待ち合わせ場所に
フリークスバイキング58番地から63番地の間にある四角形の空き地っぽい所に、ランプを持った男がやってきた。
猿の化け物でスーツを着ている。左の腋にハンディーケースを挟んでいた。
右の手首に回してある腕時計に明かりを近づけて、時刻を確認する。
午前1時33分。3分ほど遅刻したが、透明人間のあいつも遅刻しているようだ。
(珍しいな。いつもは先に来ているのに・・・)
透明人間になにかがあったのではという思考が頭をよぎったとき、突然の衝撃が彼の右足を襲った。
「ぎゃぁあああぁぁあああっ!」
激痛に悲鳴を上げた。ハンディーケースが地面に落ちた。彼は立っていられなくなり、地面に倒れようとした。その前に彼の首は掴まれて持ち上げられた。
「あっ・・・! がふっ・・・!」
痛みと苦しさで左手に持っていたランプがズルリと落ちる。地面に激突する前に別の男が受け止めた。
ランプの明かりがその男の顔を照らす。
狼男のルルであった。カッと目を見開いていて瞳が縮小している。猿の化け物の首を掴んでいる手は、人の手ではなく大きくて毛むくじゃらであった。
猿の化け物の右足はルルに蹴られて、骨が折れたみたいで不自然な方向へ曲がっている。
地面に落ちた衝撃でハンディーケースの中身が散らばっている。封のしてある紙袋だ。いくつか封が取れて黒っぽい錠剤がコロコロ転がる。
「透明人間を使って、このシマにアンガー・シンを流しているのはお前かっ。骨が折れて痛いだろうが、我慢して一緒に来てもらうぜっ」
そのまま首を絞めて気絶させようとしたとき、背後から殺気を感じた。
猿の化け物ごと後ろに振り向いた。瞬間3発の銃声が上がり、猿の化け物の背中が3ヶ所弾けた。鮮血が辺りに飛び散る。
「チイっ!」
発砲した人物は舌打ちをして逃げていく。
ルルは死体と化した猿の化け物を放り投げて、その敵の後を追う。
敵は夜目がきくみたいで、暗闇なのに障害物を避けて素早く逃げていく。
ルルはランプ頼りのため、いつもよりだいぶ遅い。距離は縮むどころか離されていく。
しかし見失う寸前のところで明かりのある通りに出て、ランプが不要になった。
彼はランプを投げ捨てて、本来のスピードで追う。敵との距離はみるみるうちに縮まっていった。
敵は再び舌打ちをして家屋の屋根から屋根へ身軽に飛び移る。宙にいる間に銃口をルルに向けてトリガーを引き、3発も撃った。
ルルは身軽に銃弾を避ける。大して足止めにもならなかった。
「クソッ!」
リボルバー式拳銃に高速で弾丸を込める。照準を合わせて全弾撃ったが、全て躱された。
リロードしようにもそんな時間はない。ルルがもう目の前に迫っていた。
「ちぇあぁっ!」
敵は蹴りを放った。それをルルは獣に変化した掌で受け止めて掴み、足の骨をへし折った。
「ぐぎゃぁああぁああっ!」
敵は悲鳴を上げて仰向けに倒れた。近くに来て分かったが、敵は猫系のモンスターであった。どうりで暗闇の中をスイスイ走れたわけだ。
ルルは無慈悲な表情でそいつの首を締めあげて落とし、背負ってラムザクトリーのアジトへ運んでいった。
〇
ルルは大きめの湯船の中でゆったりと過ごしていた。湯船なんて久しぶりであった。お湯が体の芯まで温めてくれる。
2日間寝ずに昼夜を歩き回ったとはいえ、狼男である彼なら3日ぐらいなら寝ずに活動できる。しかも休憩を昼頃と夕方にとったりしたので、大して疲れてもいない。
しかしあまりの湯船の気持ち良さから眠気が襲ってきた。
(いかんいかん・・・。湯船で寝たらダメだ。もう上がるか)
そう考えて湯船から立ち上がり、バスルームから出た。
最初から用意されてあるバスタオルで体を拭き、バスローブを着て部屋に戻った。
ここはラムザクトリーのアジトにある客室である。1人用にしては空間が広く、ベッドも大きい。天井にはシャンデリアが吊るされていて、壁には著名な画家の作品が掛けられてある。豪奢な部屋だ。
さすが大物マフィアの幹部であり、一つのシマを信頼されて任されているだけある。
ルルはボフッとベッドの上に倒れるように横になった。フカフカして気持ちが良い。
(まさかラムのアジトに泊まることになるとはな・・・)
透明人間の売人と繋がりがあるとみられる猫系モンスターを連れてきたら、下っ端の部下に『ラムザクトリー様がお呼びです』と嫌悪感バリバリな態度で言われ、ここに案内された。
ルルはのんびりとお風呂に浸かっていたが、連れてきたモンスターは今ごろ拷問でもされているだろう。
ラムザクトリーが来るのが先か、それともルルが寝るのが先かというそんなとき、洒落たドアからノックが聞こえた。
起き上がって返事をすると、ドアが開いてラムザクトリーが入ってきた。彼女も風呂上がりのようでバスローブに身を包んでいた。銀髪も少し濡れていて、月明かりに反射してキラキラと輝いていた。
彼女はバスローブ姿のルルを見て『うふっ』と微笑み、テーブル席に座る。ルルも対面の席に座った。
ラムザクトリーの頬はほんのりと赤みがかかっていた。風呂上がりで火照っているのか。それともこれから起こるであろうことに期待しているのか。
そのあとまたドアがノックされた。ラムザクトリーが返事をすると、2人のメイドが入室した。
片方がグラスを、もう片方はシャンパンのボトルをテーブル上に置いた。そして頭を下げて、すぐに退室していった。
「さあ。飲みましょう」
ラムザクトリーは愛らしい笑みを浮かべてそう言った。
ルルがコルクをポンッと取り除き、二つのグラスにシャンパンを注いでいく。クリュッグという銘柄で、最高級のシャンパンだ。
「乾杯っ」
ルルとラムザクトリーはグラスをカツンとぶつけて一緒に飲む。
彼女はフウッと一息ついてから
「ルル。シマを荒らしている一味の1人を捕まえてくれて、ありがとう。感謝しているわ」
「依頼の内容とは、かなり異なったがな」
「それでも解決に向かう手柄よ。やっぱり、ルルは頼りになるわ」
「どうも。捕まえた奴に情報を吐かせれば、あとはラム達の仕事だ。バーの店主には、おっかなくてできないぜ」
「フフッ。よく言うわ。ドロップビター元5代目の大物がね」
「昔の話だ」
ルルはグラスに残ってあるシャンパンをグイッとあおった。
「今はただのバーを営む、牙の抜けた狼男だ」
「ふーん。私はそうは思わないけど。あなたは鋭利な牙を持つ危険な狼よ」
ラムザクトリーは頬杖をついてルルを見つめる。目を細めて口元に笑みを浮かべ、ほんのり紅潮している。バスローブ姿のためガッツリ胸元が見えており、普段の色気が割り増しされている。
それでもルルの表情と態度は変わらない。平然とグラスにおかわりでシャンパンを注ぐ。だてに100年以上も生きて裏の世界を知り尽くしている男なだけはある。ラムザクトリーが誘惑してきていることぐらいお見通しであった。
お見通しのうえで乗った。
2杯目のシャンパンを飲み干してから、彼女を抱っこしてベッドに連れていった。
残りのシャンパンは、行為を終えてから幸せそうに眠るラムザクトリーの側で、ルルがボトルごと飲み干した。
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