第14話

 それから数日後、学校の職員室に湯川春斗の母親から電話がかかってきた。

 私が出ると、湯川春斗の母親は私の鼓膜が裂けそうなほど大声で怒鳴り散らした。

『おまえっ! 春斗をどこへやったっ!』

 ノイズだらけで聞き取りづらかったが、湯川春斗の母親は確かにそう叫んでいた。

「どこへやったとはどういうことです? いなくなったんんですか?」

『とぼけやがって。おまえが春斗をどこかへ攫ったんだろ?』

「何のことですか? 私はあの訪問以来、春斗くんとは会っていません」

 嘘だった。嘘だったが、本当のことを言って疑われるのも癪だった。

『じゃあ春斗は一体どこに行ったっていうのよっ!』

「わかりません。少なくとも学校には来ていません」

『あんた担任教師でしょうが! そんな薄情な――』

「薄情も何も、担任教師でもわからないものはわからないし、知らないことは知りません」

『何をいけしゃあしゃあと――』

「警察に届けられては? 今の私にはそれしかお伝えできません」

 これ以上の対応が面倒だったから、私は強引に電話を切った。しばらく引っ切り無しに電話のベルは鳴ったが、じきに止んだ。

 教頭に呼び出され、数名の教師たちと臨時会議を開いたが、結局「学校側は何もできないので様子を見る」という無難な結論に落ち着いた。

 湯川春斗の母親は湯川春斗の失踪を警察に届け出たようだが、湯川春斗は一週間経っても二週間経っても発見されなかった。

 同時にネコミミ強姦殺害事件が途絶えた。あれだけ騒がれていたのが嘘のように、ぴったりと、初めからなかったように一件も起こらなくなった。

 やはり湯川春斗が犯人だったのだと、私の確信が正しかったことを知った。

 そして瞬間に正真正銘の安心感と安堵感が胸の内に押し寄せてきた。

 これでもう心配しなくていいのだ。サチの命が奪われる心配をしなくていいのだ。

 肩の荷が一気に下りて、どっと疲労感も出てきたが、それはむしろ心地良かった。

 あとこれは後日談だが、自分の受け持ちのクラスの生徒たちに、一応同級生だからと湯川春斗の失踪のことを伝えたが、元から不登校でいないも同然のやつが家からいなくなってもどうとも思うやつはおらず、騒ぎにすらならなかった。

 かくして私とサチとのくだらない平穏な日常は戻ってきた。

 毎朝憂鬱な気分で起きて出勤し、教師という七面倒臭い仕事をし、帰宅してサチを愛でる。

 そんな予定調和の日々が帰ってきた――――と思っていたのに。

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