第5話

 会議を終え、体調が悪いから今日は家でやりますと坪井に断って、俺は恵比寿駅からJRで池袋へ向かった。そこから西武線に乗り換えて、飯能方面行きの電車に乗り込む。


 俺は今、ほとんどまったく素性も知らない、昨日少し会話をした女からの奇妙な指示に従って動いている。だがいったい何をやっているんだ俺は、などとは思わなかった。


 彼女に従う義理も義務も、確かにない。番号を教えたのはメイコの異様な雰囲気に飲まれたのと、俺自身が酒に酔っていたこと、それに彼女のことをもっと知りたいというスケベ心がもちろんあった。


 メイコには、尋常ではない何かがある。


 ああやってバーのカウンターで夜な夜な一元客をからかい暇を潰しているどこか裕福な家の落ちこぼれ娘なのかもしれないし、うっかり入ってしまったブラック企業であらゆるハラスメントに苦しんで精神を病んでしまった元OLであるかもしれないし、あるいは幼い頃からどうしようもなくバカバカしい虚言をくり返して周囲を混乱させてきた問題児という可能性だって考えられなくもない。


 だが、そういう一切を含めて、メイコには異常に強烈な何かがあった。それはインパクトとか、オーラ、などと呼ばれるものかもしれない。


 窓の外に見える空が、少しずつ広く大きくなっている。高層ビルが減り、さまざまな色と形の屋根を載せた一軒家がぎっちりと並ぶ風景が現れはじめる。視界のなかに、緑が徐々に増えてきた。


 もし俺が、毎日ギチギチにアポイントを詰め込まれた営業マンや、パソコンの前でひたすらコードを打ちつづけるプログラマーか何かだったら、ただちょっと変わった女としてメイコのことはすぐに忘れていただろう。


 けど俺は編集者だ。もともと一般企業で営業をやってからこの業界に入ってきた外様ということもあってか、俺には編集という職についている人間にみられる共通点がよくわかる。


 編集者という人種は、総じて山っ気がある。どこかで一発当ててやろうという、企みのようなものを必ず心のうちに抱えている。


 雑誌、ビジネス書、文芸、コミック……ジャンルはさまざまだが、どんな領域に属していても、世の中をあっと言わせるようなテーマや作品や人物を、自分自身が誰よりも早く探しあて世に送り出したいという、野心。


 その野心が俺にもあった。


 メイコがその対象として適切かどうかはわからない。メイコの人物伝を出すなどというバカげたイメージを持っているわけではもちろんない。


 だが俺は、メイコに強烈に惹かれている。うまく説明ができない。できないが、しようとするなら、やはり俺が編集者だから、としか言いようがない。


 そういうことを延々と頭のなかで考えているうち、電車が、メイコから指定された駅に到着した。ドアが開き、ぬるま湯のように肌にまとわりつく残暑の風が入り込んでくる。


 降りたのは、俺ひとりだけだった。

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