第12話

 数日しても連続ネコミミ強姦殺害犯は逮捕されなかった。

 事件が起きなくなったわけではない。数日のうちに、二匹野良のネコミミが犯され、殺された。

 今や学校中の生徒の話題がそのネコミミ殺害犯のことで持ち切りだった。

 大した事件なんて滅多に起きないような平和な街だから、そんな異常な犯罪者が現れたことに、普段の日常に退屈している生徒たちは興奮を隠し切れないようだった。

 私たち教師はといえば、まぁ別段変わったところも変わるようなところもない。

 ホームルームも授業もいつも通り。書類作成や小うるさい保護者への対応もいつも通り。

 初めは心のどこかで今回の一連の事件の魔の手はサチにも及ぶのではないかとビクビクし、仕事が終わればすぐに飛んで帰っていたが、呆気に取られるほど何も変わらない毎日に、自分の心配もただの杞憂だったのだろうと思うようになった。

 結局、私も生徒たちと同様に浮かれていたのだ。柄にもなく何かを守ろうなんて変な使命感を持ってみたり、何かの物語の主人公になったような気分を味わってみたり、そんな風に浮かれていただけだ。

 蓋を開ければ何てことはない。しょせんは、私とは遠い事件だ。

 そう思っていた矢先、久々に意外な人物と再会した。

「あれ? あなたもしかして斉藤さんですか?」

 減ってきたサチの餌を買い足すために来店したペットショップで、そう声をかけられた。

「そうですけど」と振り返ると、見覚えのある初老の男性がにこにこ笑っていた。

「――佐村さん? あのネコミミ喫茶の喫煙所でよくご一緒した佐村さんですか?」

「そうですそうです」と佐村さんは嬉しそうに頷いた。

「奇遇ですね、こんなところで出会うなんて」

「佐村さんもお買い物ですか?」

「えぇ、家族で来てましたね。今みんなネコミミコーナーで仔ネコミミを見てるんですよ。飼うわけでもないし、うちに飼ってるネコミミの餌を買いに来ただけなんですけどね」

「私もうちで飼ってるネコミミの餌を買いに」

「おや? 斉藤さん、ネコミミ飼ってらっしゃったんですか?」

「いえ、その――つい最近飼い始めたんです」

 友人の沼崎が死んだことは伝えるべきかどうか迷ったが、しょせんはそんなに仲が良いわけでもない赤の他人だし、変に気を使わせてしまっても悪いから黙っておいた。

「そうだ、これからそこの喫煙所で一服どうです。久しぶりにお話ししたいと思いまして。家族はたぶんもうしばらく仔ネコミミを見ていると思いますし、斉藤さんの都合が合えば」

「いいですよ、私も忙しいわけではないですしね」

 私は佐村さんの誘いに乗り、ペットショップの喫煙所の中で二人並んで煙草を吸った。

 狭い喫煙所には私と佐村さん以外、誰もいなかった。

「喫煙への圧力が強くなってきたから、煙草をやめる人が多くなったんでしょうねぇ」

 佐村さんがふーっと煙を吐きながら、どこかしみじみとした調子で言った。

「じつは私も、最近は煙草あんまり吸っていなかったんですよ」

「へぇ、どうして?」

「ネコミミを飼い始めて、その――自然と手が伸びなくなったというか」

 それは本当だった。サチを飼い始めてから、煙草を吸いたくなくなった。

 サチが煙草代わりになっているというのもあるだろうし、単純にサチの身体のために煙草をやめようという意思が働いたというのもあった。

 とにかく最近は、めっきり煙草を吸っていなかった。そのせいか、久しぶりに吸った煙草の味はひたすら苦く、不味かった。

「あらら、それならお誘いしない方が良かったかな」

「いやいや大丈夫です。私も久々に佐村さんと再会できて嬉しかったので」

「こんな老いぼれに対してそんなことを言ってくれるとは、とても嬉しいです」

「やだな、まだ老いぼれなんて歳ではないじゃないですか」

「ははは、そういうこと言ってくれるのは斉藤さんくらいなものですよ!」

 私と佐村さんは笑い合い、そして次の言葉が思いつかず互いに黙って煙草を吸った。

「――ところで、最近この近くにも物騒な事件がありますね」

 そう口を開いたのは佐村さんだった。

「あぁ、連続ネコミミ強姦殺害事件ですか? ニュースでもしょっちゅう報道されてる」

「それです。まだ犯人捕まってないみたいで、本当に怖いですよね」

「でもまぁ、私たちは関係ないと思いますよ」

「なぜそう思うんですか?」

「だってニュースの中のことがそう簡単に身に降りかかったりはしませんよ」

「さぁ、どうでしょうか? そうも言い切れないと思いますが」

「というと?」

「テレビの向こう側のことだと侮っていたら痛い目を見るってことです。ましてやその事件はこの近くで起こっていることなんですよ? 危機感ぐらいは持っておいた方が良いかと」

「まぁ、それもそうですね」

 佐村さんに諭されて納得し、私は反省した素振りで同意した。

 しかし、やはり遠いことであるような感覚は拭えなかった。

「それからこの事件、妙な噂が囁かれていることは知ってますか?」

「妙な噂? どんな?」

「警察とは別に、ネコミミ保護協会の連中が今回の事件の犯人を捜索しているっていう噂」

「は? 何ですかそれ?」

「何でも、警察よりも早く犯人の身柄を拘束しようとしてるそうですよ」

「ちょっと待ってください。ネコミミ保護協会って民間団体ですよね?」

「そうですね」

「つまり民間団体が、国の公共機関である警察を出し抜こうとしてるってことですか?」

「そういうことになりますね」

「あっさり言ってますけど、何気に無茶苦茶なことじゃないですか?」

「だから噂なんですよ。何の根拠も証拠もないから噂なんです」

「大体、何のために犯人の身柄を警察よりも早く拘束するんですか?」

「処刑するんだそうですよ」

「はい?」

「犯人を自分たちの手で処刑するんだそうです」

 処刑という耳馴染みのない単語が脳に飛び込んできて、返事がだいぶ遅れた。

「ネコミミ保護協会は確かにカルト宗教に似た匂いのする民間団体だって、ネットでもテレビでも言われてますけど、まさかそこまで過激な団体なんてことは――」

「まぁまぁ、ただの根も葉もない噂ですから。面白半分に聞くのが一番ですよ」

「そ、そうですよね。ただの噂ですもんね」

「そうですそうです、噂です。でもね、この噂にはある裏付けがありましてね――」

「裏付け?」

「今回の連続ネコミミ強姦殺害事件にも、じつは前例があるってご存知ですか?」

「生徒がそんなこと言ってましたね。この事件には前例があって、これと似たような犯罪をした犯罪者が数人いるって話。あ、私、中学校の教師なんです」

「なるほど、先生でしたか。道理でしっかりなさってる」

「いえいえ、そんなことは――」

「その生徒さんはその犯罪者にどんな名前を上げていましたか?」

「えーっと、確かホーミンハーデスと野呂洋一という名前を聞いた気が――」

「二人ともこの手の事件の前例として真っ先に挙げられる犯罪者ですね」

「はぁ。ということはかなりの凶悪犯?」

「凶悪犯も凶悪犯、大凶悪犯ですよ」

 佐村さんは別に誰が聞いているわけでもないのに低く潜めた声を出す。

「まず野呂洋一の話をしますけど、こいつは日本で唯一のネコミミ強姦殺人犯と言われてましてね――いや今回の事件が起きたから日本で唯一ではなくなったんですが、とにかくちょっと前まではそんな風に言われていた男で、犯して殺したネコミミの数は三匹。一匹は野良でもう二匹は飼いネコミミだったっていうんですから驚きですよ。そういえば、今回の犯人はまだ野良しか殺してないらしいですね、これからどうなるかはわかりませんが――。まぁそれは置いといて、それでその野呂洋一は、自分がネコミミを犯して殺す姿をビデオに撮っていたそうですよ。裁判のときも、何か言いたいことはと訊かれて、あのビデオは宝物だから返してくれと抜かしたとか。いやはや末恐ろしい話ですよ」

 途端に饒舌になった佐村さんに私は面食らう。

 この人、こんなによく喋る人だったのか? というか、こういう話が好きなタイプの人だったのか。すごく喜々として喋っているから嫌いではなく好きだから話しているんだろうが。

 佐村さんは私が面食らっていることなんて知らんとばかりに話を続ける。

「そしてホーミンハーデス、こいつはこの手の事件の中でも大物中の大物――いえ、こんな言い方をしたら御幣があるかな? とにもかくにも有名なやつで、何と犯して殺したネコミミの数は百を超えるとか。とんでもない野郎ですよ。まぁ数値は概ねですけど、少なくとも数えきれない数であるのは確かなんですよ。しかもここだけの話、ホーミンはさらにネコミミを食ったとか。いやまぁ、ネコミミを食う習慣のある地域が中国なんかではあるらしいですから、それはそこまで変な話ではないんですけど。でも異常なやつであることは間違いないですよ。で、そんなやつはきっと警察に捕まったんだろうと思うでしょ? 思うでしょ?」

 佐村さんは私に迫るように訊ねてくる。圧倒された私はこくこくと頷かざるを得ない。

「それが捕まんなかったんですよ、こいつは」

「逃げおおせたと?」

「それとは微妙に違います。行方不明になったんですよ、ホーミンハーデスは。警察はホーミンハーデスの身元を割り出して、犯人だと目星をつけ、逮捕まであと少しのところだったそうですけど、そのギリギリのところでホーミンハーデスは行方不明になった」

「だからそれは逃げたってことじゃ――」

「ここからが、先程の噂の裏付けでしてね。いや、正確には噂の噂かな?」

「・・・・・・? どういうことですか?」

「ホーミンハーデスは消されたんじゃないかって」

「誰に?」

「だからさっきから話に登場させてる、ネコミミ保護協会に」

「消されたっていうのはどういう意味で?」

「言葉の通りですよ。この世界から抹殺されたってことです」

「何ですか、そのトンデモ陰謀論。根拠はあるんですか?」

「だから先程から噂だって言ってるじゃないですか。根拠なんかありませんよ」

「根拠もないのにそんな話――」

「信じられません? でもね、消されたって噂があるのはホーミンハーデスだけじゃない」

 佐村さんはぐいっと私との距離を詰めてくる。私はたじろぐ。

「さっき話に出した、野呂洋一もなんですよ」

「え? でも野呂洋一ってちゃんと警察に逮捕されたはずじゃ――」

「逮捕されましたよ。しかしね、以前のあなたがおしゃっていたように、人間の姿と同じ形をしているとはいえ、ネコミミもしょせん畜生だ。日本の法律で適応されるのは器物破損。何匹殺したって精々刑期は長くて五年。野呂洋一なんて言動が異常なわりにはたった三年の刑期で出所したんですよ。そんなの罪を償ったって言えますか? 言えませんよね? だから野呂洋一は裁かれた、ネコミミ保護協会に。現に野呂洋一は出所後、一週間も経たないうちに行方不明になってます。ネコミミ保護協会が連れ去ったんですよ」

「そんな荒唐無稽な――」

「だから噂だってね――」

 あぁ、ダメだ、このままではいつぞやテレビで見た議論と同じ、不毛な水掛け論だ。

「わかりましたよ、そういう噂があるんですよね。私は信じませんけどね!」

 少しつっけんどんな言い方になってしまった。

 佐村さんは「それでいい、それでいい」と謎の笑顔を浮かべて頷くだけだった。

「まぁ、ようは私が言いたいのは用心するのに越したことはないってことです」

「そんな話でしたっけ?」

「導入はそんな話だったでしょう」

 佐村さんはすっかり灰と化した煙草を灰皿に擦り潰す。

「さぁ、斉藤さんの煙草も灰になったでしょ、戻りましょうか」

 佐村さんに促されて、私は慌てて膝に落ちそうになっていた灰を灰皿に放り捨てた。

 結局のところ、久しぶりの顔見知りとの煙草は、妙な噂話を聞かされただけの結果になった。

何か釈然としない想いを残したまま、佐村さんとは別れた。

 佐村さんは十二分に仔ネコミミを堪能して満面の笑みの家族とともに、自身も満面の笑みを浮かべてペットショップを出ていった。その姿は先程までの頓珍漢な噂話を嬉しそうに捲し立てていた老人とはまるで別人のようだった。

 私はその後、サチの餌をまとめ買いしてペットショップを出た。

 別れ際、佐村さんからあるメモ用紙を渡された。

「これ、ネコミミ関係で何かあったときのために」

 そう言われて渡された。そのメモ用紙にはどこかの電話番号が書かれていた。

「これってどこの――?」

「ネコミミ保護協会の電話番号に決まってるでしょ?」

 私はもう面食らうのも億劫だった。そのメモ用紙と佐村さんの笑顔を交互に見比べる。

「――佐村さん、あなた何者なんですか?」

「何者って? どっからどう見ても、ただの冴えない初老のジジイですよ」

 佐村さんはそう言い残して、家族とともに帰っていったのだった。

「ただのジジイがこんなこと知ってるわけないだろ」と愚痴りながら家路につく。

 自宅に近づいてくると、自宅の前に誰かが立っているのに気付いた。

 遠目からは黒い服装を着ているように見え――ジャンパーか? 黒いジャンパー?

 一瞬ドキッと私の心臓は飛び上がる。黒いジャンパーといえば、今話題の連続ネコミミ強姦殺害犯の服装だ。まさか、サチを狙いに来たのか――。

 急ぐ気持ちとともに速足になる。近づくごとに胸の鼓動が耳元で大きくなっていく。

 そして黒いジャンパーを着たその人物に、数メートルのところまで接近した。

 そこまで来て、その人物が着ているのが黒いジャンパーではないことがわかった。それは紺色のジャンパーだった。遠目からはわかりづらかったが、近くで見ればわかった。

 案外早とちりだったかという安堵感とともに、無暗に人を疑ってしまったという罪悪感が湧いた。

 いや、しかしまだ安心できない。その人物は――恐らくその男は、なぜだか私の自宅の前で一歩も動かずにぼーっと立っているのだ。疑われても仕方ないほど怪しさ満点だ。

「あの、そこで何をしてらっしゃるんですか?」

 私は意を決し、声をかけた。襲ってくるかもしれないと少し身構える。

 紺色のジャンパーを着た人物は私の方を向く。やはり男で――なんと私の知っている人物だった。

 いや正確には――私が顔と名前だけは知っている人物だった。

「もしかして――湯川――湯川春斗、くん?君?」

 その人物――湯川春斗は無表情で静かに頷いた。

「ど、どうしたんだよ、こんなところで」

 驚きとクエッションマークで脳の中を占拠される。なぜ? なぜ湯川春斗が私の自宅の前に? 学校にも来ないような重度のひきこもりなのに。いや問題はそこではなく、なぜ私の自宅を知っている? というか私の自宅だとわかっててここに突っ立ってたのか? でも何でだ? 私の家だと知らなかったにしても、何でぼんやり他人の家の前で突っ立てるんだ?

 湯川春斗は私の混乱などどこ吹く風といった様子で腕を上げ、私の自宅の方を指差した。

「――ネコミミ――」

「え?」

「ネコミミが落ちそうになってる」

 朴訥に淡々と、ただ事実を伝えるような声音で湯川春斗は言った。

 湯川春斗が指差した方を見やると、それは二階のベランダだった。

 私は目を見張る。二階のベランダの窓が開いていて、さらにそこから出たのか、サチがベランダの手摺りを乗り越えようとしているではないか。このままだと落ちてしまう。

 私は慌ててドアにかけられた鍵を開けて家に飛び入り、階段を駆け上がって二階のベランダに出て、手摺りから身を乗り出しているサチを引っ張って下ろした。

 サチは「うーうー」と威嚇する泣き声を出しながら、どこかに逃げていった。

 やれやれ、危ういところだった――。

 たぶん窓の鍵を閉めないままで出かけてしまったのだ。にしても、サチのやつ、いつの間に窓を開けることなんて覚えたのか。しかしこれで一安心――。

 ――ではない、ではないな。しまった、今度はドアを開けっ放しにしたままだ。

 階段を駆け下りて玄関に舞い戻ったとき、果たしてサチは見当たらなかった。

 外に出てとりあえずドアを閉め、まだ先程と同じ場所に突っ立っている湯川春斗に訊ねた。

「ネコミミがここから出ていかなかったか?」

 湯川春斗はゆっくり首を横に振った。私はようやくドッと湧いた安心感に浸れた。

 しかし、謎がまだ解けていない。湯川春斗がここにいる謎が。

「サチが――うちで飼ってるネコミミなんだけど、そのサチがベランダから落ちそうになったのを教えてくれたのは助かったし感謝するけど、湯川くんは何でここに?」

 湯川春斗は少し俯き、そしてすぐに顔を上げて言った。

「たまたまです」

「は? たまたま?」

「たまたま歩いてたら落ちそうになってるネコミミ見つけて、それ見てただけです」

 私は湯川春斗の説明を聞いてもまったく府に落ちなかった。

 だってこんな偶然あるか? たまたま歩いていたらベランダで落ちそうになっているネコミミを見つけて、たまたまそのタイミングで飼い主が帰ってきて、たまたまその飼い主が自分のクラスの担任だなんて、そんな妙ちくりんな偶然がそう簡単に重なるものか?

「じゃあ、ここが私の家だってことは知らなかったのか?」

「はい。というか――あなた誰です?」

「え? 覚えてないのか? 以前に君の家を訪問した担任の斉藤だけど」

「担任? 訪問? あぁ、確かに前に誰か来てましたね。その方でしたか」

 湯川春斗は本当に気づかなかったとばかりに淡々と真顔で述べた。

 訪問までしたのに顔も名前も憶えられていなかったことに、ショックを覚えないわけでもなかったが、それ以上に、湯川春斗は本当のことを言っているのか疑問だった。

 もしかしたらあの訪問した日、湯川春斗はこっそり私の後をつけていたのではないか?何のために? サチを殺すためか? もしや連続ネコミミ強姦殺害事件の犯人はこいつなのではないか? 黒いジャンパーを着ていると報じられているが、実際は紺色のジャンパーではないか? 私も遠目からは黒に見えたのだ。目撃者が見間違っても可笑しくはない。湯川春斗が犯人だとしたら、次のターゲットとしてサチを狙っているのか? だからここに来たのか、下見のために。

 何の根拠もなく、何の証拠もなく、ただただ疑惑と妄想が脳裏で膨れ上がっていく。

 不登校児が犯罪を起こすという例は珍しくない。だからこいつも――。

「あの、僕もう帰っていいですか?本当にただ単純に通りすがりだったんで」

 湯川春斗は気怠そうに言う。私の中に湧いた疑念にまだ結論は出ていなかったが、このままこいつを引き留めていても仕方ない。私は湯川春斗を帰すことにする。

「わかった、今日はもう帰れ。ただし、学校には来いよ」

「嫌です。行きません」湯川春斗はきっぱりそう言い残し、私に反論の言葉を述べる隙を与えずに小走りで去っていった。

 私は見えなくなるまで湯川春斗の背中をぼんやり見つめた。

 自宅に戻ると、廊下の奥からサチが呑気に「にゃー」と鳴きながら顔を出した。

「サチ・・・・・・心配かけるなよ・・・・・・」

 私はサチをギュッと抱きしめ、もしゃもしゃと頭を撫でた。

 サチは嫌がって逃げようとしたが、私はしばらく力づくでそうしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る