透明人間の待ち合わせ

 厚手のコートを羽織り、サングラスをかけた包帯だらけの人物は、夜の寂しい裏通りをテクテクと歩いていく。

 途中にある家屋の裏口に明かりの灯ったランプが掛けられていて、人物はまるで自分の物のようにそれを取って先へ進んでいく。

 ここから先は明かりなどが一切なく、ランプがなければとても危ない。それに待ち合わせをしているのだ。相手も明かりを持って来るだろうが、売人のこちらがランプも持たずに暗闇の中待っていたら、こちらに対して良い印象を持たないだろう。

 人物はランプを片手に歩いていき、少し広まった空間の中央で立ち止まった。

 そこはフリークスバイキング58番地から63番地の間にある、四角形に広がる空き地っぽい場所だ。

 周りに目立った家屋はなく、誰かが頻繁に来るようなことはない。

 取引するには、絶好な場所だ。

 人物はアタッシュケースを置いて、左手に付けてある時計にランプを近づけて時刻を確認する。

 針は午前1時24分を差していた。

 待ち合わせの時刻まであと6分。6分間の退屈を我慢すれば、あいつが商品を持ってやってくる。

 しかし、あとどれだけあのクスリを売れば、この仕事は終わるのだろうか。立ち去る前に、それとなく聞いてみようか。

 人物は小さく息をついた。

「なにしているんだ?」

 そのとき、暗闇から声が聞こえた。

 ドキンと心臓が跳ね上がった。冷たい感覚が背中を走る。

「だ、誰だ・・・?」

 小さく震えている声で、暗闇へ尋ねた。

 暗闇から姿を現したのは、1人の男だった。

 背がスラリと高くてカジュアルな服装の優男だ。髪をそこそこ伸ばしているみたいで、輪ゴムで小さなポニーテイルにして束ねていた。

「俺は、このタウンにあるしがないバーで働いている男だ。散歩してここを通ったんだが、誰かがいるとは思わなかったな」

「・・・そ、そうか。それならさっさと行ってくれないか?」

「まあそう邪険にしないでくれ。人間ってわけじゃないんだろう? 暇なんだよ。化け物同士、仲良くしようぜ」

「い、いや・・・。悪いけど俺は・・・」

「まさか、人間なのかい?」

 男は鋭利な牙を見せつけて、ズイッと顔を近づける。

「ち、違うっ。俺は透明人間だっ。人間じゃないぞ」

「へえ。透明人間。かなり珍しいモンスターだな。初めて見るぜ。―それで? 透明人間様が、こんな誰もいないところで突っ立って、なにをしているんだ?」

「・・・あんたには関係ないことだっ」

「ふんっ。アタッシュケースから、ヤクの匂いがするが、あんた売人かい?」

「・・・鼻が良いのか?」

「ああ。狼男だからな。それでよ。もし薬売人ならよ。ヤクを安く売ってくれねえか? 頼むよ。他の売人はケチで全然まけてくれねえの。金を持っていねえ貧乏な狼男を助けると思って。なあ? 頼むよ」

 男は両手を合わせて頭を下げて懇願してきた。クスリのためにこんな情けない姿を晒す男に、透明人間の警戒心は徐々に薄れていった。

「悪いが、今は無いんだ」

「今は? 今はってことは、新しく仕入れるってことか?」

「ああ。ここでヤクを持ってくる相手を待っているんだ。気前がいい相手だ。希少な違法薬物を無料でくれて、それで稼いだ金は全部俺の好きにして良いって言ったんだ。普通じゃあ考えられないよ」

「そりゃあ美味い話だな。ところで、本当にアタッシュケースには一つも入っていないのか? ヤクの匂いがムンムンするが」

 男に言われて、透明人間は地面に置いてあるアタッシュケースに目を落とした。

 アタッシュケースから匂いがするのは、アンガー・シンの匂いがついたのだろう。封の甘い紙袋に入れてあったから。

 ここへ来る前にアタッシュケースの中を簡単にだが調べている。1袋も無かったはずだ。しかし、もしかしたら数粒零れていて、それが匂いの元になっているのかもしれない。

(もう一度調べてみるか)

 透明人間は調べようとアタッシュケースの前に屈む。

「おっ? あるのかい? よし。それなら俺がランプを持ってやるよ」

 と、男が手を差し出してきた。

「ああ。すまない」

 透明人間はランプを男に渡した。空いた手で留め金を外してアタッシュケースを開く。

 その瞬間、大きな毛むくじゃらの手が透明人間の首根っこを掴んで、小枝のようにへし折った。

 悲鳴など上げることも出来ず、なにが起こったのかも理解できないまま、透明人間の視界は暗転した。

 死亡した透明人間はまるで最初からこの世にいなかったように、スーッと消えていった。厚手のコートやサングラス、全身に巻いてあった包帯が、パサッと地面に落ちた。

 男はランプの灯をフーッと吹きかけて消し、暗闇に溶け込んでいった。

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