ネイト
糸
第1話
ころころと変わる表情にいつのまにか惹かれていた。
自覚するのは早かった。憧れのような、尊敬のような、それ以上の感情。
ステージから客席に向けられる表情は噛み付くような、どこか痛々しいような。
「おつかれー」
「次見たいからちょっとフロア行ってくる」
「じゃあ俺も」
幕がかかったステージ。
さっきまでの熱も次のバンドが始まれば簡単に塗りかえられてしまう。
悔しくもあるがそこがイベントでの楽しみでもある。
ステージを終えシュンがフロアへ行くと言うので俺も着いていった。
ロビーで一服しているうちに転換が終わり暗転、SEが鳴り始めたのでフロアに向かった。
楽屋のモニターから見るのとは違う空気。
客席はいとも簡単にそのステージに飲み込まれていた。
ヴォーカルの噛み付くような、こっちが歯を食いしばってしまうほどの悲痛な表情。
粗削りな感情がステージから客席に向けられていた。
声量のわりに小柄で、ステージも低くて狭いこの箱では
埋もれてしまいそうだけど圧倒的な存在感があった。
「相変わらずすげーなアキは」
隣で見ていたシュンがぽつりとそう呟いた。
昔はもっと丸かったんだけどねー、と付け足す。
一気に引き込まれた。
「お疲れ様~」
「お、見てくれたんだ、お疲れ!」
ライブが終わり楽屋に戻ったシュンがアキさんに挨拶をする。
その横で俺もお疲れ様ですと声をかけた。
「あ、ギターだよね?お疲れ様!さっきモニタで見てでかいなーと思ってさー」
さっきまでのステージとは別人のような、人懐っこくてやわらかい笑顔。
「アキがちびなんだよ」
「うるせーよ」
シュンにからかわれているアキさん。本当にさっきまでの鋭さは見当たらない。
これが俗いうギャップ萌えというものなのだろうか…?
一言二言かわし、二人のやりとりを見ながら
「今度飲みましょう」とお決まりの挨拶とともに連絡先を交換して、
その日は片付けへと向かいアキさんとも別れた。
その二週間後、イベント大盛況のおかげでイベントツアーが決まった。
アキさん達のバンドと顔なじみのバンドが二組、そして俺達。
元々シュンは俺達とバンドを組む前にアキさんと同じバンドにいた。
そのおかげで今回イベントでお声がかかったわけだけど。
東京から始まり仙台、名古屋、大阪、そしてまた東京の五公演。
今のバンドは関東での活動しかしていなかったから初のツアーになる。
ホテルの手配なんかをしているうちにあっという間にツアーの初日は迫っていた。
ネイト 糸 @s69s0n
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