第2話オラアルブ探検隊ふたたび

 オラアルブ隊の三匹が脱走してから、動物園はしばらく静かでした。

 園長さんたちは反省会をしました。


「僕は閉園後、確かに入り口の鍵を閉めましたよ」

「私も、次の日の動物ふれあいデーの準備をしに入り口を通った時にしまっているのを確認しました」

「まあまあ、りょうさんもよし子さんもみんな無事だったことだし……ねえ。きっと私が閉め忘れてしまったのだろう。でも確かに私も閉めたんだけどねえ」

 園長さんはのんびりと、遠くのナマケモノを眺めながらコーヒーをすすりました。

「では、今度から入り口のカギをきちんとかけているかチェックしましょう。チェック表に加えますから、みんなの目で確認していきましょう」 

 事務員のちかこさんがみんなの顔を見回します。

「今回みたいなことになったら、動物園の信用を失いかねません。」

 

「ところで、この間オライオンたちが『もっと広いところに行きたい』と口々に不満を口にしていましたよね。この動物園は日本の中でも小さいけどのびのびと動物たちが過ごせるいい動物園だと思っていたのですが……」

 園長さんが切り出すと、りょうさんも机に乗せた手を組みなおしました。

「そうなんですよね。みんなおとなしくしていましたが、実はもっと広いところに行ってみたいとか、おいしい草を食べてみたいとか思っていたみたいです。」

「この間、三匹がいなくなってから、毎日エサをやりに行く度、『僕も行きたかった、私もドッグランがどんなところか見てみたかった』だとか、もううるさくって……」

 よし子さんもつぶやきました。

「あんなちっちゃなハムスターのぐりちゃんまで 『私も、こんな狭い小屋の中で子供たちにもみくちゃにされたまま年をとっていくのなら、いっそのこと外に出て猫に食べられた方がいい』 なんていうようになっちゃったんですよ。他のモルモットたちも影響されちゃって、 『小さなお子様嫌です運動』 まで始めようとしてるんです」

 みんな一斉にため息をつきました。

「困りましたねえ」

「オラアルブ探検隊も、もう一度外に出たいと言ってるし、順番に外に出しましょうか」

「だけど、ハムスターのぐりちゃんなんか外に出したら、それこそ小っちゃくて外の茂みに紛れて見つからなくなっちゃわないかしら……」

 よし子さんがマグカップのふちを噛むと、ココアを飲み干しました。

「それに、最近野良猫や野良犬が結構歩き回っているし、放し飼いの飼い犬だっているわ。カミツキガメだって飼いきれない人が捨てているっていうし……。みんなを守り切れるかしら」

 よし子さんは心配でたまらなくなってきました。



「みんな~。僕たちのことをそんな風に考えてくれてたんだねえ~~~」

 部屋の入り口には、アルダブラ君が嬉しそうに口をあけていました。横にはぶた太とオライオンもいます。

「おいらたち、もう一度外に行きたいよなって話していたんだブ」

「そうなんだよ。おれ様なんかもう毎日ドッグランで走っている夢ばっかり見てすっかり寝不足になっちまったぜ」

(そういえば最近よくあくびをしているな)

 ライオン係のイオン君は思い出しました。

「最近そのせいか脱毛が始まっちゃって、ほら、頭の上が薄くなっちまった」

 オライオンは、悲しげに頭を見せて回りました。


「おいらだって、泥遊び楽しかったブウ。あの日を思い出すと、胸がきゅんとするブウ。外に来たくて、最近は食欲も落ちたぞ、ブウ。こんなに痩せたブー」

と歩き回りましたが、みんなにはどこがやせたのかわかりませんでした。


 アルダブラ君だけは何も言わずにこの間届いた手紙だけを見せてくれました。

   『アルダブラ君、この間は楽しかったね。

      こうらの上に乗っけてくれてありがとう.

        今度また遊びに来てね。

            今度こそ遠くまで連れて行って

                僕たちにいろんな世界を見せてください』

 カタツムリ君たちからのお礼の手紙でした。


「僕、この間もう一度外に出られたら、カタツムリ君たちをお散歩に連れて行ってあげるって約束したんだよ~。約束守らないのは、泥棒の始まり、ってお母さんからずっと言われていたから~。ぼく、泥棒になりたくないよ~」

 アルダブラ君は泣きそうな声で言いました。


「そうかそうか。みんなそれぞれ考えがあって、ここまで話に来てくれたんだね」

 園長さんは、なんとなく嬉しそうでした。

「りょうさん、よし子さん、みんな。さて、どうしようか」

「動物たちに聞いてみたらどうですか? 行きたくない子たちもいるだろうし」

 その場のみんなは首を振りました。

「りょうさん、観察力なさすぎ!」

「行きたくない子なんていないよ~」

 ダメ出しを出されて、りょうさんはがっくりと肩を落としてしまいました。

「まあ、そんなに落ち込むなって」

 オライオンがりょうさんの頭にそっと手を乗せました。

「オライオン……」

「りょうさんが鍵を閉め忘れたおかげで、俺たち自然の本能に目覚めてしまったってわけさ」

「だから、僕は閉めたんだってー」

 オライオンが今度はりょうさんの口に手をあてます。

「それはもう済んだことよ。考えなくちゃいけないのは、俺たちが外に出たことで、自分たちも外に行きたいことに気づいてしまったみんなの気持ちをどうするか、だろ」

 オライオンは、テーブルの真ん中にすっと上がると、みんなを見回しました。

「その通りだよ。済んだことはもうおしまいにして、今後のことを考えよう」

「ぐりちゃんやモルモットのモルちゃんたちのことを大事に考えてあげてください!あの子たちはちっちゃくてか弱くて、本当に真剣に悩んでいるんです。ぐりちゃんが、子どもたちにもみくちゃにされるくらいなら、死んでもいいなんて考えているなんて……。私は、動物ふれあい担当として、責任を感じているんです」

 オライオンは、よし子さんの肩にそっと手を置きました。

「オライオン」

 よし子さんの顔は涙でぐちゃぐちゃになっています。

「よし子さん、落ち着いて。ぐりちゃんなら、この間はよし子さんに言いすぎてしまったと、おれ様に話していたよ」

 よし子さんがきょとんとしていると、オライオンはすました顔で言いました。

「みんなには黙っていたが、おれ様動物たちの【お悩み相談室】のカウンセラーなのよ」

「ええ~。そうだったの。」

「知らなかったブ」

 アルダブラ君とぶた太もびっくりです。

「知る動物ぞ知る【お悩み相談室】ってところだな。だからよしこさんよ。そんなに責任を感じることないぜ。ぐりちゃんたちはおれ様たちのことがうらやましかったのと、前の日あんまり元気で小さな子たちにたくさん抱っこされて、少し疲れてしまったのだと話していたよ」

「そうなのね、それならよかった。オライオンみたいな仲間がいて、ぐりちゃんたちは幸せね」

「ほんとだブ。オライオン君、どうしておいらにもその【お悩みなんとか】のことを話してくれなかったんだブ」

「ぶた太、この相談室は本当に悩みを抱えたもの、話を聞いてもらいたいが、話せる仲間がいない動物が来るところなんだよ。だけど、来たいならいつだっておいで。話は聞くよ」

 オライオンは、ふっとたてがみをかきあげました。

「オライオン…… ありがとうブ」

「私も長い間園長をやっているが、オライオンがカウンセリングを行っているとは、つゆとも知らなかったよ」

「つゆとも?めんつゆのことかブ」

「ったく、だからぶた太は食いしん坊って言われるんだよ」

「めんつゆにつけたそうめんはおいしいブ~」

 あはははは、陽気な笑い声が部屋の中を満たしました。


「ところで、オライオン、カウンセラーのきみとしてはみんなをどうしたらいいと思うかね?」

「うーむ。難しい問題だな、さっきよし子さんにそんなに心配するな、といったものの、確かにちっちゃい者たちも相当たまっている。俺たちが脱走してから、みんなも外に出たがっている。あのあんまり感情を表に出さないナマケモノのマナさんでさえ、最近俺の顔を見ると羨ましそうに、じいぃ~~~~っと見つめるんだよ。やりにくいったらありゃしないよ」

「僕だってカタツムリ君たちから毎日のようにお手紙が届いて、うれしいけど困っているよ」

「僕には何も言ってこないブ」

「ぶた太はいつも寝てるからな」

「いつもじゃないブウ」

「すまない、園長さん。やはり、1日で全員が外に出るのは難しいと思う。この間も暑い中歩いたから、ぶた太が熱中症みたいになっちゃったし、それぞれ特徴があるんだ」

「ふむ」


 再び作戦会議が始まりました。



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