夏色の奇跡に戸惑うばかりで

彼方野 栞

第1話 貴方にとって夏とは?

「別に俺は刺激的な出会いは欲しくない。」

そう言って俺は数少ない大学時代の友人との通話に終着を付けた。


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午前9時。

季節は賑わう夏。照りつける太陽の下、俺はとある田舎の書店員としてただ生活費を稼ぐだけの毎日を過ごしている。

怠惰な日々だと思う事も少なからずはあったが、今では"これが俺のライフスタイル"と誇りを持っている。

今日は仕事が休み。3日間の夏休みを貰った。

元々は今日以外出勤だったのだけど…

「まだまだ学生気分のナルナルには夏休みをあげちゃう♡若い女の子達と程々に遊んでらっしゃい♡」

らしい理由で残りの2日間も休みになった。

あ、ナルナルと言うのは俺の愛称で、"成成成無なるせなりな"という立派な名前がある。

休日初日。いやまぁしかし、休日というものは何なのだろう。ただの一般アパートの一室が高級ホテルの特別VIPルームに見えるのはきっと俺だけじゃ無い筈だ。

「まさに聖域っ!」

なんて口ずさんでしまう程にだ。

「聖域に一歩たりとも踏み込ませはせんっ!」

なんて口走ってしまう程でもある。

気分がどこか海外の高層ビルよりも高い時に電話が来てしまうなんて不運にも程がある。

ましてやアイツからだ。

ブー。ブー。ブー。

"知人さんから着信です"

報告連絡相談は社会人としての嗜みであると小さい頃から言われてきた為、例え誰からの電話だろうと拒む理由は存在しない。

スッ。カチャ。

「はい。成成です。」

「やぁナルナル!元気かい?僕は元気さぁ。なんてったってこのまe」ピッ。プー。プー。

「ふぅ。危うくリアルへ引きずり戻される所だった。」

"知人"恐らく大学時代の唯一の友人。"世前知人せぜんしれと"1年のゼミから一緒だ。周りからは知ったかぶり扱いされ、そのウザい性格から嫌われ者ではあったが、正直言って俺は憎めない性格に感じている。

「この聖域のこの時間。"聖刻"と呼称しようか。悪いがこの聖刻は絶対にも触れさせやしないぜ。」

ブー。ブー。ブー。

"知人さんからの着信です"

…。カチャ。

「はい。リチャードです。」

「はぇ!?外国の方でしたかっ!?それは失敬致しましたっ!では失礼致します。good luck!」プー。プー。

…。

ブー。ブー。ブー。

"知人さんからの着信です"

カチャ

「…成成だけど。どうしたの?」

「あははっ!やるねぇナルナル〜。やっぱり詐欺師か政治家の才能あるよ。君が友人で心から誇らしいね。」

「そんな事ないよ。俺なんかより騙されたフリができるお前の方が向いているってお婆ちゃんが悟りかけてるよ。そんな事よりどんな用件があって電話したんだ?」

「お婆ちゃんが言うなら間違いないんだろうね。なろうかなぁ。…詐欺師に。」

政治家じゃ無いんだ。

「そうそう。用件があるんだよ伝えるべき用件が。と言うよりも要件かな。ナルナルさ今日から3日間休みじゃないか?だから一緒に出会いの旅行でも如何かなと思ってね。」

−−?

「なんで俺が休みだって知ってるんだ?」

「そんなの誰にだって分かる事じゃ無いかぁ。分からないのは君だけだよ。」

めんどくさい。

「それで旅行なんだけど、別に海外とか火星とか遠くに行きたいわけじゃ無いんだよ。"仁王山におうやま"。ここの頂上まで旅行がしたいだけなんだよ。」

"仁王山"。かつては泣く子も黙り無情になると噂される"鬼跡きせき"と呼ばれる者がそこにいたという伝説を聞いた事がある。

"鬼跡"とは子供から記憶を抜き取り、その空想的とも思える"記憶"を捕食して生きる鬼だ。と昔お婆ちゃんから聞かされていた。

「仁王山って、なんでまたそんな趣味の悪い所に行きたいわけなの?」

「相変わらずナルナルは無知だねぇ。無知に無知過ぎてムチムチだよ。いいかい?今日から3日間。あの仁王山の頂上でこの地域の女の子が集まる写生大会があるんだよ。」

「ん?…。あぁ風景画大会があるって事か。紛らわしい事を言うなよ。まだ若いんだから勘違いしちまうじゃないか。」

「他に何か意味はある?…。うーん。僕は健全な男の子だから分からないよ。」

健全とか分かってないと出ないだろ…。墓穴を掘ってしまった。いっそそこに埋まりたい。

「でね。そこにはあの"茨姫いばらひめ"も来るわけさ。」

"茨姫"実の名を"棘気茨おどろきかや"。その名の通り、触れる者はみなとげに刺されるかの如く胸をギュッと抑えるほど毒舌女だ。しかし、奇跡的な程の美女。その容姿は日本を代表する姫の様な風格があるため、"茨姫"と呼ばれる様になった。綺麗な花には棘があると言う言葉はコイツの為にある言葉だと考えざるを得ない。

「他にも沢山の女の子が来るらしいんだけど。この刺激的な出会いを独り占めするのは僕の綺麗な良心が痛むからナルナルを連れて行こうと考えたわけさ。」

「お前に良心の呵責があるなんて驚いたよ。是非覗いてみたいものだけど生憎あいにく俺はこの聖刻を邪魔されたく無いんだよ。」

「聖刻?−聖なる時刻−と言った所かな?相変わらず造語作りが好きだねぇ。そう言う所が僕のお気に入りなのさ。嬉しいねぇ。」

「俺はお前のそうやってなんでも分かるって所が前世から嫌いだ。」

「あはは。知ってるかいナルナル。好きな物は飽きるけど嫌いな物は飽きないんだよ。って事は最高の褒め言葉じゃないか!ありがと最愛の友よ!」

ポジティブとは世の中でいい言葉と大半の人間が捉えているが、それを押し付けられるのは迷惑でしか無いと分からないのは何故なんだろう。この世の中は盲目だ。

「それで?勿論良い答えをくれるよね?」

「勿論さ。」

「おぉ!じゃあ!…」

「別に俺は刺激的な出会いは欲しくない。」

ピッ。プープープー。

はぁ。疲れた。

「久し振りにこんなにプライベートな話をしたなぁ」

時刻は9時20分。約20分もあんな奴のくだらない話に聖刻を費やしてしまったと思うと頭が軋む。

「それでも腹は空くもんなんだな。」

虎の威を借る狐。とは言ったもので、アイツみたいなポジティブさに頼ってみるか。

「そうだ。まだ1日は長い。24時間ある内のたった20分じゃないか。」

そう思うと確かに気が楽になった。皮肉にもアイツのおかげと言うのを除けば。

「いや、これでプラマイゼロ。だな。」

テーブルに置いてある親から貰った竜の人形が付いた鍵と中身がカラフルで外側が黒い折りたたみ財布を握り聖域を後にした。


ミーンミンミンミンミン。

ピロロロロロ〜。

コツコツコツ。

サァーー。

色んな音が重なり合い野生のオーケストラと表現するのが適切だと静かに頷いた。

「しかしあちぃなぁ。」

動けるものならば動いてみよっ!と言わんばかりの太陽はいつもより近く感じ、これも知人のせいだ!という事で納得させた。ならば負ける訳にはいかない。

焦げ緑色の半袖Tシャツとジーンズのハーフパンツ、靴は二足で58円の青く透けている健康サンダルを履き、パタパタと近くのコンビニへと向かい始めた。

歩き始めると思いのほか夏の風が心地いい。

右を見ると広大な田んぼがあり、まるで海賊達の埋めた金銀財宝が芽を出したのかと黄金にイネ達が輝いている。

なんといっても夏の良さはこの香りだ。雑草やイネ、土、川達が散々に照りつける太陽光に晒され、元気になっていく匂いがする。

端的に言えばワクワクする匂いと言えるかな。

この国の良さは四季折々の香りがしっかりと際立っている事だ。

特に夏はなんでも出来るような気分にさせてくれる。

笑顔がほころび、目線をさらに奥へやると山が見えた。

「仁王山かぁ。」

田んぼの奥には小さな住宅街が肩身狭く連なっている。そのさらに向こう側に待ち受けている山こそが仁王山だ。

「…。」

今はなんでも出来そうな気分。

そう言えば大学時代の「砂の城天下統一戦」(発案者は知人)以来まともに夏を満喫していないな。

今年で23歳。

青春は終わったと思えたが、社会人一年目の今こそ。本当の青春が訪れるのではないか?と気分が高揚した。


prrr。

「知人だよ。さっきぶりだねぇナルナル。」

「なぁ知人。やっぱりさっきの仁王山のやつ。俺も行っていいかな。」

驚くかな?とか皮肉を言われるかな?と思った。でもやっぱりこの世前知人という男。普遍的な人達とは一味も二味も違うのを再認識した。

「あはは何を言ってるんだい?一週間も前から二人で行くってもう実行委員に予約していたんだよ。せっかくの夏休みさ!二人で謳歌おうかしようじゃないかっ!」

コイツは本当に飽きないやつだ。

「あ、そう言えばナルナルの近くにあったコンビニって潰れて老人ホームに扮したCIAの日本支部になったんだってね!」

「……。」ピッ。


夏とはいつもと比べて少し刺激的な冒険をするものなのかも。


そう思わないかい?


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