第7話

 悪魔の遣い、というセリフを大まじめに吐いた後、男は我に戻って恥ずかしさを覚えたのか、まぁコーヒーでも淹れるから飲みなよ、ウチはね、こんなではあるけど、一応喫茶なんだから、とカウンターを目で示しながら笑った。


 二度と見たくない笑みだった。それを笑顔だと言うことに罪悪感を覚えてしまうような顔。


 今すぐにここを飛び出し来た道を駅へと向かいたかったが、一方で、この男の話をもう少し聞いてみたいと思う自分がいた。


 いや、この男にではなく、この男の口から語られるメイコの像に関心があった。俺ではない他人の目にメイコがどう映っているのか、それが知りたかった。


 俺をイスに座らせて、男は向かいのカウンターの中へ引っ込んだ。


 そして例の、曇ったフラスコ型の器具をシンクへ持っていき、水でゆすぎ始めた。スポンジは使わず、直接手に食器洗剤をつけ、撫でるようにして汚れをとる独特の洗い方だった。


 カップやその他の道具も同様に洗い、異常に長い時間をかけて黙々とすすいでから、沸騰したお湯を注ぐ。そのときだけは、男から卑屈で陰鬱な印象が薄らいだ気がした。


 はい、どうぞ。


 カウンター越しにカップを受けとり、俺は礼を言ってそのコーヒーを口にした。淹れる工程をはじめから見ているので変なものを混ぜられた可能性はなかった。


 男は、長年かけて取り組みようやく脱稿した処女作を持ち込んだ作家志望者のような表情で俺を凝視している。どうだ読んでみろという自信と、なぁ頼むから下手なんて言わないでくれよという哀願の混じり合った表情だ。


 コーヒーは、美味くなかった。


 粉が腐っているのではないかと思った。


 当惑が顔に出てしまったのか、俺をじっと見ていた男は舌打ちをしてうつむいた。歯を食いしばっているのだろう、あごの辺りがぶるぶると震えている。


 怒り狂って暴れ出すのではと思い、俺はとっさに逃げられるよう腰を浮かせた。


 だが男は襲ってこなかった。かわりに、鼻をすすり、泣きはじめた。俺はますます当惑した。歳上の、初対面の男性に泣かれた経験などない。


 男は大粒の涙をこぼし、袖口で拭って、またこぼした後、俺の飲みかけのカップに手を伸ばし口をつけた。


 そしてひときわ激しく泣きじゃくりながら、ああああの女はボクからコーヒーの味まで奪ってしまったんだ、と叫び、その拍子に男の弱々しい手からカップが離れ、床に落ちた。


 カップは鈍い音を立て、コーヒーを周囲に飛び散らかしながら割れた。


 男は泣き続けている。

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