第4話

 道中でコンビニに寄って弁当を買い、賃貸マンション1LDKの我が家に帰還する。

 ただいま、と言っても返事はないので無言での帰宅。

 暗くて何も見えないリビングに電気を点け、すっかり癖になった手つきで、すぐさまテレビの電源も点ける。

 時刻は八時二十分。音楽番組を放送している。電気代の無駄とも思えるような煌びやかにネオンに照らされたステージできざったらしい下手糞な歌手が得意げに歌っている。

 食欲が失せるような映像なのでチャンネルを変える。

 変えた先では討論番組が放送されている。私はチャンネルをそこのままにして、背広の上着を脱ぎ、ネクタイを外す、腹が減っているので着替える前にビニール袋から弁当を取り出し、プラスチックの蓋を開ける。

 そこで割り箸が入っていないのに気づき、「あの店員、入れ忘れたのか」と舌打ちをし、台所から箸を取ってくる。そして「いただきます」も言わずに、弁当の冷たくて固い飯を頬張る。

 三口くらい食べて顔を上げ、何とはなしにテレビに映っている討論番組を観る。

 議題は『ネコミミについて』。ようは最近指摘されているネコミミの問題について討論されているようだった。

 出演者は六人。一人は有名芸人の司会者で、一人はテレビ局の女性アナウンサーで、二人はセットの机の上に置かれているプレートに研究者と評論家という肩書が、もう二人のプレートには、肩書のところに『ネコミミ保護協会』とだけ記されていた。

 どうやら研究者と評論家という肩書の二人と、そのネコミミ保護協会の二人が討論しているようだった。今討論しているのは『ネコミミはこれからも保護していくべきかどうか』。

『ネコミミは保護していくべきです』

 ネコミミ保護協会側の一人、髪を不自然に七三分けにした男が言った。

『なぜならネコミミはこの地球上の貴重な財産だからです』

 それに対して、薄っすらと白髭を生やした研究者が鼻で笑う。

『貴重? 財産? この世に五万と点在している動物の何が貴重な財産だと?』

『そうやって数の増えたモノを切り捨て、数の減っているモノのみを保護しようとするのは、人類の悪癖ですよ。いい加減そんな不毛な論法を振り翳すのはやめた方が良い』

 七三分けとは別の、もう一人の丸坊主の男が手を組んで偉そうに言う。

『ふん、論点のすり替えだな。今はそんな話をしているんじゃない』

 今時珍しい丸眼鏡をかけた評論家がそう一蹴する。そしてこう続ける。

『以前なら確かにネコミミは保護対象だったでしょう。発見された当初の数の希少な状態なら。しかし今や、ネコミミは全世界に分布し、爆発的な増加の一途を辿った。あまりにも数の増えてしまったネコミミのせいで、田畑や民家が荒らされたり、人が怪我をしたという報告まである。このままネコミミを野放しにしておくわけにはいかないでしょ』

『ネコミミは基本温厚で無害な生物だ。自主的に人に危害を加えることはない。ネコミミが人に怪我を負わせたというのなら、それは人の方に問題があったんだろう。きっとネコミミの嫌がることをしたんだ。大きな音を鳴らしたり蹴ったりしたんだろう』

『だとしても何だというんだ。ネコミミが人に危害を加えたことには変わりはない』

『それはネコミミを扱う人間が悪いのであって、ネコミミが悪いわけではない』

『悪くないから何なんだと言っている。ネコミミを保護することにメリットはあるのか?』

『ある。メリットはある』

『ほぅ、例えばどんな?』

『我が協会の独自の研究によれば、ネコミミには特殊な抗体があり、ガンにならないことが判明した。ネコミミを保護して研究すれば、人類からガンを永遠に葬れる可能性だってある』

『出鱈目を言うなっ!』

 研究者が突如顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。

『私も長年ネコミミを研究してきたが、そのような研究結果は、たった一度も出たことはない。ネコミミの抗体は人間とほぼ同じだ。出鱈目を公共の電波に乗せるんじゃない』

『それはあなたが無能な研究者だからでしょう』

 七三分けと丸坊主、ともに見下したような目をする。

『あなたが無能だから研究結果が出なかった。それだけではないですか?現に我々の協会の優秀な研究者たちはそんな世紀の発見に成功した。無能なあなたと違ってね』

『何だと、貴様ら――』

 研究者は怒りに震えた声を発し、今にも飛びかからんばかりの殺気を漂わせて、がたっと席から立ち上がる。司会者が慌てて『抑えて、抑えて』と研究者を宥める。

『その研究結果を学会なんかの公の場所で発表しろ。そしてそこで認められなければ、私は絶対に認めない。発表できるだろ? 正しいと確信のある研究結果なら』

『えぇ、正しいですよ。正しいですとも。だが公の場所では発表しない』

『何を――――』

『あなた方はネコミミを駆除したい。だから私たちの研究結果が邪魔になるはずだ。この研究結果が認められれば、民衆は必ずネコミミを保護する方向に傾きますからね』

『つまり我々が研究結果を隠蔽すると?』

『別に断言はしてませんよ。可能性の話です』

『心外だ! まったくもって失礼なやつらだ! そんな言い逃れなど通じないぞ! 研究結果などないんだ! だからそうやって苦しい言い訳をする。見苦しいのも甚だしい』

『それこそ心外だ。誰が何と言おうと我々の研究結果は正しいんだ!』

 そして睨み合う両者。

 弁当を食べ終わった私は、呆れた気持ちで頬杖をついて観ている。

 何とまぁ不毛な言い争いだ。こういうのを水掛け論というのだろうか。

 これ以上観ていても何の実りもなさそうなので、またチャンネルを変える。

 動物番組を放送している。画面の端っこに表示されているテロップ曰く、『ネコミミ特集』。

 またネコミミかよ、とチャンネルを変えようとするが、まぁ先程の討論番組のような不毛な口喧嘩を観ずとも良さそうだろうと、何となく変えずにリモコンを置く。

 ワイプ画面に芸能人の必要もないオーバーリアクションを映しながら、編集されたVTRが流れている。ネコミミの歴史についてのVTRだった。

 VTRによれば、そもそもネコミミの祖先は人間だという。

 アフリカのある一部の村で猫と交尾をするという、いわゆる獣姦の風習があり、そこでたまたま産まれたのが人間と猫の間の新種生物、ネコミミだったという。

 ただ一匹が生まれた時点では村人たちが隠したために発覚せず、また村人たちはなおも風習を続けた。その結果、嗅ぎ付けた研究機関が押し入ったときには、ネコミミは村人の数よりも多く誕生していたという。

 そのネコミミは、貴重だということで全匹保護され、研究機関で大事に繁殖させられた。

 そしてそのうちネコミミを購入する動物園が現れ、金持ちの顧客のために高価なネコミミ売買が行われるようになり、さらには並外れた繁殖能力でぐいぐい数を増やしたネコミミの価値はどんどん下がっていき、最終的にはペットショップに普通に並び、ネコミミとごく自然に触れ合えるネコミミ喫茶も次々とオープン。

 捨てる人間が現れ、野良ネコミミなどが増加。実害が発生しつつあるため、政府は早急な対応していくべきだろう、というのがそのVTRの締めくくりだった。

 じつをいえば、ネコミミの歴史はそれで初めて知った。

 ネコミミ好きの友人とネコミミ喫茶に頻繁に行っているとはいえ、私自身はネコミミにほとんど興味がなく、むしろ野良ネコミミや車に轢かれたネコミミの死骸を邪魔に思っているくらいなので、歴史を知ろうなんて考えは毛頭浮かんだことがなかった。

 VTRが終わるとスタジオに三匹のネコミミが現れ、それをネコミミ好きを自称する芸能人たちが戯れる。三匹のネコミミは三匹とも女性の容姿をしている。あのVTRにはなかったが、ネコミミは全匹人間の女性の容姿をしている。

 必ず女性の容姿のネコミミしか生まれない。男性の姿のネコミミが生まれたという報告は今のところどこにもらないらしい。だが、ネコミミは全匹メスというわけではない。かといってオスがいるわけでもない。

 そもそもネコミミに性別の概念はない。いわゆるカタツムリなどと同じく両性だ。人間の女性の姿をしていながら、両性なのだ。両性のため、どのネコミミとも交尾が出来、また交尾をした二匹同時に子供を身ごもり、二匹同時に産むという。人間や猫と同じ、哺乳類特有の妊娠出産で。

 なぜ人間と猫の間にこのような不可解な生物が誕生したのか、今でも研究は続けられているそうだが、未だにわかっていることは少ないらしい。

 まぁネコミミの生態が詳しく判明したところで増えたネコミミが減るわけでもなく、私は心底どうでもいいことではあったが。

 口から欠伸が出る。眠い。テレビなんか観ていないで明日のためにも早く寝てしまおう。

 私はテレビを消し、背広を脱いで寝巻に着替え、電気を消し、寝室のベッドの上に寝転がる。

 すぐに目を瞑り、何も考えずに無心で瞼の裏側を眺め、気づけば夢の奥へ。

 眠りに落ちる瞬間、明日の仕事のことがまた過り、いつものように憂鬱な気持ちで眠った。

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