一章

第1話

 荒廃した土地を目下に飛行を続ける。ここもかつては街だったところ。三年前の神襲撃以来人がいなくなった。

 壊れた建物の再建なども行われやしない。直したところでいつかはまた壊されるから。

 

 神がこの世界に出現して五年が経ったが、もうこの国に残された都市は両の手で数えられるほどになってきた。


 そういえば政府が行ってきた地下都市計画の第一弾が最近完成したと聞いた。これから人類の活動拠点は地下に移るのだろう。

 今はまだ一部上流階層の人しか引っ越すことができないが、計画の最終目標は確か全国民の地下移住だったはずだ。いつかは皆地下に移るのだろう。それまで人類が生き残っていればの話だが。


 そう考えるとヒューマノイドになったことはある意味いいことだったかもしれない。食事も睡眠のいらないこの体。記憶のバックアップさえとっていれば何度だって蘇ることができる。この世界で生き残るという点では最高の体だ。全く。



 **

 神出現報告から十分と少し経った。そろそろポイントに到着してもいい頃だとは思うが神の姿が一向に見当たらない。暴れる物音すら聞こえないとはどういうことなのか。


 神は遠慮という言葉を知らない。配慮という言葉ももちろん知らない。平和なんて言葉なんか知る由もないだろう。だから一度出現したならば消滅するまでは暴れ続けるはずだ。


 それなのに上から見てもそれらしき影や形の類は一切見当たらない。奇妙だ。


 取り敢えず基地にいる仲間に連絡してみよう。備え付けの通信機能をオンにする。


『ミカ、変だ。神の姿が見当たらない』

『ああ把握しているともリリィ。君が出撃してすぐに神の反応が消えた。原因が不明だ。少しその辺りを調査してきてもらえるかい?』

『了解した』

『何か分かったら報告をくれ』


 そうして通信を切ると、すぐさま下降体勢に入る。地表まで近づくとゆっくりと減速、そしてそのままエンジンを切って着地する。


 ミカは神の反応が消えたと言っていた。それなら考えられる可能性は自然消滅か討伐のどちらかだ。


 前者はまずないだろう。神が自然消滅するまでの期間は平均して三日ほど。今回は発生からまだ一日、いや三十分も経過していない。どれだけイレギュラーな個体でもこんな短時間で消滅することはまずないだろう。


 ならば残ったのは人の手による討伐だが…。


 ヒューマノイドは地方ごとに配属台数が決まっている。この地方は私一人しかいない。だから他のヒューマノイドが討伐したという可能性もない。

 それに他地区のヒューマノイドが出撃したならばミカに一報入るはずだ。


 もう一つ考えられる案がある。人間による討伐だ。

 しかしそうなると神とまともに戦える人間がいることになる。そんなことがあり得るのか。


 人間の力では神には勝てない。初めの一年で嫌なほど分からされた。だから人類はヒューマノイドを開発して戦闘を任せた。いや、押し付けた。自らの命が惜しいために。自分だけは安全な地に逃げるために。


 しかしこの地球上に安全な場所などなかった。どこに行こうが神は現れ続けた。その結果がこれだ。人間は抵抗する力を失い、神に怯える生活をしなければならなくなった。人口は半減し、街の大半が荒野となった。


 なんとも愚かなものだ。神に対抗する兵器を考え出したはずが、いつの間にか窮地に追いやられているとは。


 だから神に歯向かおうとする人間なんているはずがない。いたとしても神を殺せるほどの力を持っているはずがない。その気持ちや力は全てヒューマノイドに移ったのだから。それなのにこの状況。なぜ今更こんなことが起きるのか。


 まあ今ここでグダグダと考えていても仕方がない。一体何が起こったのかこの目で確かめてやろうじゃないか。



 **

 大通りを一通り探索してみるも神の姿は見当たらない。死体すら見当たらないとは一体どういうことなのか。


 再び通信機能をオンにする。


『ミカ、神の死体が見当たらない。反応が消えたポイントを送ってくれないか』

『了解。ちょっと待って……今マップデータを転送したわ。その赤い印が消失ポイントよ』

『ありがとう。助かる』

『おや、君がお礼を言うなんて珍しいこと。別にたいしたことじゃない。じゃ、あとはよろしく頼むよ』


 通信をオフにしたところで転送されたデータを空中に投射する。なるほど、確かに赤い印が付いている。早速向かうとしよう。なんだ、飛ぶ必要があるほど遠くはない。徒歩で十分といったところだ。


 大通りを抜けて裏路地へと入る。迷路のような細道を抜け、少し広めの通りに出る。マップがなかったら確実に迷子になっていたな。そう実感する。

 そうして右や左や進んでいくと指定された場所はもうすぐだった。

 


 居た。マップの赤い点と全く同じ場所に巨大な狼みたいな生き物が死体となって横たわっていた。間違いない、神だ。

 

 そして注目すべきことに死体の横には一人の少年が死体にもたれかかるようにして座っていた。見たところ十六、七ぐらいだろうか。アシンメトリーな黒髪に世を捨てたような目つき。さらにどこから手に入れたのか背中に日本刀を背負っている。


「ヒューマノイドだな」


 少年が話しかけてくる。 


「.....だったらどうする」


 思ったよりも冷たい声が出た。


「俺を一緒に連れていってくれないか」

「....は?」


 間抜けな声が出た。


「見ての通り戦争孤児なんだ。このままじゃ今夜泊まる所どころか、雨のしのぎ所すらないんだ」


 戦争孤児。神被害によって生まれた孤児は少なくない。神出現時からずっと問題視されているぐらいだ。


「政府の孤児院はどうした」


 本来なら戦争孤児は政府がまとめて面倒を見るようになっているはずだ。


「政府が預かってくれるのは十八歳未満だけだ」


 十八は過ぎているということか。


「その神、お前が殺したのか?」

「ああ」


 馬鹿な。人間、しかもまだ18才程の少年が1人で神を倒したというのか。ありえない。


「どうしてこんなところにいる?もっと安全な街に行けばいいだろう」

「それは……」


なぜか彼は言葉を詰まらせる。


「じゃあ、その日本刀は?」

「父の形見だ」


 怪しい。でも状況と照らし合わせても嘘を言っているようには思えない。


 神を殺せる人間。もし本当ならば貴重な.....いやそれ以上の存在だ。


 そもそも神の数に対してヒューマノイドの数が足りていない。だからこの地区のように出現回数が少ない地域は必然的に配属台数が少なくなってしまう。


 結果として対応が遅くなり人的被害を出しやすくなる。見事な悪循環が成立しているのだ。


 だがもし私がこの少年を保護して協力するならば、このような状況も少しは改善されるのではないだろうか。


 神に対抗しうる新たな存在の出現。この事態を黙って見ているだけにはいかない。


「2つ条件がある」

「何だ?」

「まずは私の仲間の許可を貰うこと。そして神討伐に協力すること」

「分かった」


 勿論彼が神を殺せるなんて心からは信じてはいない。ただここで野放しにするよりかは幾分かマシなはずだ。まぁミカの許可が取れればの話だが。


「よろしく頼む。名前は.....」

「リクトでいい」

「そうか。では私のことはリリィとでも呼んでくれ。頼むリクト」

「よろしくリリィ」


 と、リクトが右手を差し出してくるのでこちらも右手で応える。

 機械の腕が故に実際の温度を感じることはないが、それでもやはり人特有の温かさは伝わってくる。


 不思議なものだ。肉体などとうの昔に捨ててしまったはずなのにその感覚だけはいつまでも覚えている。


「取り敢えず私と一緒に基地に来て貰おうか。そこでミカ.....私のパートナーに会ってもらう」

「分かった」

「じゃあ行くぞ」

「ちょっと待ってくれ」

 

 飛行モードに切り替えようとした所を引き止められる。

「こいつの最期だけ見届けさせてくれ」


 そう言ってリクトは既に霧化してきている神と向かい合う。


 神は体内に球体の核を持っており、それが人間でいうところの心臓に当たる。だからその核が破壊されると生命活動を停止し、死に至る。核の大きさは個体によってまちまちだが、大きな個体ほど大きな核を持つ。


 死後三十分程で死骸は気化を始め、最終的には全て空気となって消える。死してなおその存在を謎のままにするのだ。


「何か思い入れでもあるのか?」


 ただ黙って神が消える様子を見ているリクトの背中にはどこか寂しさが漂っていた。


「……いや、何も無いよ」


 どこか含みのある発言。あえて深くは聞かないでおく。問い詰めたところで答えてくれるような人物でもなかろう。


 ちょうどいい。私もミカに連絡しておこう。


『ミカ、神を殺したという子を保護した。そちらに連れて帰る』

『.....色々言いたいのだけれど、詳しい話はあなたが帰ってから聞くわ』


 物わかりが良くて助かる。


 二十分後には神の死骸は完全に無くなっていた。


「すまない。待たせた」

「気にするな。今から飛んで基地に移動する。リクト、お前空は飛べるか?」


 沈黙が流れる。いや、沈黙という堅苦しい雰囲気ではなくどこか間延びした空気だ。リクトの表情もどこかだらしがない。


「常識的に考えてだな、何の改造もしてない生身の一般人が空を飛べると思うか?」


 言われてみれば確かにそうだ。一般人、という部分にどこか引っ掛かりを覚えなくもないが、普通の人間がヒューマノイドと同じようにそれを飛べるわけがないのだ。


「確かにそうだな。では私の背中にでも乗っていてくれ」

「わかった」


 方法が決まったところでレッグパーツを飛行モードに切り替える。

 石炭や石油などの燃料を必要とせず、最高速度は時速九百キロを超すこのエンジンは世界中の科学者たちが知恵を集めて作り上げた最高の代物だ。


「さぁ乗れ」

「落ちないよな...これ」

「たぶんな」


 リクトは不安そうな顔はしたものの、私におぶさる形で乗っかった。

 

 それを確認してゆっくりと離陸する。

 リクトを背中に背負った状態で空を翔ける。行きとは違って今は人を乗せているのでそれほどスピードを出せない。基地到着まで二十分から三十分といったところだろう。


「なあリリィ」


 背中の方から声がする。


「どうした?」

「リリィは何でヒューマノイドになんかなったんだ?」

 

 何故。その何気ない質問に虚を突かれた思いがした。


「ほぼ初対面の人にそれを聞くか」


 何故、と聞かれればその理由は幾らでもある気がする。軍に入っていたから。国に命令されたから。他に名乗り出る候補者がいなかったから。

 しかしそのどれもが明確な根拠とはなりえなかった。


 自分でも意識的に考えることを避けていたその話題を知り合ったばかりの少年から目の前に突き付けられる。


「なんとなく気になっただけだ」


 投げやりな感じでリクトは答える。


「強いて言えば人が……人間が好きだから、かな」


 その答えが一番しっくりくる気がした。人類を守りたいと思った。かっこいい正義の味方じゃなくてもいい。自己満足でもいい。でもこの人間という種を未来につなげたい。そう思ったことだけは間違いないのだ。


「…………いいな。それ」

「何か言ったか?」

「いや、何でもない」

「そうか」


 それっきり基地に着くまで言葉を交わすことはなかった。

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