第3話
リクトを保護してから1週間が経過した。
それでリクトの性格もだんだんと分かってきた。彼は決して饒舌な方ではない。むしろ必要以上のことはしゃべろうとしない。
おかげで生い立ちや経歴、目的は相変わらず不明なままだが、生活する分には何の差支えもない。もう少し時間が経てばこの生活にも慣れるだろう。
ミカとも上手く折り合いをつけてやってくれている。スムーズ、とまではいかないが変に争われるよりマシだ。
さて、今は正午を少し過ぎたところ。私はミカと一緒に三階のモニタールームにいた。リクトはおそらく自室だろう。
一応建物内は自由にしていいとは言ってあるが、この階以外に別段機材を置いてあるところはない。上層階に行ったとしとしてもただ真っ白な空間がお出向かえしてくれるだけだ。
「それでどうしたんだい?」
「右腕が動かなくなった。少し見てくれないか」
今朝からうんともすんとも言わなくなってしまった。機械の体はたまにこういうことがあるから不便だ。まあデメリットよりもメリットの方が圧倒的に多いのだがな。
「分かった。じゃあちょっとこっちへ来てくれ」
そうして隣の部屋へと連れていかれる。
そこはまさに手術室といった場所だった。壁に張り付いた大量の棚に、部屋の中央には簡易ベッド。いたってシンプルな造りだ。
「そこに座って」
言われるがままにベッドに腰かける。
「切るよ」
ミカが片手に持ったメスで右肩の人工皮膚を裂いていく。もちろん痛覚や触覚などないので、ただただ奇妙な違和感だけが残る。
何度やってもこの感覚は慣れないな。目には見えている腕がまるでそこにないような気がする。
肌色の膜の裂け目から鈍い銀色が顔を出す。
「うーん、関節をつなぐ部分が断線しているね。最近何か激しい運動をしたり、重い物を運んだりしたかい?」
「心当たりはないな」
この前の神は結局闘わず仕舞いだし、ここ一週間はフライパンより重い物は持っていない。
「老朽化にしては早いしねえ。不良品だったのかもしれないね」
「そうか。すぐ直るか?」
「ちょっと待ってて。確かそこにスペアがあったはずだ」
ミカは棚を漁り始める。雑にまとめられた書類やら修理道具やらが空中で渋滞を起こす。もう少し整理整頓すればいいのに。
「だめだ、ない」
ガラクタの山の中からそう声がした。
「どうやらこの前付け替えたのが最後だったみたいだ」
「それで?私はどうしたらいいんだ?」
山が瓦解して中からミカが出てくる。
「今から街に発注をかけるかけど、早くても二、三日はかかるだろう。すまないが暫くはそのままだよ」
「分かった」
三日間ぐらいなら腕一本失ったところで日常生活に然したる支障もない。これくらいは我慢しよう。
右腕を見ると既に切られた人工皮膚が修復を始めていた。
正直なところ、触覚のないヒューマノイドにとって皮膚などなくても別に感覚的には変わらないのだが、見た目が人間に近い方がいいと考える上層部の人間たちに押し切られた。
「でも神が出たときはどうするんだ?」
「その時は隣の地区の子に救援要請でも出せばいいさ。それにリクトがいる。右手1本くらい無くたってフォローくらいは出来るだろう?」
「了解」
ヴーッヴーッと携帯がなる。私は持ってないからミカのだ。
「.....了解。じゃあうちのを送っとくから。ポイントだけ送っといて」
何となく今ので察しが着いた。
「N-2地区からよ。神が出現したけど修理中で出撃出来ないって。代わりに行ってあげて」
「一応私も故障中なんだけどな...」
「相手は小型よ。君なら大丈夫」
信頼されているのは嬉しいがこんな場面では欲しくなかった。
「それにちょうどいい機会じゃない。リクトも連れて行きなさい」
「もちろんそうするさ」
そこで会話を打ち切って部屋を出る。リクトを呼びに行かなければ。
エレベーターに乗り込み、六階で降りる。リクトはベッドに寝っ転がってゲームをしていた。
「リクト、神がでた。出撃するぞ」
「.....分かった」
やりかけであっただろうゲームの電源を切って靴を履く。立てかけておいた日本刀を背負ってごく簡単に準備は完了したようだ。
「行こうか」
普段なら最上階から飛び降りて発進するのだが、今日はリクトを乗せるので地上から安全にホバーすることにする。
再びエレベーターに乗り込み、一階で降りる。
リクトをおぶった所で浮上する。スピードを出しすぎてリクトが風圧で吹っ飛ぶといけないから、それ相応のスピードになる。
この移動も不便だな。今度ミカに相談してリクト用の装置を造ってもらおう。
指定されたポイントはそれほど遠くなかった。N-2地区はうちと隣の地区だ。その中でも出現ポイントはうちの地区寄り。この移動速度だ。近くて助かった。
「なあリクト」
「何だ?」
「今のうちに言っておくが、私は今右腕が動かない。だからメインの攻撃はリクトに任せる」
「分かった」
そこで会話を打ち切り、飛行に集中する。神殺しの人間。お手並み拝見といこうじゃないか。
**
「いた」
数キロ先に討伐対象を確認。
「.....蛇型か」
神というものは人間の見知った姿で出現する。ざっくりとした分類でも獣型、爬虫類型、鳥類型といった感じだ。
今回現れたのは爬虫類型の蛇タイプ。全長三メートル程の小型だった。
「リクト、行けるか?」
「任せろ」
ある程度標的に接近したところでリクトを地上に降ろす。
そして再び上昇。空中からリクトを援護する体制に入る。
ここは既に廃都市なため人的被害を気にする必要は無い。思う存分に戦える。
今回は右腕に仕込んであるウェポンが使用不可能なので左腕のみを変形させる。
けたたましい金属音と共に左腕が
下を見ればまさに今リクトが神に襲いかかろうとしていた。ご自慢の日本刀を片手に臆することなく切りかかる。
1太刀鋭い斬撃が奴の胴に入る。切断とまではいかなかったがかなり深くまで切り込んだ。紫色の血が吹き出る。
私もリクトに当てないよう細心の注意を払いながら弾を放つ。頭部にヒット。
次弾を装填している間にもう神は先程切られた所の修復を終えていた。
これがあるから奴らは厄介なのだ。核を破壊しない限りいくらでも再生してしまう。
だから再生が終わる前に次から次へとダメージを与え、核を壊すしかない。
本来なら右ウェポンと左ウェポンを使い分けながら核の場所を探り、壊すのだが.....。
しかし今回はリクトがいる。彼は神の高い再生力に驚く素振りも見せず、再び立ち向かっていった。
一撃、二撃。止むことの無いない太刀筋の雨が神を襲う。それに合わせるようにして私も援護射撃を行う。
神だって別に無抵抗なわけではない。長い胴体をうねらせ、必死にリクトを攻撃しようとしている。
しかしそれ以上にリクトの動きが速すぎるのだ。奴の二手三手先に攻撃し、反撃を全て避けきっているのだ。
はっきり言って強い。強すぎる。いくら今回出現したのが小型で、あまり強くのない蛇型だったとはいえ圧倒しすぎだ。
リクトの刀が蛇の喉元に突き刺さった瞬間、核が砕ける音がした。
直後、神は急に活動を停止。地面へと倒れ込み、動かなくなった。
完全停止を確認後、私も地上に降りてリクトと合流する。
「他には?」
「今回はこいつだけだ」
一体倒してもなお収まることない闘争心。果たしてその背中に何を背負っているのか。
「リクト、お前は.....」
本当に人間か。そう言おうとしたところで止めた。彼が人間かどうかなんて今は関係ない。ヒューマノイド以外に神に対抗しうる手段が出来た。今はその事だけを見るべきだ。
「お前は強い。だから私達に手を貸してほしい」
「.....当たり前だろう?俺はその為にリリィに付いていったんだ」
もしかすると.....もしかするとこれが人類最後の希望なのかもしれない。
着いたかどうかもわからない程小さな革命の火は確かに揺らめいていた。
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