久しぶりの外出
玄関から出ると、カルルの前には一面の雪景色が飛び込んできた。地面は真っ白な雪でコーティングされ、鋭くそびえ立つ針葉樹林にも大量の雪が積もっている。
今は、季節で言うところの初秋なのだが、カルルの自宅周辺の地帯は一年中を通して寒く、真冬になると、家がスッポリと降雪で埋まってしまう程である。
カルルは、自分の肩を抱いて顔をしかめた。小さな子どもであれば、この雪景色に歓喜し騒ぎ立てるのだろう。だが、カルルはそこまで子どもではない。単純に寒さが辛く、僅かに後ずさりした。
外は寒い。5年も引きこもっていたせいで、そのような常識さえもすっかり忘れていた。
両膝をガクガクと震わせつつ、ぎこちない足取りで前に3歩程歩きーーーそれからペタンと座り込んだまま動けなくなった。
体力の衰えを痛感し、寒さとはこうも辛いものだったのかと再認識した。このまま歩いて街に行くことは、カルルの体では不可能だ。魔法で全身を暖めてはいるが、自然の寒さの前には焼け石に水だ。
カルルは、閉まりの悪い引き戸のように、ゆっくりと首を回して周囲を伺った。
ソリのような乗り物でもあれば移動も楽になるのだが、そう都合よく落ちているはずもなく、だったら偶然馬や魔物が通りかからないかと考えたものの、その淡い期待は呆気なく霧散した。
手の届きそうなところにある物と言えば、大量の雪と一本の針葉樹だけだ。
少しの間黙考した後、カルルはおもむろに針葉樹に触れた。
その瞬間、触れた針葉樹が突然形を変え始めた。ガリガリという音を立てながら凄まじい早さで削られていく。木屑がカルルの頭に大量に降り注ぐが、彼女は気にも留めていない。
10秒も経たないうちに、腕にあたるパーツが左右1本ずつ生えて、同時に足になるであろう、やや太めのパーツが出来上がった。
胴体にあたる箇所が形作られ、滑らかな流線を描く楕円の頭部を最後に、人型のそれは完成した。
全長は2メートル程。腕や腰、手の指に至るまで関節が取り付けられているので、自在に曲げることが出来る。美術のデッサンの練習に使われそうな外見をしている。
完成したのは、カルルの魔法で作り出されたゴーレムである。普段からこのようにしてゴーレムを錬成し、家事等をやらせている。
木を原料に造ったため、カルルは「ウッド・ゴーレム」と個人的に呼んでいる。
「・・・背中に乗せろ」
一言そう命令すると、ウッドゴーレムはカルルに背を向け腰を落とした。カルルが背中に飛び乗り、その木製の両腕でカルルの尻を支えてゆっくりと立ち上がる。
ゴーレムには感情がない。言葉を発することは愚か、自ら考える能さえも無い。しかし、創造主の命令であれば従順に従う。
買出しに行かせることも出来るし、たとえ「壊れろ」と命令しても躊躇いを見せることなく自らの体を粉砕する。
非常に、と形容する程に愚直ではあるが、裏を返せば、人間と違ってゴーレムは使い勝手が良い。カルルはそう思っている。
「アタシが止まれと言うまで歩け。アタシを落とさないように気を付けながらな」
再び命令すると、ウッドゴーレムは足元の雪を掻き分けながら前に進んでいった。
暫く進むと、見覚えのある何かの断片が目に映った。
ウッドゴーレムに「止まれ」と命令すると、カルルはその断片を見下ろした。
木材で作られたゴーレムの腕だった。どういう訳か、そのパーツのみが雪に埋もれている。
買出しに行かせたゴーレムの両腕には、自分が造ったことが一目で分かるようにバツ印を刻んでおいた。眼下にある腕にはバツ印が刻まれている。つまり、カルルの造ったゴーレムに間違い無い。
露骨に舌打ちをした。帰宅途中に、恐らく冒険者の襲撃に遭って壊されてしまったのだろう。
奥を見ると、そのゴーレムの残骸が無造作に散らばっているのが確認出来た。ゴーレムの生成自体に大した労力はかからない。だが、破壊されたことで何時間も待ちぼうけをくらった挙句、酷い空腹感に苛まれることになったのだ。
誰がやったのか知らないが、随分とふざけたことをしてくれるものだ。八つ当たりにも、自分を背負っているゴーレムの頭を叩こうと拳をーーー
「・・・ん?」
片腕を振り上げたまま、カルルは硬直した。
今、黒くて大きな何かが視界の隅をよぎったような気がする。
憤りや空腹感を忘れ、眉を潜めて周囲を見回す。
ガサッ
左側から突然の物音。音に反応して首を動かすと、針葉樹が僅かに揺れていた。
「・・・」
ローブのポケットから小石を数個取り出した。ウッドゴーレムを生成している途中で拾っておいたものだ。
勢いよく宙に向かって放り投げる。石は、空中でそれぞれ削り取られ、簡易的ではあるが手の平サイズの人型に変形して地面に着地した。小さいが、これらも列記としたゴーレムである。
素材は石であるため、カルルは「ストーン・ゴーレム」と呼称している。
「あの木を取り囲みながら進め。怪しい奴がいたらアタシに合図しろ」
木を指さしてストーン・ゴーレム達に命令する。ストーン・ゴーレム達は、一目散に手前の針葉樹に向かっていった。
すると、一体が手足をバタつかせながらカルルに合図した。案の定、何者かがいるようだ。
カルルの憶測ではあるが、黒い影の正体は、ゴーレムを破壊した張本人であるような気がした。ウッドゴーレムに、忍び足で進むよう命令して少しずつ近づいていく。
近づくにつれ、キラリと光る赤い宝石が見えた。
その時、カルルの体勢が予兆も無く崩れた。そのまま仰向けに倒れ背中を強く打った。あまりにも突然のことに、受け身を取ることさえも出来なかった。
雪まみれになった背中を何とか起こす。見ると、ウッドゴーレムの左足が焼き切られていた。全く見えなかったが、魔法による攻撃を受けたのだろう。
カルルは命の危機を覚えた。
「ストーン・ゴーレム!そいつを殺せ!」
大声で命令する。ストーン・ゴーレムが一斉に飛び掛かるが、瞬く間に空中で全て砕かれ再起不能にされていく。呆然と眺めている間にも、カルルが生成したゴーレムは全て残骸と化した。
寒さもあるが、何よりも眼前の惨状に全身が震えた。ゴーレムは、その形状だけでなく、その体にカルルの魔力を大量に含んでいる。ウッド・ゴーレムでさえも、魔力の補正によって鉄塊以上の耐久力を実現し、ストーン・ゴーレムに至っては鋼にも劣らない堅さがあるのだ。
それを、羽毛を破くがごとく一瞬で壊されていくーーー
早く逃げなければ。カルルの脳に警鐘が鳴り響いた。このままでは殺されてしまう。
両膝には力が入らない。上半身を起こし、腕で雪を掻き分けながら来た道を戻る。
「待ってほしい・・・」
背後から声がした。年季の入った低い男性の声だ。ゴーレムを容易く砕いた張本人だろう。
止まるわけにはいかない。急いで身を潜められる場所に隠れてやり過ごさなければ。
「君は冒険者ではないね・・・?私には分かるんだ。君の命を奪うことも、痛ぶるようなこともしないよ・・・」
針葉樹に次々と触れてゴーレムを生成していく。カルルは、それらに自分のことを守るように命令すると、脱兎のごとくゴーレム達の背後に隠れた。
「私を殺すつもりじゃないんだよね?でも、君は怒っている。君の手で作り上げたゴーレムを壊されたことに対して強い憤りを覚えている・・・違うかい?」
「・・・アンタ誰だ?買い物に行かせた、アタシのゴーレムをぶっ壊したのはアンタなのか?」
「質問には答えるよ。でも、まずはこちらに来てほしい・・・話はそれからだよ」
穏やかな口調だ。殺してやろうという、憎しみや怒りを声音からは全く感じない。しかし、カルルを騙そうとしている可能性はゼロではない。彼女は、一度殺そうとしたのだ。憎まない訳がない。
「いや・・・アンタからだ。まずはアンタが針葉樹の裏から体を見せろ。そしたら信用してやる」
暫くの沈黙。長く張り詰めた緊張が辺りを支配した。
不意に、長い溜息が聞こえた。
「分かった・・・でも、驚かないでほしい。それだけは約束してね」
奥にいる男が、ゆっくりとした動きで針葉樹の陰から姿を現した。
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