後日談

 あれから数か月が経った。私の日常に別段変わりはない。

 今日だって朝早くに目覚まし時計に叩き起こされ、渋々職場の中学校へと出勤する。

丸一日分の無断欠勤はそりゃ途轍もなく怒られたが、どうにか免職はせずに済んだ。

 もしかしたら予めネコミミ保護協会が手回しをしてくれていたのかもしれないが、それはともかくとして、私の教師のままの生活は続くことになった。

 友人の沼崎も、友人の形見で大切な家族だったサチが死んでいなくなっても、私の生活は通常通り、何の滞りもなく現在まで進行している。

 最初の頃こそまだまだ悲観に暮れている時期もあったが、今やあの夜のことを思い出しても涙の一滴も目頭から溢れてこない。

 思えばサチが消えたところで、私の日常はサチを飼う以前の状態に戻っただけだったのかもしれない。それでも喪失感は残ったし、心の真ん中に穴が開いたような不快感はあったが、でもやはり、日々に漂う憂鬱によって、そんな感覚も紛れて掻き消されてしまった。

 あの夜のことを警察に通報したこともない。何となく、通報したところで警察はこの件に取り合わないだろうと思ったし、色々と訊かれるのが面倒だと思ったからだった。

 結局のところ、あの連続ネコミミ強姦殺害事件の犯人だったのは湯川春斗だったのか、あのネコミミ喫茶の店員だったのかは、私にはわからない。

 普通に考えてサチを殺していた店員の方が犯人だったかもしれないが、それだったらなぜ、ネコミミ保護協会が私の通報を鵜呑みにして湯川春斗を処分したのかがわからない。

 もしかしたら二人ともかもしれない。二人とも犯人だった。正確にはまるで同一人物のように報じられていたが、その実、偶然同時期に同じ街で発生した異常犯罪者二人が切磋琢磨して競うようにネコミミを犯して殺していたのかもしれない。

 そんなご都合主義の偶然があるものかと思う。しかし、どう頭を働かせたところで真実を知るのはネコミミ保護協会だけだ。それに、今の私には真実なんかどうでもいい。いいや、むしろ邪魔だ。これからもくだらない毎日を送るには、余計なことなのだ。

 ネコミミ保護協会には一度電話をかけたが、繋がらなくなっていた。

 佐村さんとはまだ再開していない。同じ街に住んでいるはずだからいつかばったりどこかで会うだろうと思っていたが、もしや佐村さんはこの近くにはいないのかもしれない。

 まぁそれはそれでいい。むしろそれでいい。

 あの夜のことについて、私は何一つ知らなかった。それでいい。

 サチは勝手に逃げ出して行方不明になった。それでいい。

 私がその晩の翌日に無断欠勤をしたのはサチを探し回っていたから。それでいい――それでいいのだ。

 車での出勤の道中、道端で轢かれて死んだネコミミを見つけ、いつも通り平和なのを確認し、学校に到着すれば職員室に荷物を置き、そして今日もホームルーム開始のチャイムが鳴る数分前、私は受け持ちのクラスの教室のドアの前に立つ。

 教室の中からは生徒たちの嫌になるくらい騒がしい声。

 明日も明後日も明々後日も来年も、ずっとこんな感じなのだろう。毎日も、私も、ずっとこのままなのだろう。

 友人が死んでも、家族が死んでも、日常はどこまでも、どこまでも終わりなく続き、異常だったことが平常になり、慣れるわけないと思っていたことでも気づけば慣れ、忘れられないようなことも忘れ、死ぬまで続くのだ。生きている限り続くのだ。

 道端で何かが死んでも、身近な誰かが死んでも、大事な何かが消えても――。

 それは変なことではなくて、異常なことではなくて、平凡で、そして平穏なこと。

 すーっと溜息を吐いて、チャイムが鳴ると同時にドアを開ける。

「ほら、ホームルームだ! みんな席に着け!」

 生徒の気だるげな「えぇーっ」が、改めて今日が平和であることを告げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネコミミ すごろく @hayamaru001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ