第4話
「はっきり言って私は彼が怖いんだよ」
戦闘から帰還後、モニタールームに座っていたミカはそう切り出した。リクトは自室で休んでいる。
「君の記憶データから戦闘映像は見せてもらった。その上でだ。どうも彼は異常すぎる」
「それは私も同感だ。リクトはただの人間じゃない」
「ただの、所じゃないんだよ。身体能力も精神力も規格外すぎる。是非一度解剖してみたいものだよ」
冗談の混じった口調でミカはそう言ったが、目が笑ってない。
「彼は危険すぎる」
「だが現に神を殺してみせた。私達に今必要なのはそこじゃないか?」
「それはそうだが.....」
なんだかやけに渋るな。普段ならもっと割り切った思考回路をしているのに。
「それにミカが危険と思う人物を外に放していいのか?」
ミカの言うことも分からなくはない。日本刀1つで神に立ち向かってい奴なんて聞いたことない。ヒューマノイドの私でさえ全身武装してやっと互角に渡り合えるぐらいなのだ。生身の人間が相手していい存在じゃない。
しかしリクトは現にやってみせたのだ。その実力は紛うことなき本物。必ず私たちに必要な力だ。
「人間の可能性を、人間の君が否定するのか?」
「っ.......」
ミカは2、3度頭を振るとこちらに向き直した。
「分かった。リリィ、君がそこまで言うのなら私はもうお手上げだ。君と、君の信じるリクトを信じることにするよ」
「ありがとうミカ」
なんとか上手くいったようだ。まさか戦闘よりミカの説得に苦労するとは思ってなかった。
「大体君は卑怯なんだ。自分がヒューマノイドってことをすぐネタにする。それをされちゃ私は何も言えないよ」
「これもヒューマノイド特権ってとこかな」
私は椅子から立ち上がるとコーヒーメーカーの所へ向かった。
「ああそれと」
ボタンを押したところでアレを言い忘れてたことに気づく。
「リクト用の空中移動手段、作っておいてくれないか?現場に行く時不便なんだ」
「君、この流れでその話をする度胸だけは認めてあげるよ」
「度胸がないと神退治なんかやってられませんので」
出来上がったコーヒーをミカの前に置いたところで自室に戻るためエレベーターに乗り込む。
「私を便利屋だと勘違いしていないかい?」
「ミカを信用してのことさ。じゃ、またね」
そうしてドアは閉まった。
**
三日後、私は朝からミカに呼び出されていた。
「それで?話ってのは?」
「新しい腕、出来たって。街に取りに行っておいで」
「ああ成程」
ようやくか。この3日間、思ったよりも不便だった。片手1本では人参すら切れない。
「ついでに手術してもらえるよう頼んどいたから。向こうで直してきな」
「分かった」
早速街へ向かう準備をする。とは言っても別段何かを持っていく訳でもないし、身なりを整えるぐらいだが。
リクトは置いていくことにする。別に連れていったところでやることもないし、移動速度が遅くなるだけだ。
「じゃあちょっと行ってくるから」
「寄り道しないようにね。気をつけて行ってくるんだよ」
「私は小学生か」
なんて軽い会話をしながらエレベーターに乗り込む。
屋上に着いたところで降りて、そのまま飛行体制に入る。少しエンジンを温めてから飛行を開始。
街といってもその規模はまちまちだ。1度も被害にあっていない大都市、被害を受けながらも軽微であったため存続している街、そしてここみたいな廃都市だ。
今回向かう街は2番目に当たる。普段からお世話になっているヒューマノイド専門屋がある所だ。
ヒューマノイドとは所属が非常にややこしく、今のところ正式には世界対神連合軍日本支部に属している。そこから更に委託された形でヒューマノイドの部品開発、修復というのは民間の手に渡っている。
まぁ実際ヒューマノイドの統治機関などあってないようなものだ。担当区域の割り当て、神出現情報の公開、サポーターの配属ぐらいしか奴らは働いておらず、実際の戦闘、整備などは各々が自由に処理している。
私の場合はミカという頼もしいサポーターがいるから上手くやっていけているものの、サポーターと仲が悪く苦労しているヒューマノイドの話は偶に聞く。同地区に配属されたヒューマノイド同士の仲が悪い、なんて話もあるそうだ。つくづく他人事で良かったと思う。
40分ぐらい経っただろうか。ようやく街に到着した。所々建物が壊れていたり、地面が割れていたりしてるが立派に街として存続している。
早速修理屋へと向かう。私がヒューマノイドになった時からお世話になっている店だ。
人のいる街並みを抜ける。活気がある、とまでは言わないが生活感のある雰囲気にどこか安心皮を覚える。
大通りから少し外れた裏路地にその店はあった。
2、3度ノックしてからドアノブを回す。鍵は開いていた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
中にはナイスミドルなおじさんが座っていた。顎に蓄えた髭には所々白髪が混じっており、大きさの合っていない小さな眼鏡をかけている。
「お久しぶりです。ミナトさん」
「今日は腕の修理だっけ?」
「はい」
「用意できてるよ。こっち来て」
そう言ってミナトさんは奥の部屋に向かっていった。後を追うようにして私も付いていく。
「そこに寝てて」
通された部屋は雑貨で溢れかえっていた。辛うじてベッド周りだけは綺麗にされてある。
指示された通りにベッド上に横になる。
「電源は付けたままにしておく?それとも切る?」
「ミナトさんのやりやすい方でいいです」
「そうかい?じゃあ付けたままにしておくね。再起動も面倒だし」
なかなかストレートな言い方だな。本人は気にもせず作業を始めている。
やはり何度やってもこの感覚は慣れない。何かされているのに何も感じないというのはただただ気持ち悪い。
「そういえばエリカちゃんはどうしたんですか?」
エリカちゃんはミナトさんの一人娘だ。普段なら店で私を出迎えてくれるのだが、今日は見かけない。
「エリカなら友達のところに遊びに行ったよ。もうすぐお昼食べに帰ってくると思うけど」
「なるほど」
そこからしばらく会話が途切れる。集中力のいる作業なのだろう。単純なロボットと違ってヒューマノイドには武器変形との兼ね合いもある。それはそれは大変なことだろう。
勿論故障やメンテナンスというデメリットはあるのだが、それでもヒューマノイドという体は人間より遥かに便利だ。
ヒューマノイド一体造るのに莫大な資金が必要な上、現存機体の維持費もかかるので、そうそう機体数を増やすことはできない。それに候補者が少ない。肉体を捨てるというのは中々に勇気のいる決断らしい。私だって迷わなかった、と言えば嘘になる。でも誰かがやるしかなかった。その誰かが私だっただけだ。
「あ!リリィお姉ちゃん!来てたんだ!」
声のした方を向くとそこにはエリカちゃんが立っていた。
「ああエリカちゃん。久しぶり」
「ちょっと待っててね!」
そう言ってエリカちゃんは奥の部屋へと消えていった。
「今、何歳でしたっけ」
「ちょうどこの前10歳になったばかりだよ」
カチャリ、とメスを置く音がする。どうやら終わったようだ。
「終わったよ。確かめてみて」
言われた通り右手を動かしてみる。手を結んで、開いて。関節も曲がる。続いて武器変形。これも問題なし。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「よかった」
ミナトさんは立ち上がると奥から袋を持ってきた。
「これ、スペアね」
「ありがとうございます」
ベッドから降りてスペアを受け取る。
「もし時間があるんだったらエリカとも話していってあげて。喜ぶだろうから」
「勿論です」
と、そのタイミングでエリカちゃんが戻ってきた。
「これあげる!」
そう言って渡してきたのはプラスチックの指輪だった。
「ユウリちゃんと作ったの!」
ユウリちゃんが誰かは分からないがきっと友達なのだろう。
「ありがとう」
早速右手の中指に付ける。サイズはピッタリだった。これ、武器変形する前はちゃんと外すのを忘れないようにしておかないと。
「それでね!今日ユウリちゃんがね——」
そこからエリカちゃんの話はノンストップだった。よくもまあ話題が尽きないものだと思うが確か前回会ったのが約半年前か。色々と溜め込んでいたのだろう。
それに彼女の母親は3年前に神被害で亡くなっている。だから彼女の周りにいる年上の女性は私くらいしかいないのだ。母親の姿と重ねているのだろう。
「でね、その時のマコちゃんったらもう...」
「エリカ、そこまでにしておきなさい」
ミナトさんが割って入る。もしかすると修理にかかった時間よりエリカちゃんの話の方が長かったのではなかろうか。
「えぇー」
「リリィさんだって忙しいんだ。それにほら、僕達だってお昼食べないと」
そうして2人は奥の部屋へと向かって行く。
「お姉ちゃんまたね!」
「うん、またね」
前に会ってから半年しか経っていないのに随分成長していたな。今度は修理以外の時にもちゃんと会いに来てあげよう。指輪のお返しも持って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます