人間嫌いの魔法使い

フリーズドライ

プロローグ

 

 自宅の柱時計を見ると、時刻は午後の2時を回っていた。 


 静まり返った自室では、時を等間隔で刻む時計の振り子と、暖炉内の燃え盛る薪の小気味良い音がよく響く。

 

 遅過ぎる。


 カルル・カンタレラは、力無く自室の机にもたれかかっていた。


 年齢は15歳。華奢な体躯の少女だ。栗毛色の髪を首元まで下げ、飾り気の無い真っ黒なローブを纏っている。


 彼女は魔法使いだ。火を起こしたり、遠くに置いてある物を念動力で動かすことは容易く行える。その中でも、錬成魔法ーーーゴーレムと呼ばれる、全自動で動く人形のようなものを造り出すことを得意とする。


 今朝の9時頃に、カルルは自ら生成したゴーレムに、街に買い物へと向かわせた。様々な日用品が足りなくなっていたということもあるが、何よりも食料が朝食用のパンを最後に全て尽きてしまったため、急遽街に行かせた。


 ---だが。


 「何で戻ってこねえんだ・・・」

 

 カルルが呟くと共に、彼女の腹から素っ頓狂な高い音が響いた。昼食の時間はとっくに過ぎているため、どうしても空腹を感じずにはいられなかった。


 ゴーレムは、主であるカルルの命令であれば、愚直と言える程素直に従う。買出しを命令したのもこれが初めてではなく、いつもならば3時間以内には大量の買い物袋を両手に下げて戻ってくる。


 それだというのに、今日はどういう訳か帰りが異様に遅い。向かわせた街は、カルルの自宅から決して遠く無い距離にある。自宅から真っ直ぐ歩いて1時間もすれば辿り着く。


 往復で2時間。買い物に1時間かけたとして、午後の12時前後には帰ってくるはずだと思っていた。ところが、戻ってくる気配が全く無い。


 12時を過ぎた辺りに、カルルは別のゴーレムを生成して様子を見に行かせたが、そのゴーレムさえもまだ帰ってこない。


 こんなことは初めてだ。ゴーレムは、人間と違って寄り道をすることはないし、そう言ったことに頭は回らない。だからと言って、道を間違い彷徨うというマヌケな失態を犯すことは絶対にあり得ない。


 となれば、何か面倒なことに巻き込まれたのかもしれない。思い返えば、最近になってから自宅周辺の針葉樹林に人間が出入りするのを窓から頻繁に見かけるようになった。重厚な鎧を纏い、一振りの巨大な剣を楽しそうに振り回していた。恐らくは、魔物を一方的に狩って生計を立てる者ーーー通称、冒険者と呼ばれる人間だろう。

 

 カルルは、樹林の奥深くに魔法を駆使して自宅を建設した。というのも、彼女自身人をあまり好まない。そのため、彼らとの交流を極力避けることを何よりの目的として建設する場所を選んだのだ。


 それに、カルルの自宅の周囲には、多数の獰猛な魔物が多数生息している。迂闊には人は近寄れず、そこそこの経験のある冒険者であっても、この辺の魔物と対峙して勝利を収めることは難儀である。だから、滅多寄り付くことは無いはずなのだ。


 それだというのに、自宅周辺で人を高頻度で見かけるようになった。どういうことなのだろうか。長い時間が経過し、手練れの冒険者が増えてきたのだろうか。


 そんな冒険者が、帰宅途中のゴーレムを敵だと誤解して破壊したのかもしれない。


 冒険者に対する憤りはあるが、カルルにとって、ひとまず己の空腹事情を解決することが今は優先される。このままでは飢えて死んでしまいそうだ。


 不本意だが。


 カルルは、暖炉の炎を魔法で揉み消すと、ゆっくりと上半身を持ち上げフラフラと玄関に向かった。


 久々の外出だ。かれこれ5年は引き籠っていたので、上手く足を動かせるだろうか。

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