透明売人発見

 大都市フリークスロート。『パワーポネッド』というマフィアが支配する、多種多様なモンスターだけが暮らす怪物都市である。

 警察機関は存在せず、代わりにマフィアが都市の平和と秩序を守っている。

 フリークスロートには六つのタウンがある。そのタウンを管理してあるのが、パワーポネッド直下の六つの組織で、ファーザーに忠誠を誓う6人のボス。

 銀褐色の紅美人と呼ばれるラムザクトリーも、六つの内一つのタウンを任されてあるバンパイアであり、1000を超える同族を従える『ムーンプル』のボスであり、ファーザーに忠誠を誓ったパワーポネッドの幹部でもある。

 彼女が管理を任されてあるタウンは、フリークスバイキング。飲食店が数多い食欲を刺激するタウンである。様々な飲食店がズラリと並んでいて、同種の店が軒並みに続くなんてことなどザラである。三大欲求の一つ食欲がメインなので、人気度も高く六つのタウンの中でも上位に食い込んでいる。

 ルルもこのタウンに『狼の舌』というバーを構えていて、そこそこ人気がある。主に女性からだが。


 狼の舌の店主ルルはカジュアルな服装を着て、夜の街を歩いていた。もちろん、散歩や食事などが目的ではない。ラムザクトリーから頼まれた依頼で、フリークスバイキングで違法な薬物を流している透明人間の売人を鼻で捜しているのである。


 ラムザクトリーから貰った情報では、透明人間の売人は昼夜問わずに安値で商売しているそうだ。

 売りつける対象はムーンプルの組員や息のかかった者以外なら、チンピラから堅気、子供から大人、男から女まで無差別だ。しかも一度売りつけたら、二度とそいつには売らないみたいで、手を出したモンスターのほとんどが強烈な虚脱感で屍みたいになっているそうだ。

 ムーンプルの組員が回収した透明人間の売人が身に着けていた服を匂い、体臭を覚えた。正直体臭を嗅ぐのは、男だろうが女だろうが関係なく気持ち悪かったが、我慢してなんとかやり遂げた。

 体臭からして、太っていない若い男性だと分かった。―まあ、相手は透明なので性別や体格など分かったところで、なんの意味もないが。

 ラムザクトリーから『売人は生きたまま捕らえて』と言われてある。単にシマを荒らす売人を殺してめでたしというわけにはいかないことぐらい、ルルも情報を与えられていくうちに理解していた。

 透明人間の売人に疑問点があるのだ。

 売人の商品アンガー・シンは、世界中で禁止されてある違法薬物。製造方法も厳重に隠蔽され、滅多なことでは手に入らない代物だ。そのため希少価値が付き、そこらへんのチンピラや堅気に安値で売りつけるような代物ではないのだ。

 それと一度売りつけた相手には売らないというのも変な話だ。アンガー・シンは中毒性が極めて高い薬物だ。個体差はあるだろうが、だいたいは一発で中毒者になってしまう。薬売人にとって中毒者はカモのはず。そいつから搾れるだけ搾るのが美味しい手なのだが、透明売人はそれをしない。

 つまり透明売人は金儲けが目的ではなく、アンガー・シンでフリークスバイキングの人々を虚脱状態に陥れるのが目的なのではないか。

 もしそうならば由々しき事態だ。大都市を支配するパワーポネッド直下の組織に、ちょっかいをかけているということなのだから。

 だから生きたまま捕まえて、拷問にでもかけて情報を聞き出さなければならない。

 ただの売人にアンガー・シンを手に入れられるわけがない。

 背後にそれを提供する組織がいるはずだ。


 ルルはチンピラ売人が取引に使う通りや場所を歩き、透明売人の匂いを探す。

 今晩で2日目。休憩を挟んで昼夜広い街を歩き回る。その間、当然バーはお休み。今ごろラムザクトリーから頂いた前金で雇った腕の良い大工達が、壊れた壁や窓を直しただろう。

「ひゃははははぁああっ! 良い気分だぜぇ~!」

 ルル以外歩いていない薄暗い裏通りに、甲高い陽気な声が響いた。前方からこちらに向かってモンスターが走ってくる。

 走り方がおかしいしテンションも異常だ。口から唾液がダラダラ零れていた。明らかにアンガー・シンを服用している。

「こんな良い気分はぁああ! 真っ赤な血でも見たいぜぇえええ! というわけでそこのお兄さぁあああんっ! 血を見せろぉおおおおっ!」

 右手が鎌となって、ルルに襲いかかった。

(こいつは危険だな)

 ということで、そいつの足首を掴んで思いきり地面に叩きつけてやった。

 白目をむいてピクピクしているが、死んではいないだろう。―まあ、死んだら死んだで、別に構わないが。

 横を通り過ぎようとしたとき、そのモンスターのではない別の匂いが鼻孔を通った。

 屈んでクンクンと嗅ぐ。このモンスター自身の体臭。そして、捜している透明売人と同じ匂いがする。しかも新しい。

 つまりこのモンスターは、さっきまで透明売人と会っていたのだ。

 ルルは音もなく駆けだした。襲ってきたモンスターが来た方向へと進む。

 一本道のため嗅がなくてもルートを間違えることはないため、気楽に駆けていける。

 左の角を曲がってすぐに右の角を曲がると、遠くだが人影が見えた。スッと左に曲がったので、急いでその角へ向かう。

 横になっているホームレスを無視し、倒れているゴミ箱を飛び越え、人影が曲がった角に背を向けて、チラリと顔を出して確認する。

 薄暗くて陰が歩いているようにしか見えないが、隣で商売している怪しげな露店が灯してあるランプの光で、輪郭が露わとなった。

 冬用の厚いコートを羽織った人物だ。左手にはアタッシュケースを持っている。

 今の季節は冬ではない。にも関わらずあのコート。それにアタッシュケースから漂う匂いは・・・。

 ルルは微笑を浮かべていたが、目つきは獲物を見据える狼であった。

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