第16話
我に返ったとき、私は黒いジャンパーを着た男の上で馬乗りになっていた。
その男の顔は誰かにぼこぼこに殴られて真っ赤に腫れ上がり、所々青痣ができていた。
その殴った誰かが自分であることを、両拳の鈍い痛みと腫れが語っていた。
しかし殴ったことよりも何よりも、私はその男が顔見知りの人物であることに驚きを禁じ得なかった。湯川春斗ではない。湯川春斗ではなくて、そう、名前は知らないが――。
「――――ネコミミ喫茶の――店員?」
それはよく沼崎とともに通っていたネコミミ喫茶の、眼鏡をかけた男性店員だった。
「おい、おまえが――おまえが何でここにいるんだ?」
身体を揺すって訊ねてみても、ネコミミ喫茶の店員は泡を吹いて気絶しているため、ウンともスンとも言わなかった。
そうだ、サチ。サチは? サチはどうした?
私はネコミミ喫茶の店員の身体の上から降り、横たわっているネコミミの影に近づいた。
その影は案の定サチだった。ただ、すでに私の知っているサチではなくなっていた。
「おい・・・・・・嘘だろ・・・・・・」
そこに転がっていたのは、サチの抜け殻、死骸だった。
呼吸を確かめても息をしていない。脈を確かめても一度の鼓動もない。何よりも肌は血色が悪く、土色で、そして氷のように冷たかった。明らかに、どうしようもなく死んでいた。
しかし私は認められなかった。認めたくなかった。
そんな――サチが――サチが死ぬなんて――そんな――――。
「起きろ、サチ。私だぞ、私が帰ってきたぞ。腹空いてるだろ?飯の時間だぞ、起きろサチ」
どれだけ揺すってもサチが目覚める気配はない。死の臭いが漂っているだけだ。
サチの死骸の首に人の手形が二つくっきりと染み付いている。首を絞めて殺されたということか? そのあとに犯された、つまりは屍姦? 屍姦されたのか、サチは? ネコミミなのに、人間ではないのに。誰に? こいつにか? この男にか?
私は改めて気絶している男に目を向ける。憎悪と嫌悪と殺意を込めた目を向けて。
――――殺してやる。ズタボロに殺してやる。
私は拳を握りしめ、男に飛びかかった。が、後頭部に衝撃が走り、すぐに意識は暗転した。
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