小さな酒場のヴァラヴォルフ

@Gosakuri

一章

透明の売人

「ねえ~。ルー・ガルー。今晩は月が綺麗だからさ~」

「私達とデートしましょうよ~」

 2人の美人な女性が、カウンターに肘を載せて1人の男性をナンパしている。

 ルー・ガルーと呼ばれた店主は、グラスを綺麗な布巾(ふきん)でキュッキュッと拭きながら

「誘ってくれて嬉しいが、このシマで狼男が吸血鬼の美女2人と楽しくしていたら、おっかない奴等にシメられる。断っておくよ」

「もう。いつもそう言って~」

「このシマで、あなたに喧嘩を売るようなガッツある男はいないって~。ねえ~。いいでしょう~?」

「こんな小さな店をやっている俺なんかより、あそこで飲んでいるケッティはどうだ?」

 店主が顎で示した先には、カウンター席で1人酒を嗜(たしな)んでいるドワーフがいた。

「えぇ~? ドワーフじゃない。タイプじゃないわ」

「私も~」

「そうか。残念だな。ケッティはここいらでも稼いでいるドワーフで、気に入った女には惜しみなく金を使っているというのに」

 そう言うと、吸血鬼美女2人はお互いの顔を見合わせて、ケッティというドワーフへと歩み寄っていった。

 美女2人に口説かれて気分を良くしたケッティというドワーフは、2人を連れて『狼の舌』というバーを後にした。

 店内には客は1人もおらず、店主はチラリと時計を見る。

 時刻は11時55分。夜はこれからだというのに、客が来る気配がない。

(今晩は、客の入りが悪いな・・・。もう店仕舞いするか・・・)

 などと考えていると、ガチャリとドアが開いて、カランカランと小型の鐘が鳴り響く。

「おう。いらっしゃい」

 店主は来店した者を歓迎するように、笑顔で挨拶した。だが、その者を見て、すぐに笑顔は消え失せた。

 綺麗な銀髪が魅力的な紅眼の褐色美女だ。顔立ちから高貴さを感じられ、近寄り難い雰囲気を纏っている。

 彼女は店主を見ると、口元に笑みを浮かべて、そのままカウンター席へ腰を下ろした。

「ルル。アイリッシュを。オン・ザ・ロックでね」

「へ~い」

 狼の舌店主ルルは、慣れた手つきでロックグラスに氷を入れて、アイリッシュを注いだ。それを彼女の前に音もなく丁寧に置いた。

「なんの用だ? ラムザクトリー。ただ酒を飲みに、こんなところに来たわけじゃないんだろ?」

「あら。こんなところだなんて。自分のお店なのに、随分(ずいぶん)な言い方じゃない?」

 ラムザクトリーという美女は、クスクスと笑いながらアイリッシュを上品に飲む。

「問いに答えろよ。なんの用だと言っているんだ」

「みかじめ料を貰いに来たのよ。今日だってこと、あなた忘れているでしょ?」

「ああ。今日だったか。待ってろ」

 そう言って、ルルはカウンターの下にある金庫から、10万フリーが入った封筒を取り出して、それをラムザクトリーへ手渡す。

 しっかりと中身を確認してから、スッと懐へ仕舞った。

「さて。今晩はみかじめ料を貰うついでに、酒を飲みに来たのか? ラムが来るときは、面倒事を持ってくるからな」

 ラムザクトリーは『フフッ』と笑って、懐から封筒を取り出した。それはルルから受け取ったみかじめ料ではなく、別の物であった。

 形からして札束で、少々厚い。

 それを見て、ルルはため息をついた。

「今度はどんな面倒事を持ってきた?」

「そんな嫌そうな顔しないで。このシマの平和に関わる事件なのよ」

「それならこのシマの管理を任されてあるラムがやれよ」

「解決に向けて行動したのだけれど、捕まえられなくて・・・」

「・・・なにを捕まえるんだ?」

「これを無断で売っているネズミよ」

 ラムザクトリーはカウンター上に、チャックの付いてある透明な袋を置いた。中身には黒っぽい錠剤がいくつか入ってある。

「・・・ヤクか。種類は?」

「怒り(アンガー)の(・)罪(シン)。服用すればアドレナリンが過剰分泌され、極度の興奮状態になるわ。副作用は強烈な虚脱状態となり、それから逃れるためにまた服用する。そのため、中毒性が極めて高く、世界中でも使用を禁止されてある薬物よ。ある国では、持っているだけで終身刑になるそうよ」

「これがこのシマで出回っているのか」

「ええ。服用したとみられるモンスターは、30を超えるわ。そのせいで暴力事件も多発しているの。―あなたがよく赴くお気に入りのパン屋があるわよね?」

「ああ。シュガーか。最近行ってないから、そこの情報は知らないけど、なにかあったのか?」

「ええ。店員の1人がアンガー・シンを服用していてね。店長にミスを咎められて、大暴れしたそうよ」

「マジかよ。店長は無事か?」

「幸い、私の部下が数人そこで買い物をしていたから、迅速に事態を解決したわ。怪我人は出たけれど、死亡者は0よ」

「そうか。そりゃあ良かった。―それで、ネズミは何匹だ? グループで流しているのか?」

「・・・1匹よ」

「1匹だと? 銀褐色の紅美人ラムザクトリー率いるバンパイアマフィアが、たった1匹のネズミを捕まえられずにいるのか?」

「・・・ええ。そうよ。だってそのネズミ、透明だから」

「・・・透明人間か」

「部下の話では、アンガー・シンを売買していたのは、厚着をしてサングラスをかけた奴だそうよ。逃げる際に衣服を全部脱ぎ捨てて、そのまま消えたと報告したわ。特徴からして、透明人間でしょうね。

 見回りの連中が何度も捕まえようとしたのだけれど、その透明人間は勘が鋭いのか、吸血鬼だと分かるとすぐに服を脱いで逃げてしまうの。どんなに目が良くても、見えなくちゃ追えないわ」

「なるほど。つまりラムが俺に頼みたいことは、俺の鼻を頼りに、その透明のネズミを見つけてほしいというわけか」

「その通りよ。これ以上、被害が出ないためにも、引き受けてくれるかしら」

「分かった。犬の役は気分悪いが、金もくれることだし、そんなヤクが出回っていたら、いずれ俺の店にそのバカがやって暴れるかもしれないしな。快く引き受けてやるよ」

「ありがとう。ルル。それでは、さっそくアジトに行くわよ。そこで売人の情報を与えるわ」

「いいのかよ。俺が行ってよ」

「いいわよ。どうせ、あなたの尻尾に噛みつく奴なんていないわよ」

 ラムザクトリーは軽く微笑んで、グラスに口をつける。

 そのとき。広い窓ガラスが盛大に割れた。突き破ってきた奴は、ゴロゴロと床を転がってカウンターへ後頭部をぶつけた。

 見てみるとゴブリンで、顔面の中心が凹んでいて、白目をむいて気を失っている。

「て、てめえっ! いきなりなにしやがんだっ!」

「と、友達やりやがってぇ!」

 という声が聞こえてから数秒後、店の壁が突き破られて、2人のゴブリンが床の上でのびた。

「ぐわっはっはっはっ! 小鬼風情がっ! ざまあみやがれぇ!」

 外から大きくて陽気な声が聞こえた。3人のゴブリンをやったのは、外にいるそいつだろう。

 ルルはカウンター内からジャンプして越えて、外へ出た。店の前の通りでは、オークが激しく飛び跳ねている。目は真っ赤に充血していて、涎をダラダラと口から垂らしている。酷く興奮もしているようで、どう見ても異常であった。

 普段はクールで優男なルルだが、自分の愛する店を傷つけられて酷く怒っていた。彼は怒鳴ったりはしないが、代わりに表情がおっかない。額には青筋が浮き出ていて、目はカッと大きく開いて、瞳が縮小する。

 ルルの怒気に反応したのか、そのオークが気付いた。

「なんだぁ!? てめぇ!? ムカつく顔で俺を睨みつけてきやがってっ! ぶっ殺してやるぜぇえ!」

 唾液を散らしながら、オークがルルにズンズンと歩み寄ってきた。

 ルルはトンッと軽くジャンプして、そのオークの顔面にドロップキックをかました。ぶっ飛ばしたゴブリンの顔面よりも深く凹んで、そのまま後方へ吹っ飛んでいき、アパートの一室の壁を破っていった。

 その部屋から住んでいるであろう男性の悲鳴が聞こえてきた。ルルはそれを無視して、店内に戻った。

「絶対に売人殺す」

「殺してはダメよ。ルル。聞いている?」

 グラスの中の氷が溶けて、カランと音を立てた。

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