第5話

 帰宅途中、遠くから人型の何かが飛んできているのが見えた。他地区のヒューマノイドだろうか。どんどんこちらに接近してくる。

 ———いや、あれは


「リクトか?」


 スピードを緩める。彼もこちらに気づいたらしくゆっくりこちらに近づいてきた。


「ああ、リリィか」


 彼はスケートボードのようなものを器用に乗りこなしながら宙に浮いている。


「それ、どうしたんだ?」

「ミカさんに貰ったんだ」

「なるほど」


 確かにミカにリクト用の移動手段を頼んだ記憶がある。こんな短時間で仕上げてくるとは流石ミカだ。


「にしても流石の運動神経だな」


 ホバーボードなんて一朝一夕で乗りこなせるものでもなかろうに。昨日までは持ってなかったから私が街に行っている間に練習したのだろう。


「そうだリクト、慣らしついでに街に行かないか?」

「街なら今行ってきたんじゃないのか?」

「今行ってきたのは修理屋がある2級都市。そして今から行くのはれっきとした1級都市だ」


 1度も被害にあっていない大都市を1級都市、小規模な都市を2級都市、廃都市を3級都市.....と私が勝手に呼んでいる。


「食料品なんかは1級都市じゃないと買えないんだ」

「なるほどね」


 いくら品種改良が進んだからといってやはり荒廃した土地では作物は育たない。どうしても食料品は値が上がる。まぁ土地と一緒に人口も減ったのでそれほど高騰している訳でもないが。


「じゃあ行こうか。ついてこい」


 加速装置を再点火させてスピードを上げる。リクトもしっかりと並走出来ている。


「慣れたもんだな」

「コツさえ掴めばそうでもないさ」


 ごく当たり前のように答えるがそのコツだって簡単に掴めるものではない。流石は神を殺せる人間といったところか。


 飛行を続けること数十分、街が見えてきた。


「......でかいな」


 隣で呟く声が聞こえた。

 眼前には近未来とも言える都市が広がっていた。これまでの廃都市や小規模都市とは比べものにならない。


「まぁ1級都市だからな」


 街の入り口付近に着陸する。


「そうだリクト、その刀私に預けてくれないか」

「......何故だ」


 明らかに警戒している声。そういえば親の形見だと言ってたか。


「常識的に考えて日本刀持ってる人間が街に入ってきたら警戒されるだろ。私なら顔が知られてるから」

「............」


 リクトは黙って刀を渡してきた。


「ありがとう」

「終わったらちゃんと返せよ」

「勿論だ」


 そうして街へ入る。行き交う人々。聞こえてくる声。活気溢れる街並み。同じ国でこうも違うのかと来る度に思ってしまう。


 リクトの方は相も変わらず無言だった。全くこの男が何を考えているのか分からない。


「であるから、今こそ再び神を崇拝することにより我らは救われ——」


 拡声器からしゃがれた男の声が響いてくる。


「なぁリリィ、あれは何だ?」


 汚物を見るような目でリクトは声の主を見つめていた。


「神信仰派だよ。現在神が暴れているのは私たちの信仰心が足りないからだって喚いてる」


 ここの街に住んでいる人の大半は神被害にあったことがない。だからこうして平和ボケしたことがのうのうと言えるのだ。


「神は常に我らを見ておられる。形式だけではなく心の伴った信仰のみ受け入れられるのであり——」


 そもそも彼らが信仰しているのは神であって神ではない。

 日本は他宗教国家ゆえに神と呼ばれる存在は沢山いる。イエス・キリストであったり天照大御神あまてらすのおおみかみであったり。勿論イエスはキリスト教の信仰対象であり、天照大御神は神道の信仰対象である。


 しかし彼らが信仰しているのは「神」という至って抽象的なものだ。特定の神を信仰しているのではなく、人類を救済してくれるものという概念を信仰しているに過ぎない。全く中身を伴っていないのだ。


 しかしどういう事なのか街の数は減っていくが信者の数は何故か増えていっているのだ。

 最初は小規模だったため見向きもされなかったこの団体だが、最近はやたらと力をつけ始めているらしい。


「......死ねばいいのに」


 リクトは戦争孤児だ。神によって両親を殺されており、その分恨みも人一倍強いだろう。そんな憎き神を信仰しろなんていう彼らと分かち合えるはずがない。


「行くぞリクト。あんな話耳に入れるだけ無駄だ」

「ああ」


 街の奥へ入り込む度声は小さくなっていき、終ぞ聞こえなくなった。


 その後は日用品やら食料やらを買い込む。いつもなら1人で持てる分しか買えなかったのだが今回はリクトがいる。消費量が増えた分多めに買っておかなければ。


「人参は...いらない」

「文句を言うな。食えるだけありがたいと思え」


「青のデニムと黒のデニムどっちがいい?」

「別にどっちだっていいよ。服とか興味無いし」


「日本刀関連品扱ってる店ってあるか?」

「流石にこの街にはないな。帰ってミカに聞いてみればいいさ」


 そんなこんなで終わってみれば結構な荷物量になっていた。



 行きとは違ってスピードは出せないのでゆっくりと帰る。

 横を向くとリクトはボードの上に荷物を起きながら座っていた。


「それ落とすなよ」

「大丈夫さ」


 のんびりとした空気が蔓延る。きっとこの沈黙にも慣れてきたからなのだろう。空気観が大分柔らかくなった。一人でいる時の沈黙とはまた違って嫌いじゃない。


 何となく、これが日常なんだろうなという気がした。今は別にこのままでいいか。


 もうすぐ夕日が沈みそうだった。




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神殺しの英雄 才野 泣人 @saino_nakito

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