アルダブラ君逃げ出す

んが

第1話アルダブラ君逃げ出す

 朝のお散歩から帰ってきた、アルダブラゾウガメのアルダブラ君。

 動物園は良いお天気です。

 カメだって、ライオンだって、豚だってみーんな自由です。


「おはよう~。今朝お散歩に行ったらね、動物園の入り口が開いていたんだよ~。園長さん、閉め忘れたのかなあ」

 アルダブラ君は、大きな口をあけてライオンのオライオンに話しかけました。

「ここは、おっちょこちょいの人が多いからなあ」

「僕たちが知らない間に逃げ出しても、平気なのかなあ~」

 アルダブラ君はつぶやくと、オライオンの小さくてつぶらな瞳をじっと見つめました。



「平気なのかなあ~」

 もう一度つぶやくと、

「大丈夫なわけないだろ」

 オライオンが、冷たく言い放ちました。

「お前さんみたいのが逃げ出したところで、すぐに見つかって捕まるのが落ちさ。おれ様が逃げたらそれはそれで、近所の人達が怖がって大変だろ」

「でも、朝からずいぶんたつのに園長さんや扉係のりょうさんも、来る気配がしないよ~」

 アルダブラ君はのそのそと動き出しました。

「ちょっとみんなのところに行って、外に行っても大丈夫か意見を聞いてくるよ~」



「ぶた太く~ん」

「ぶひ?」

「寝ているところをごめんよ~。実は、朝お散歩に行ったらね~。動物園の入り口が開いてたんだよ~」

「へえ、それで」

 ぶたは、つまらなそうにあくびをしました。

「それでねえ~。僕たちが逃げ出しても平気なのかなあ~って思ったんだよう」

「ぶう~。入り口があいていただって! りょうさん、いつもきちんと閉めるのにブ」

 ぶた太のちっちゃな丸いしっぽがピンと伸びました。

「でもブ、これはチャンスだ。ビックチャンスだ。逃げ出すチャンスだブウ‼ブウ!」

 ぶつぶつ言いながら、でも目の前に置かれているエサを食べだすと、おなかがいっぱいになって眠たくなってしまいました。

「ぶぶー。豚小屋は狭いブウー。アルダブラ君、おいらも一緒に行くブウ……」

「ぶた太君、ぶた太君。もう~。目を覚ましてよ~」


  

 次に向かったのは、ナマケモノのマナさんが住んでいる大きな木です。

「マナさんは起きているかなあー」

 アルダブラ君は、ゆっくりゆっくり考えながら歩いて行ったものですから、マナさんのところまで行きついたのは、もうお昼近くになっていました。

 運よく、マナさんは起きて食事をしていました。

「おなかがすいたからねえ。食事をしていたのよ~~~ 二週間ぶりよ~~~」

 マナさんはアルダブラ君に負けないくらいゆっくり話しました。

「この葉っぱは柔らかくておいしいわよ~~~ アルダブラ君も食べる~~~?」

 顔をカメの方に向けます。

「マナさん、僕ね、朝気づいたんだけど……。動物園の門が開いたままだったんだよー」

「ふう~~~ん」

「動物園の人たち、気づいてないみたいなんだよー」

「そうなんだぁ~~~」

 マナさんは二枚目の葉っぱにとりかかろうとゆっくり手をのばしました。

「ぼく、今なら逃げられるんじゃないかと思うんだー」

 アルダブラ君はおずおずと、でも精いっぱい首を持ち上げてマナさんを見つめました。

 マナさんは黙々と葉っぱを食べ続けています。

「アルダブラ君も、私ほどではないけれど、ゆっくり歩くわよねえ~~~」

 もぐもぐと一生懸命葉っぱを飲み込もうとしています。

「逃げてもいいと思うけど、すぐにつかまるんじゃないかしらぁ~~~」

 ナマケモノはお腹いっぱいになると、じっと動かなくなりました。

「でも、一度は外がどんなものか見てみたいんだよー」

「行きたいなら…… 行けばいいんじゃ…… なあ~~~い。カメは長生きっていうけど~~~ やりたいことはやったほうがいいわよ~~~ 無事に戻ってきたら~~~ 外のお話聞かせてねぇ~~~」

 マナさんはちらっとアルダブラ君を見ると、目を閉じてしまいました。



 もうこれ以上は聞いても無駄でした。

 しばらく目を覚まさないでしょう。



 アルダブラ君は、外に行くことに決めました。

 脱走するには良いお天気です。

 カンカン照りだし、誰もこんな暑い日にゾウガメが動物園から逃げ出すなんて思いもしないでしょう。

 その証拠に扉係のりょうさんも、暑すぎて部屋から出てくる様子もありません。


 アルダブラ君は、一応仲間のリクガメたちには、

「ちょっと外に行ってくるね」

 と声をかけて出かけました。


 ライオンや豚にも声をかけようかと思いましたが、オライオンには一度反対されているので言うのはためらいました。

 ぶた太は誘ってあげようかとも思いましたが、ぐっすり寝てるのを起こすのも悪いと思ってやめました。

(ちょっとそこら辺を探検してきます。心配しないでください、アル)

 とリクガメ語で書こうと思いましたが、紙がないのと字が書けないのに気付いてやめました。



(不用心だなあ。泥棒が入ってきたらどうするのかしらん)

 動物園の扉はまだ開いたままです。


「意外と簡単だったなあ~。みんなも来ればよかったのに……」

 アルダブラ君は、ゆっくり、精いっぱい急いで動物園の壁に沿って歩いていきました。

「外は広いなあ~」

 鼻歌交じりに歩くアルダブラ君。

 外は暑いですが、動物園の中でも暑いので、暑さは気になりません。

 考えてみたら、朝から何も食べていないことに気が付きました。


 おなかがくうっと鳴りました。あたりを見回すと、葉っぱがたくさん生い茂っています。

 かじってみたら柔らかくて食べられそうでした。試しに一口かじっていると、

「楽しそうだな」

 低い声がしました。

 後ろを振り向くと、オライオンがじっと立っていました。

 その後ろにはぶた太もいます。

 アルダブラ君は、びっくりして葉っぱを飲み込んでしまいました。

「黙っていくなんてみずくさいじゃないか」

「ごめんね、一言手紙でも書いていこうかと思ったんだけど……」

「おれたちも連れて行ってくれよ」

「そうだぶ。起こしてくれてもよかったのにブウ」

 豚のほっぺがちょっと膨らんでいます。

「もちろんだよ~。ごめんよ」

 アルダブラ君は葉っぱをごくり、と飲み込みました。

「じゃあ決まりだな。三匹組結成だ」

「オライオン君は 『頭』 だブウ。でも気にしないブウ」

「細かいことは気にするな」

「名前はオラアルブ探検隊っていうのはどうだブウ」

「なんだそれは」

「もちろん、オライオン君、アルダブラ君、おいらの名前をくっつけたのさブウ」

「単純だな。まあ、でもわかりやすくていい」

 ライオンは、ふっとたてがみを風になびかせました。

「それじゃあ、探検に出発だブウ」

「園長さんに見つからないといいなあ~」

「今頃みんなおれたちがいなくなって大騒ぎだぜ」

「そうに決まってるよ~。だって僕らは (特にぼくは) 動物園のアイドルって言われているものねえ~」

「そうだブウ。おいらのしっぽもかわいいって、結構人気だブ」

「おれ様のこの立派なたてがみだってどうよ。最近暑さで少し枝毛は出ているが、まだまだ若いライオンには負けないぜ」

 三匹はお互いに自慢しあいながら、草が生い茂る道を進んでいきました。



 さて、一方動物園の中は、オライオンの言った通り大騒ぎになっていました。

「園長さん! オライオンとぶた太とアルダブラ君がいません! 入り口の扉が開いていました!」

「『開いていました!』じゃあないだろう。昨日閉め忘れたんじゃないか?」

「いや、確かに閉めたはずなんですが……。園長さん、閉園後外に出ていませんでした?」

「いやいや、外には出たが閉めたはずだ」

 みんなはじーっと園長さんを見ます。

「確かに園長さん、今日はお客さんが多くて大忙しだった。外の空気を吸ってくる、なーんて言って外に出ていきましたよね」

 動物ふれあい担当のよし子さんもつっこみます。

「こほん、誰が閉め忘れたかは後で話し合うことにして。三匹がどこへ逃げたが探しに行かんと」 

 園長さんは額の汗を拭きふき、みんなで手分けして探そう、と言いました。


 ライオンと豚のところはいないのがわかっているので、リクガメの部屋へ行きました。

 部屋では、ひょうもん君とガラパゴス君が仲良くエサを食べていました。

「ねえ、ひょうもん君たち」

「なんですか?園長さん」

「実はオライオンとぶた太とアルダブラ君がいなくなったんだけど、君たち何か知らないかね?」

「ああ、アルダブラ君ならちょっと外に出かけてくる、って言って出かけていきましたよ」

「ええー、そんな簡単に!」

「でかけちゃったんですね」

 園長さんとよし子さんが同時に叫びました。

「動物園の入り口が開いていたから、逃げられそうな気がする~って話していましたよ」

 草を食べながらひょうもん君が言いました。

「こりゃ大変だ! いくらゾウガメが暑さに強いといってもこの暑さでは熱中症になってしまう。ぶた太も、あんなに暑さが苦手なのに……。どうして出て行ってしまったんだろう」

 スタッフ達を集めると、

「みんなで手分けして園の周りを探そう。アルダブラ君が一緒だから、そう遠くには行っていないはずだ」

 

 さすが園長さん、その通りです。三匹は、まだ遠くには行っていませんでした。

 とにかくアルダブラ君がゆっくりゆっくり歩くので、オライオンはイライラ。ぶた太は暑くてふらふらになりかけていました。

「おいら、ふらふらするブウ」

「まったく。だから来るの迷ったんだよ。カメと豚が一緒だと、ろくなことが起こらん」

 オライオンがイライラしながら歯ぎしりする音が、アルダブラ君の耳に入りました。


 ぶた太の顔が赤くなっています。

 足元もよたよたしています。

 オライオンはイライラしていましたが、それでも「大丈夫か」と声をかけました。

「あ、あそこに湧水が出てるぞ。水の音が聞こえる」

 さすがライオン、耳がいいです。

 アルダブラ君にはちっともわかりませんでした。

 オライオンは口に水をためて戻ってきましたが、途中でこぼれてしまいました。

 オライオンは、湯気が出そうになっているぶた太を背中にのせると、ぶた太に水を飲ませました。

「助かったブウ~」

 ぶた太の顔色が、きれいなピンク色に戻りました。

 水のそばで泥浴びも始めるほど元気になっています。

「みんなに迷惑かけたブウ」

 泥浴びが終わったころ、ようやくアルダブラ君もみんなのところに来ることができました。


「このままじゃあ、三匹とも何もできないまま園長さんに見つかってしまうな」

 オライオンがボソッとつぶやきました。

「お前たち、このままだらだらと何の目的もなく歩き続けるんでいいのか」

 オライオンが、小さくてつぶらな瞳を光らせました。

「おいらは、実は暑いのが得意でないブウ。ここで泥浴びをしていると、とっても楽しいブウ」

「僕はみんなみたいに早くは歩けないから、ついていくのが少し大変だよ~。ゆっくりのんびりこの町を探検したいんだ~」

「おれ様は、大きくて広い原っぱを思う存分駆け回りたいぞー」

「じゃあさ~。探検隊はいったん自由行動にして、後でまた集合っていうのはどうかな~」

 アルダブラ君が提案しました。

 ほかの二匹はもちろん賛成です。

「あとってどのくらいだ?」

 オライオンが聞くと、

「オライオン君がもう満足。って思えるくらい」

「ぶた太はいつがいい?」

「おいらは、あんまり日が暮れると寂しくなるブウ。日が暮れる前がいいブウ」

「じゃあ、お日様が向こうの山に沈みかけたら、湧水のところで落ち合うことにしない?」

 三匹は、手を振って別れました。


 その頃動物園のスタッフたちは、散らばって近くの草むらを探していました。

 アルダブラ君がいける範囲の草むらを探していましたが、そこにはゾウガメの姿は見当たりません。

「オライオンも一緒だからな。近所の人たちがびっくりする前に連れ戻さないと」

「もしかしたら、オライオンも一緒だからみんなも頑張って歩いているのかもしれませんよ」

「オライオンは、ああ見えて冷静でやさしいところがあるからな」

 オライオンべた褒めです。

  

 その時、オライオンはどうしていたかというと……

 犬をお散歩中の人の悲鳴をよそに、おすまし村のドッグランを楽しそうに駆け回っていました。


 湧水のところで泥浴びにすっかり夢中になったぶた太は、あんまり楽しすぎて泥だらけのまま眠ってしまいました。


 アルダブラ君は……もちろん楽しく過ごしていました。のんびり歩きながら葉っぱを食べたり、カブト虫とおしゃべりをしたり、野ネズミの巣の中に頭を突っ込んで鼻をかじられたりしながらね。



 オライオンを見つけた人から動物園に連絡が行き、オライオンはあっさりと動物園のトラックに乗せられてしまいました。

「なんだよー。せっかく楽しんでいたのに」

 オライオンがぶつぶつ言いながらトラックの荷台を登っていくと、

「ほかの二匹は一緒じゃなかったんだね」

 りょうさんがハンドルを握ったまま話しかけました。

「ぶた太は泥浴びしたいっていうからな。アルダブラはゆっくり町を探検したいっていうし。みんな思いっきり楽しんだら、日が暮れる前にぶた太が泥浴びしている湧水のところで落ち合うことにしていたんだよ」

「そうか、みんなで話し合っていたんだ。オライオンは、広いところを駆け回りたかったんだな、悪かったなあ。だけど、やっぱり、ライオンがドッグランで走り回るのは怖いよなあ」

「それはそうだろうよ。だけどよー。ああ、おれ様羊になりてえー。羊ならもしかして 『かわいいー』 とか言って見逃してくれたかもしれないだろ」

「うーむ」

 ライオンは再びがっくり肩を落としました。

「そうがっかりしなさんな。今度みんなで町探検できるように、園長さんに頼んであげるから」

 オライオンの話を聞いて、トラックは湧水が出ている方へゆっくりと向かいました。

 遠くの方にアルダブラ君の姿が見えます。

 相変わらず鼻歌を歌いながら楽しそうにお散歩しています。

 こうらの上には、カタツムリやダンゴムシやらたくさん乗っているようです。

「アルダブラくーん」

 りょうさんが、トラックから顔を出しました。

「あっ、りょうさん、動物園の入り口が開いていたよ~」

「僕は閉めたんけどねえ。誰かがもう一度出たときに閉め忘れたんだよー」

「危ないから、閉めた方がいいよ~」

 アルダブラ君は、やさしく注意してあげました。

「ああ、でもりょうさんがいるってことは~ 僕、見つかっちゃったんだねえ」

 アルダブラ君もへなへなと座り込んでしまいました。

 足元を見ると、結構キズが付いていました。

「アルダブラ君、楽しんでいたところをごめんよ。でも心配したんだよ。こんなに暑いのに外に出たら、熱中症になっちゃうよ」

「ごめんなさい。入り口が開いていたから、ちょっと外に出てみたくなったんだよ~」

「オライオンから話は聞いたよ。それぞれ楽しんだら、動物園に帰るつもりだったんだろ」

「帰る、とまでは決めてなかったけど…… みんなそれぞれ楽しんだら、三匹で落ち合うことにしてたよ~」 

「そうかそうか。まあ、とにかくオライオンとアルダブラ君が元気そうでよかった。さあ、荷台にお乗り」

「は~い。カタツムリ君たちも行くよね」

 カタツムリ君たちは『いかない』というので、それぞれおりたいところでおろしてあげました。

「今度また遊びに行こうねえ~」

 アルダブラ君が名残惜しそうに空を見上げました。

「まずは、ぶた太を回収しないとな」

 りょうさんは帽子をかぶりなおすと、湧水目指してスピードを上げました。

 一番星が光っています。



「おなかがすいたブウー」

 ぶた太は、昼寝から目を覚ますと、一瞬自分がどこにいるのかわかりませんでした。

 湧水を一口飲むと、オライオンと一緒にアルダブラ君のあとをついて外に出たことを思い出しました。

「みんな~ どこに行ったブウ‼ブウ!」

 ぶた太が湧水のところでブヒブヒ鳴いているのにりょうさんが気づいて、トラックから手を振りました。

「ぶた太ー 大丈夫か~い?」

 ぶた太は、泥だらけの体を揺らしながら、りょうさんに抱きつきました。

「ぶた太!心配したんだぞ」

「ぶひ~」

 泥だらけになりながら、りょうさんはぶた太をトラックに乗せました。

「アルダブラ君、オライオン君、いったいどこに行ってたブウ。おいら独りぼっちだったブウ」

「みんな動きもやりたいことも違うから、それぞれ自分のやりたいことをやったらぶた太のいる湧水のところで落ち合おうって話しただろ。ぶた太は泥浴びが気に入ったから、僕はここに残るブって言ってたじゃないか」

「忘れていたブウ」

 オライオンは、あきれてぶた太の泥で固まった尻尾をはたきました。



「泥遊び楽しかったブウ。またしたいブウ」

「おれ様もまたドッグランに行きたいぞー!」

「僕も、さっきカタツムリ君たちをお散歩に連れて行ってあげる途中だったんだよ~」

「わかったわかった。園長さんに話してみるよ。みんながいなくなってから、僕も行きたい、私も外に出たいってみんな言い出しちゃって大変なんだから。明日は会議だな」

 りょうさんは、扉が閉まっているか確認すると、迎えに来た園長さんと肩をたたきあいました。

「明日は会議ですよ。動物たちのストレスをなくす方法について。後、ドアの開け閉め確認の方法について!」

 りょうさんは、にやり、と笑いました。


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