魔王様
カルルの前に姿を現したのは、黒いローブを纏った中年の男性だった。
青い肌に赤い瞳。首からは黄金のドクロの首飾りを下げており、頭部から生えた2本の黒い角が、鋭い先端を天に向けている。
身長はカルルの3倍以上はある。ローブを介してもなお見える程に屈強な体躯をしているが、そのくせ表情はどこまでも柔和で、優し気だった。
カルルが、表情を引き攣らせながら僅かに後ずさりをすると、中年の男性は、悄然とした様子でこちらへ近づいてきた。
「君には、2つ程謝らなきゃいけないね。まず、不用意に君を怖がらせちゃったこと。実は負われてる身でね、ちょっと神経質になってたみたいだったよ。ゴメ・・・」
「それ以上近づくな」
カルルが咎めるように言い放つと、その中年の男性はピタリと足を止めた。
男の方はどうだか知らないが、少なくともカルルは警戒を一切解いていない。
そもそも、こんな時に誰かを信用する方が無理がある。相手は明らかに人外であり、何を考えているのか全く分からない得体の知れない存在だ。
最も、人間だとしても信用するに値しないが。
ここで「そうですか、では仲直りしましょう」と、ノコノコと近づく奴がいたとしたら、それはバカか能無しか、脳が欠損した障害者のどれかだろうと思っている。
長年引きこもっていたカルルにとって、信じられる存在は自分と、自分が造ったゴーレムだけだ。
襲撃した時に知ったが、眼前の男は一撃でゴーレムを破壊するだけのパワーがある。何かの拍子に再び戦闘になったとして、カルルでは間違いなく敵わない。
「・・・まだ信用してくれないのかな?分かったよ。じゃあ、2つめの謝罪なんだけど、君の造ったゴーレム?だっけ?実は私が壊してしまったんだ。造るのは大変だっただろうに・・・申し訳ないね」
そう言うが早く、男は金のドクロの首飾りを掴むと、力任せに引き千切った。
それから、カルルに向かって首飾りを優しく投擲すると、彼女をかばうように直立している、1体のゴーレムの爪先に当たり、雪の中に埋まった。
「弁償させてほしい。そのネックレスを街に持っていけば、それなりの値段で売れるはずだよ」
雪に埋まった首飾りを凝視する。
ゴーレムの錬成に金などかかっていない。それに、金ならカルルの魔法でいくらでも生成できる。別に欲しくは無いが、ここで突き返すことも出来る。
だが、相手が逆上して襲い掛かってきたら間違いなく殺されることは目に見えていた。
暫くの黙考の後、カルルは首飾りをそのままに、顔を上げて男に質問をした。
「アタシからの質問だ。アンタは誰だ?何でこんなところでうろついてる?」
「名前はアゴールだよ。魔族の長・・・ちょっと気が引けるけど、魔族達からは魔王って呼ばれてるんだよ」
「・・・魔王?」
「そうだよ。人間達からはあんまり良く思われてないらしいね」
魔王。その言葉にカルルは聞き覚えがあった。
カルルの住む世界では、冒険者という職業が存在する。
主に、街の外に出現するモンスターを退治したり、人々の仕事の手伝い等で生計を立てる人々のことで、いわゆる「何でも屋」のような職業だ。
そんな冒険者の、誰もが追い求める最終目標が魔王の討伐だ。
もし倒すことが出来れば、膨大な富と名声が与えられ、悠々自適で退廃的な暮らしが保障される。
そんな魔王が、何故こんなところにいるのか。
カルルが疑問を口にする前に、アゴールと名乗った男性の言葉をふと思い出した。
「そういやさっき、追われてるとか言ってたな?こんな辺鄙な場所にいんのは・・・もしや、冒険者から必死こいて逃げて来たからか?」
「その通りだよ・・・魔族の皆は殆ど殺されて、後は私と娘だけが生き残ったんだ・・・私も冒険者達の攻撃を受けてね・・・もう数分と持たないんじゃないかな・・・」
そう言いつつ、アゴールはローブをたくし上げた。
鍛え上げられた肉体には、おびただしい数の切れ込みが走っていた。それぞれの傷口には黒い血が滲んでいる。
「ダメージを受け過ぎた・・・」
「そうか。そりゃあ大変だな」
カルルがパチンと指を鳴らすと、前方の1体のウッドゴーレムがカルルを抱きかかえた。
丁度、お姫様だっこのような体勢で持ち上げられる。
「ゴーレムを壊したことは大目に見るよ。だけど、アンタの問題はアタシには関係ない」
「取り引きをしないかい・・・?」
アゴールがそう言った。
「君は、お金は欲しくないかい?莫大な富を渡したら、私の言うことを1つだけ信じてくれるかい?」
「・・・」
ウッドゴーレムに停止するよう命令する。
「私のことを信じてくれなくてもいい。だけど、これから話すのは対等な取引だ。君は絶対に損をしない話だよ・・・」
人間嫌いの魔法使い フリーズドライ @freezedry
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