第11話

 駅のホームには相変わらず俺のほかに誰もいない。


 ホームに着いたときちょうど上りの電車が出ていくところだった。次の一本が来るのは30分ちかく後らしい。


 奇妙な喫茶店の奇怪な店主からは、具体的な情報は何も得られなかった。


 メイコとの出会いを語るうち狂人のようにうわ言をくりかえすばかりになってしまったあの男は、諦めて立ち去ろうとする俺を見ようともしなかった。


 だが男を訪ねたことがまったくの徒労だとは思わない。


 男が延々とつぶやく、まるで黒魔術の呪術師か何かのような呪文めいた言葉のなかに、異様なインパクトを残す単語がいくつか聞こえた。それは何ですか、という俺の質問にはヤツはもちろん答えなかったが。


 ミッドナイトクライム、男はそういう単語を、一時間に迫る不穏な独白の中で少なくとも四回はつぶやいた。


 当然ながら意味はまったくわからない。


 だがその言葉を吐く際、前後の文脈には山という単語がかならずセットで登場した。


……だからボクは前々からあの女にちゃんと伝えてたんだよ、ずっと引きこもっていて運動なんかほとんどやらないし息切れするような体験なんてそれこそ性欲の処理をするときくらいしかしたことがないんだからね、

 なのにあの女ボクを山に連れてくなんて言い出すんだ、ほらひと頃山ガールなんて若い女のコたちが猿が目をむくようなカラフルなファッションであちこちの、登りやすそうな山にこぞって出かけたろ、あんなような山にボクを、このボクをだよ、連れていきたいとか言うんだもの、

 ミッドナイトクライムのひとたちもあなたに会いたいんだって、あなたって小さい頃からずっと他人との接触を避けて暮らしてきたわけでしょう、それなのに人が集まるような喫茶店を開いてでももちろんお客さんは全然来なくて、それでもお店を続けてるあなたみたいな、言ってしまえば変人って、彼らからすれば同志みたいなものなのよ、あなたもきっと気に入るから今度の水曜の夜なんかぜひって言ってたわよ、どうかしら……


 俺がこれまでに編集を手がけた小説はどれも凡作で、たいしたヒットには至ってない。著者には続編を約束しておきながら、初刊が思ったほど伸びずひたすら頭を下げて打ち切りを告げたこともある。


 そんな俺でも、確信できた。


 ミッドナイトクライム。


 そこにメイコの抱える闇の正体がある。


 電車の到着を知らせるアナウンスが流れ、思考がとぎれる。


 ホームには、やはり俺以外の姿は見当たらない。

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