第15話

 その日は夜中の七時まで学校に居残っていた。

 テストの採点を一気に終わらせようとしたら、こんな時間になってしまった。

 慌てて家路を走った。サチが私の帰りを寂しく待っているはずだった。

 自宅に到着し、玄関のドアノブを捻ったとき、異変に気付いた。

 鍵が――かかっていなかった。

 可笑しい。ちゃんと鍵は閉めて出かけたはずだ。それはきちんと記憶にある。

 それではなぜ鍵が開いているのか?緊張感が私の背筋を貫いた。

 不安感にびくびくしながらドアを開ける。真っ暗な空間が広がっている。

 電気を点ける。またしても異変に気付く。

 リビングに通じているドアが、ぱたぱたと開いたり閉じたりを不規則に繰り返している。

 ポルターガイストとかそんなオカルトの類のものではない。これは風だ。どこかの窓が開いていて室内に風が流れ込んできたり、逆に室内から風が流れだしたりしているのだ。そしてその風が流れ込んできている窓は、あのドアが動きからしてリビングの窓だった。

 私は恐怖心を押さえつけて、抜け足差し足でぱたぱた揺れるリビングのドアに近寄っていく。

 今すぐ逃げたいが、逃げる前にサチの安否を確認しなければならない。

 その不思議な義務感だけが私にリビングのドアを開かせた。

 そして私はその先に広がる光景を目にした。戦慄を飛び越え、凍った。

 初めは何が起こっているのか認識できなかった。いや、脳が認識を拒否していた。

 風がびゅーびゅーと耳元に吹き抜ける。視界がぼやけては鮮明になるのを繰り返す。

 今目の前の光景を一言で説明するなら、地獄だった。少なくとも私にとっては。

 引き出しや押し入れから氾濫した日用品や洋服、中途半端に開いた窓、そこから流れ込む風、その部屋の真ん中、リビングの中心に、月明かりに照らされる、二人分の人影。

 いや正確には――――人間一人とネコミミ一匹の影。

 その影は重なっていた。人間がネコミミの上に覆い被さる形で。

 何やってるんだっ、という怒鳴り声すら出なかった。身体のどこも寸分も動かなかった。

 ネコミミの影も動かなかった。それに対して、人間の影はよく動いた。腰を激しく上下に振っているように見えた。

 そして人間の影も動きを止めた。どうやら固まっている私を見つけたようだった。

 睨み合い、なのだろうか。人影はこちらを向いたまま動かない。私は動けない。暗くて表情はわからない。

 すると唐突に人影が駆けだした。動かないネコミミの影は放置して、中途半端に開いた窓に向かって。逃げようとしてるのだと気づいたとき、私も駆け出していた。

 それからしばらくの間、意識も記憶も途切れた。

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