第2話


 約三十分のフライトの後、ようやく基地が見えてきた。


「見えたぞ。あれが私たちの基地だ」

「………どれだ?」


 リクトの気持ちもわからなくはない。何故なら眼下には荒れたビルが林立しており、一目見ただけでは何が何だか分からない。


 空の上からでさえこれなのだ。地上を迷わずに歩くことなどよっぽどこの場所に慣れた人しかできないだろう。


「着陸するぞ。しっかり摑まっていろよ」


 背中のリクトに最大限の配慮をしながら地に足をつける。完全に停止したところでリクトが背中から飛び降りた。


「此処が私達の生活拠点だ」

「.....廃墟だな」


 リクトの言う通り、そこは外壁がところどころ黒ずんだ年季の入った廃ビルだった。


「この辺りもつい一年前までは普通の街だったんだがな。後はお察しの通りだ」


 神という生き物は尽く身勝手だ。今まであった日常を壊しては消えていく。無情にも、無慈悲にも。


 日本の土地は有限である。しかし神の数は無限である。このことが指し示すこと、それは同じ場所に複数回神が現れる可能性があるということだ。


 この街もそんな場所の一つだ。一年のうちに二度神が出現し、もはや立て直しが不可能なぐらいの被害に遭った。


「街に引っ越さないのか?」

「それも考えたことはあるんだがな。ここに再び神が現れるの可能性と、機材をすべて街に移すための費用。どっちを取るかは明らかだろう」


 勿論理由はそれだけでない。これまでの神出現情報からして一番効率よくできるのがこの場所であったり、街の中に引っ越せるスペースが無いという訳がある。


「いろいろ考えているんだな」

「まあな。さあ早く中に入ろう」


 壊れて開きっぱなしの自動ドアをくぐって基地の中に入る。


「………誰もいないようだが」


 そこには無人のエントランスがあった。室内の明るさと人気ひとけのない部屋の雰囲気が混ざり合って奇妙な世界を作り出している。

 リクトが疑いの目をこちらに向けてきた。


「普段は三階で生活しているんだ。こっちにエレベーターがある。案内しよう」


 フロアの隅に設置されているエレベーターに乗り込む。


「こんな廃墟でも電気は通っているんだな」

「ここだけ特別にそうしてある。一応神対策活動拠点として国に認定されているからな」


 神の出現情報などを整理するためにパソコンなどを利用している。電気がなくなったら迅速な対応ができなくなってしまう。


 三階に到着するとチーン、という間抜けな音を立てて扉が開く。眼前にはSF小説に出てくる指令室のような部屋が広がっていた。


 机の上には無数のモニターレスコンピューターが規則的に並べられている。そのほとんどが空席の中、たった一席だけ女性が座っているところがあった。ロングの赤髪に白衣を纏っている。


「ただいま、ミカ」


 声をかけるとミカは椅子をクルリと回転させこちらを向き、立ち上がってこっちに来た。


「おかえりなさいリリィ。その子が例の?」

「ああ。うちで保護することにした。構わないか?」

「話しを聞いてから判断するよ」


 というわけで先程の状況をミカに説明する。

 とはいっても大したものではないが。


「.....君、名前は?」


 少しの沈黙の後、ミカが口を開いた。


「早川陸人」

「いいよ。うちで預かろう」


 想定通りの返事。恐らく彼女が考えていることはだいたい私と一緒だろう。


「自己紹介が遅れたね。私は神崎美香。主にリリィのサポートをしている」

「よろしく頼む」


 二人は軽く握手する。


「慣れない場所で色々と大変だろう。ゆっくり休むといいよ。リリィ、この子の部屋はどうするつもりなんだい」

「部屋なら上にいくらでもあるだろう。適当に使ってもらおう」

「それもそうか。でもせめて案内ぐらいはしてあげなさい」

「分かった。ついて来て」


 再びエレベーターに乗る。


「他の仲間には紹介しなくてよかったのか?」

 

 リクトが問いかけてきた。


「他も何も私の仲間はミカだけだ」

「二人で生活しているのか?」

「そうだ。ミカがシステム面、私が戦闘面を担当している」


 リクトは少し驚いたような顔を見せる。


「少し意外だな。もっと大がかりなものだと思っていた」

「数十人態勢でやっているところもあるのだがな。この区域は二人で回している」


 階層表示が六になったところで扉が開く。


 目の前には白を基調とした部屋が広がっていた。机やベッドといった基本的な家具から本棚や据え置きゲーム機などの娯楽品までそろいにそろっている。


「ここがお前の部屋だ。好きに使ってもらって構わない」

「わかった」

「夕飯の時間になったらまた呼びに来る。何かあったら三階まで来てくれ」


 そう言い残して一人でエレベーターに乗ると、三階に戻る。

 間抜けな音がしたところでエレベーターを降り、ミカのもとへ向かう。


「お疲れ。コーヒーはいるかい?」

「それ、わざとだろ」

「おや、つれないね。疲れているんじゃないのか」

「生憎もともとこういう性格なんでね。四年も一緒に生活しているんだ。分かっているだろう」


 ミカが座っている隣のイスに腰を掛ける。ミカは相変わらずパソコンと睨めっこしていた。


「勿論だとも。私は君の整備士だよ。君のことなら知り尽くしているとも」

 

 絶え間なく動かしていた手を止めると、イスをクルリと回転させこちらを向く。 


「それより彼だ。リクト...だっけ?彼は何者なんだ?」

「こっちが知りたいよ。調べるのはミカの担当だろう」

「私にだって出来ないことはあるよ」


 ミカは立ち上がるとサイフォンの方に向かった。


「ともかく、ひとまずは様子見だね」

「そうだな.....。次の戦闘に連れて行ってもいいか?彼が本物かどうか確かめたい」

「いいよ」


 思ったよりもあっさり許可をくれた。


「その代わり最大限に注意を払うこと。間違っても殺してはいけないよ。幾ら強いとはいえ彼は人間なんだから」

「分かってる。気をつけるよ」


 そう言うと部屋を後にしてエレベーターに乗り込む。


 表示が5を指した所で降りる。


 ベッドに仰向けに倒れ込む。疲れなど感じないが体が重い。


 早川陸人。神を殺せる人間。別にほんとに信じている訳じゃない。ただあの状況から判断してそう考えた方が合理的だ。


 普通の人間が神の前に立てば10秒ともたないだろう。それが神の死体の横に座ってるんだもんな。もはや人外だよ。


 ともかく、次の神が出れば真偽がわかる。


 今はただそれを待つだけだ。

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