第10話
ある朝、ホームルーム前に職員室で教頭から教師陣にあるプリントが配られた。
『最近頻繁に目撃されている不審者のお報せ』というのがそのプリントのタイトルだった。
「えぇ、皆さん、最近この近くでよく不審者らしき人物が目撃されています」
教頭がわざとらしく咳払いをし、厳かにしようとして失敗したような声音で言う。
「詳しくは配ったプリントに目をお通しください」
そう言われたのでプリントに目を通す。
そのプリントによると、最近この近所でネコミミが殺される事件が多発しており、その現場には必ずといっていいほど黒いフード付きのジャンバーを来て、そのフードを深く被った不審者が目撃されているという。そしてその殺されたネコミミは――。
私はそれに続く文章を読んで面食らう。プリントを読む教師たちが小さくどよめく。
「あの、これ本当ですか?」
誰かが教頭先生にそう訊ねた。
「これ? これとはどれですか?」
「その、ここのこの――殺されたネコミミはみんな犯された跡があるって記述――」
「はい、そうですよ」
教頭は意図もあっさり認めた。
ネコミミを殺す事件は言ってしまえば結構あるし、むしろ有り触れているとも言える。
私には到底理解のしようがないが、やつらからしてみれば、ネコミミを殺すのは野良犬や野良猫を殺すのと大差ないのだろう。それか公園で屯しているホームレスか。
一方で犯す事例となると――珍しい。いや、珍しいなんてレベルではない。
「――異常だ」教師の誰かがそう漏らすのを鼓膜の端で捉える。
そう、異常だ。アブノーマルだ。いや、殺す時点でアブノーマルなのだが、そのアブノーマルの中でもさらにアブノーマルだ。
見た目は人間の、しかも全裸の女性なのだから、そりゃ欲情してレイプする輩もいるだろうと、もしもネコミミをよく知らないやつがいたらそう思うかもしれないが、私からしてみれば、今この世界のこの時代に生きる人々にしてみれば、それはあり得ないことだった。
なぜならネコミミは人間とは別の生命体なのだ。どれだけ外見が人間と同じだろうと、ネコミミは人間とは一線画す、獣の一種なのだ。
獣を犯そうと思うか? いや、仏教にもキリスト教にも獣姦を禁止する教えがあるから、昔からそういうことをする輩というのは存在するのだが、こと現代において、そのようなことをしようという発想になるものだろうか? よりにもよって獣を犯そうという発想に。
だが、現にそういう発想になるやつがいるらしい、このプリントを信じるなら。
「とにかくそのプリントを生徒にも配ってください。保護者に方にはPTA総会のときに渡すか、それに来られない保護者の方のところには郵送しますから」
教頭に言われるままに、それと同じプリントの束を抱えてそれぞれ教師たちは受け持ちのクラスにホームルームをしに向かった。プリントを配ったとき、生徒たちは職員室の教師たちと同じように、いやそれ以上にざわつき、どよめいた。
「マジかよ、ネコミミをレイプするとか、そんなやついるの?」
「凄まじい変態だな」
「いやだー、きもちわるいー」
「アニメとか好きなキモいやつよ、きっと」
「早く警察に捕まんないかな、こんな異常者」
「ちょっと面白そうじゃん。俺も真似してみよっかな、なんつって」
「俺だったら犯して殺した後に、さらにそいつの上に脱糞してやるな」
「これってさ、ホーミンハーデス以来のネコミミ姦犯罪者じゃない? それか野呂洋一」
「誰それ?」
「いたのよ、過去にこれと似たようなことした犯罪者が」
生徒は教卓の前にいる私のことを見向きもせず、口々に言葉を発する。
これだけ騒ぐのは無理もないことだったが、「静かに、まだホームルーム中だぞ」と形式的に注意する。
しかし、それでも静かになるまでには時間を要し、その頃にはホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り、私は逃げるように騒がしい教室から出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます