立っていました。
「よし子さん」
「ああ、オライオン。いい知らせよ」
よし子さんは、右手を軽く上げました。
「平気なのか」
「園長さんがオッケーを出してくれたわ。その代わり、みんなに内緒だからわからないようにいくのは大変よ」
よし子さんは、眉にしわを寄せて言いました。
「おれ様、考えたんだが…… とりあえず、みんな眠れないから村のお医者さんに連れて行くってことにしたらどうかと思うんだよ」
オライオンは、首を軽く横に倒しました。
「眠れないということにするのね」
よし子さんは、なるほどと手を打ちました。
「実際、おれ様とポニーが眠れないのは本当だ。ゴルちゃんは、お姉さんからもらった大事なサングラスをなくしたらしいから急がないといけねえ」
「そうなのね」
「もう海に流されてしまっているかもしれないがな…… 生き別れになったお姉さんからのプレゼントだ。探してあげたいじゃないか」
よし子さんは、そっとオライオンの背中に手をあてました。
「じゃあ、明日トラックを出しましょう」
「ありがとう。あと、もう一つお願いがあるんだが…… ゴルちゃんのサングラスを探したら、少しでいいからドッグランに寄ってくれないかな」
「わかったわ」
よし子さんは、指を丸めてオッケーのサインを出しました。
「よし子さんは神様だよ」
次の日は、秋晴れでした。
トンボや蝶が園内をふわりふわりと飛んでいます。
「では、園長さん皆さん。今日はよろしくお願いします。特にぐりちゃんとぶた太には気づかれないようにお願いします」
「はい、わかりました」
「ぐりちゃんは、ちっちゃい者たちのリーダーですから気づかれると困るんです」
「ぐりちゃんとぶた太の事は私たちに任せて。よし子さんは、オライオンたちに細心の注意を払って、特に周りに人がいないかよく確認してから、動物たちを放してください。ゴルちゃんも見失わないようにしてくださいね」
園長さんが、よし子さんの肩に手をあてました。
「ゴルちゃんは、海ではキャリーケースに入れようと思うんです」
「それがいいですね」
園長さんは、うなずきました。
「ではお願いしますよ」
園長さんは両手でよし子さんの手を固く握り締めます。
「園長さん、握りすぎ!」
ちかこさんが、セクハラセクハラ、と手を離させました。
「心配なだけですよ」
園長さんは、こほん、と窓の外を見ました。
マナさんがこちらを向いていたので、園長さんは静かにカーテンを閉めました。
「さあ、早くオライオンたちのところへ行ってあげてください。待ちくたびれてもよくないですからね」
ちらっとカーテンの隙間からマナさんをのぞきました。
マナさんは、眠くなったのかじっと動かなくなっていました。
「気を付けて。何かあったら電話して」
りょうさんが、言いました。
「町内会には回覧板で回してもらうよう頼んでおいたから。多分、みんな海やドッグランでは気を付けるわよ」
事務員のちかこさんも言いました。
「よし子さん、僕も行きましょうか?」
ライオン係のイオン君が声をかけました。
「平気よ。オライオンもほかのライオンたちに迷惑かけるといけないし、ゴルちゃんもいるからって私に頼んだみたいだし」
「僕、そんなに頼りないっすかね」
イオン君は寂しそうにうつむきました。
「そんなことないわよ」
よし子さんは、ぽんぽんとイオン君の背中をたたきました。
「じゃあ、行ってきますね!」
みんなに手を振って、トラックに乗り込みました。
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