第5話

 翌朝、普段通りに起き、普段通りに身支度を整え、普段通りに車に乗って出勤する。

 職員室に入るなり、頭の禿げた教頭先生が私に声をかけてくる。

「あ、斉藤先生。沼崎先生を知りませんか?」

「知りませんけど、沼崎先生がどうかしたんですか?」

「いえ、ちょっと用事があって。いつもならこの時間に来てるんですけどね」

「確かに今日はまだ来てないっぽいですね。でもまぁ、そのうち来るでしょう」

「そうでしょうね。焦るような案件でもないので気長に待ちます」

 教頭先生が引っ込み、私は自分の席につく。隣の沼崎の席は空いている。

 珍しいな、沼崎のやつ、教師になってからは一度も仕事を遅刻したことがないのを、よく自慢していたのに。いや、まだ遅刻ではないけど。時間の管理だけはちゃんとした男だったのに。

 でも、すぐに来ると思っていた。「いやー、サチと遊んでたらつい夢中になっちゃって、遅れちまったよー」と呑気に笑いながら来るものだと思っていた。思っていた――。

 しかし、始業のチャイムが鳴る頃にも、沼崎のやつは来なかった。

 社会人が無断欠席ってどうなんだよと思いながら、朝のホームルームを済ませた。

 その後、一時間目が終わり、二時間目が終わり、それでも沼崎は来ず、三時間目が終わり、四時間目が終わり、昼休みになっても沼崎は来ず、五時間目が終わり、六時間目が終わり、放課後になっても沼崎は出勤して来なかった。丸々一日、無断欠席だった。

「沼崎先生、どうしたんでしょうね?」

 教頭先生がまた私に話しかけてきた。

「さぁ? あいつ、ああ見えてこんなことは学生時代にもなかったんですけど――」

 私も戸惑っていた。言葉通り、私の知る限りでは、沼崎がこんな失敗を犯したのは初めてだった。

「沼崎先生に連絡は取ったんですか?」

「それが、沼崎先生の携帯電話にかけても一向に繋がらなくて」

「家の電話の方は?」

「お恥ずかしい話、沼崎先生の家電の電話番号は知らないんですよ」

「わかりました、私はかけてみますね」

 私は自分の携帯電話を取り出し、沼崎宅の電話番号に電話をかけた。呼び出し音が耳元で何度も鳴ったが、沼崎が出る様子はなく、二十回目のコールで一端電話を切った。

「出ませんね、沼崎先生」

「どうしましょう? これ本当に緊急事態なんじゃないですかね?」

「ちょっと待ってください。沼崎先生の実家の方にもかけてみます」

 今度は沼崎の実家に電話をかける。電話帳に登録していたが、かけるのは初めてだった。

 コールが十回目ほど続いて、これもダメかと思った矢先、ピッと誰かが電話に出る。

 もしもし、と言おうとして、電話口から泣き声が聞こえてくるのに気づき、ギョッとする。

それは女性の泣き声だ。中年か初老くらいの女性の泣き声。そして聞き覚えのある声。

「もしもし?沼崎先生――いや沼崎の――――お母さん?」

それは沼崎の母親の泣き声だった。沼崎の母親は泣きながら話し出す。

『あ、斉藤くん? 斉藤くんなの? あのね、斉藤くん、雅裕がね――――』

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