第2話 貴方にとって時計とは?

皆んなは"時計"を知っている筈だよね。

"時を計る"

その名の通り時計は時刻を示す、または時間をはかる、器械、しかけのこと。つまりは俺たち人間が日中問わず常に生き活きと日常生活を送る為には欠かせない機能だと言うことを無情にも理解しているだろう。

「時計が好き?」

例えば「彼氏から貰った」「我が家の家宝」「アニメの初回限定盤の付属品」といった付加価値が無ければ恐らく大半の常人であれば嫌いだと答えるんじゃない?故に端的に明確に言うならば俺は時計が"嫌い"と論理づけれる。何を隠そう俺も常人だからね。威張れる程に強情にも情弱に常人。

幾ら夢にトリップしていようと。幾ら明日が邪魔になろうと。ソレは"否応関わらず現実"を殴りつけてくる。有無を言わさぬパワーハラスメント上司に似つかわしい存在と言える。


人間社会とは排他的。異する者は淘汰され、同する者は包摂されて行く。この"時刻"と呼ぶスーパーな機能は世の中を管理し、統率するには全く便利過ぎる代物なんだよ。圧倒的な強制力を持つ時計の前では"夢"や"自由"など有って無いようなものじゃないか。

もし仮に俺の考察通り時計を嫌う人が大勢いるとしたら、この世の中は夢見がちの現実逃避者に溢れている事になる。或いはソレに似つかわしい何かだと思う。そんな世界だとしたら幸せな世界とは思わないかな?

だけど対照的な幸せな世界も存在している。それは時計を"利用する"者達だ。

時計と人間。もっと言うと".時計と地球"は切っても切り離せない(ていうかそもそも切れないだろ)関係である事は周知の事実。ならばこの世の中"時計、時刻"を制した者こそ真の強者であり、真の幸福を手にしているとは考えられないかな?

「学生の頃は良かった」なんて事を思うよね。例外なく俺も感慨に耽る事がある。それは時計の拘束力を上手に利用出来ていたからだとお婆ちゃんに聞いたよ。

自分の好きな"時"を利用し尽くす事は"常人の夢"だと断定する。そしてその"夢"を"時"が潰すんだ。


利用される幸せと利用する幸せ。

君ならどちらが欲しいかな?

俺は圧倒的後者だ。なんてったって皮肉にもやっぱり俺は常人だからね。


などと非生産的な意見を吐き捨てながら夜道を滑走しているのにはちょっとした理由がある。


ほんの十分前 ーー


###


ーー 只今時刻 午後十一時 三十分


日中照り付けていた太陽が就寝につき、病弱そうな色をした月が顔を出している。


どうも夏の暑さというのは例え上機嫌な太陽が沈み不機嫌な月が登ろうとも天国とは程遠いものだ。外に出るなんて事を考えるのは本物の兄や偽物の弟が執拗に彼女を紹介しろと圧迫してくる時くらいだろう。(まぁ彼女がいれば一件は落着するという話なんだけど)

しかし、エアコンの壊れたかつての聖域であるこの部屋は、地獄とも捉えれる凄惨な現場へと変貌を遂げようとしていた。自分の持論を自分で撤回することを恐れた俺は冷蔵庫、冷凍庫の扉を開け、その前に体育座りをする事で自らの持論、そして命までもを回避する事に成功したのだった。


結局今日休日1日はーー店長から頂いたお宝のような1日。"褒美のような宝日"は常日頃変わらない怠惰な1日で終わってしまった。

なんて残念そうに嘆いているように聞こえているかもしれないけど俺自身、満足のいく休日だと振り返っていた。


「あ…」


今日の記憶を逆算していて気づいた事がある。


「知人が言ってた写生大会っていつなんだろう」


他人の事を言えた義理では無いが知人はツメが甘い。なんてアイツには口が引き剥がされても言えない。言おうものなら何十倍にもして返されるに違いないから。そんな事面倒臭過ぎる。


ブー。ブー。ブー。

"知人さんからの着信です"


「このタイミングは怖すぎる。気味が悪い。」


…スッ。ガチャ。

「はい。成成です。」

「こんばんわ〜ナルナル。さっきぶりだねぇ。元気良く怠惰な時間を無駄に過ごしてはいないかい?」

「期待を裏切って悪いが元気よく怠惰な時間は過ごしているが無駄な時は過ごしてはいないよ」

「ナルナル知ってるかい?世間一般的にそれは無駄な時間との名称がついているんだよ」

「だったら民主主義の世の中、世間一般が間違っているに違いない。そもそも無駄っていうのは何かをした事の効用、効果がない事を言うんだ。俺は何も得ていない訳じゃない。休養を得ていたんだよ」

「あははっ。相変わらずだねぇ。ムキになり過ぎだよ。」


はぁ…。


「ムキムキとは程遠い身体なのにねっ」


はぁ!?


………


「それでどうしたんだよこんな時間に」


心当たりはあるがそれを言って間違えた時の知人は髪にガムがついた時以上に面倒臭いから敢えて聞いておこう。


「そうだったそうだった!とても大切な用事があったのをど忘れしていたよ!」


お前にとっての大切って2、3言で忘れるような物なのかよ…


「お待ちかね。仁王山写生大会の開催日と開催時間の事を伝え忘れていてね!」

「だと思ったよ。この三日間の内にあるんだろ?どうせ半日で済むだろうからいつでも良いんだけど。明日の午後とかか?」

「くくっ」


受話器の向こうから含みのあるシニカルな笑い声が聞こえた。嫌な予感が心を満たしていく。


「仁王山の事って気付くところは鋭いね。でも80点」

「なんだよ合格点だなんて。学生時代と比べると甘くなったな」

「なにを完熟果実よりも甘い事を言っているんだい?1000点中80点だよ?ナルナルこそ甘くなったんじゃないかな?しかも自分にねっ」


クッソウゼェ!


「でもそういう所がナルナルのいい所だよ。ウィークポイントも考え方によってはストロングポイントに変わるし、純粋な可愛さと愛嬌の可愛さってのもあるよ。良くも悪くもって言葉もあるくらい。つまり捉え方の問題ってことなのさ」


捉え方。確かにそうだよな。


「そうやって納得しちゃうところとかもねっ」


ウゼェ!!


「何故僕はこの時間に電話をかけたと思う?」

「なんでだよ」

「考えない時間は人生において無駄とは思わないかい?」

「…。明日の午前中だからとか?」

「良いねぇナルナル。近づいてるよ」

「じゃ、じゃあもしかして早朝!?だったらそんな大切な事[ど忘れした]なんかで済ますなよ!!」

「ナルナルはツメが甘いね本当に。いや、褒めているんだよ。早朝じゃない。むしろ夜なんだよ。」


ツメの甘いという指摘の先制攻撃を頂いてしまった。


「え?明日の夜だったら別に明日の朝でも大丈夫じゃないか。そんなに焦る必要無いんじゃ?」

「そこが甘い所なんだよ。あぁ大学時代の神童成成成無はどこに言ってしまわれたのか…。お前!ナルナルじゃないだろっ!」

「アホか。ケー番見てみろ。かくいうお前に至っては大学時代から神童というよりも児童的じゃないか」

「児童こそ神童じゃないか。大人に無い感性と柔軟性を持つ子供達は神様に等しいと僕は思うけどね!」

「はぁ。俺が悪かったよ。それで?いつなんだ?」


こいつと話すと脱線し過ぎる。電車というよりもジェットコースターに近い。

只でさえ曲りくねった道は安易に脱線しやすそうなのに。アクション的に、映画的にクライマックスなシーンにはなるけども。


「そうだね。じゃあ答え合わせしようか。こんな時間に電話かけるって事は焦っているという事を察した鋭さはニアピン賞を贈呈したいよ」

「ありがとう」

「もっとなんでこの時間なのかを追求しようか。只今時刻23時36分」

「そうだな」

「ナルナルは仁王山までどういった交通手段でいこうと思っていたのかな?」

「バスかな」

「そうだね。歩きや自転車で行くには遠すぎるしタクシーでは近く感じる。バスが丁度良いよね」


くどい。くど過ぎる。


「そして写生大会だ。しかも仁王山でだよ。仁王山と言ったら?そして何を描くの?」

「え?」

「仁王山と言ったら鬼跡。みんなは奇跡を描きに行こうとしているわけなのさ」

「え?え?鬼跡?…。あんなの夜中にしかいないじゃ無いか」

「いいねっ!神童ナルナルが戻ってきてるよ!じょあここで改めてなんでこの時間に電話しているのか考えてみようか。いや考える必要も無いよね。じゃあバス停でっ!」ピッ プープー。


…。


「って事は本日なんですねぇぇぇえーー!!!」


ーー只今時刻 十一時三十九分


「最終便まで11分しかねぇじゃねぇかっーー!」


準備をしようとしている最中にピコンと携帯が鳴ったのに気づいた。


"こんな事もあろうかと余分に諸々の道具持ってき良かったよ。残酷な時の流れ同様にバスも待ってはくれないのを知っているかなぁ?( ´∀`)"


と通知が来ていた。


「あ。ていうか俺行かなくてもいいんじゃ無いか?」


「そうだそうだ!」と思っていたが直ぐに気が変わった。


"言い忘れてたけど。主催は書店の店長のおばちゃんだよ!ナルナルも行くって伝えたら「言った通りねっ」って楽しみにしていたよ"


「クッ…ソォォォオーーーー!!時の神様!今だけ時間を止めておくれよ!」


5秒でバックに色々服を詰めた後、転がり出るように部屋を飛び出た。

夏は外は夜でも地獄並みに暑いと思っていたが、部屋という地獄にいたため皮肉にも…


「外はクソ涼しいなぁ!天国かここはぁぁ!!」


と言ってしまった。

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