隣にいるのは……?

 先輩のショッピングに付き合うこと数時間、俺たちは最寄り駅へ向かう道を歩いていた。

 俺たちと同じ道を歩く人混みの中に長坂の姿をつい、探してしまう。……彼女と何を話せばいいのか少しも分からないくせに。


「文化祭、再来週だからね」

「……そうでした」


 忘れていた訳じゃないが、完全に意識の外にあった。長坂のこともあったから。


「忘れずにちゃんと来てよ? 来てくれないと泣いちゃうよ」

「泣かないで下さい。行きますから」

「どこかの王子様みたいな台詞だね」

「言わせたのは先輩でしょう」


 一歩だけ前を歩く先輩は楽しそうだ。俺と会話することで先輩は楽しんでいる。遊ばれているこっちとしては何か言い返したくなる。

 そんなことをすれば、さらにからかわれることは分かっているが。

 視線を前に向けたまま先輩が言う。


「また、買い物とか行けるといいな」

「そうですか。また行くんですね」

「玲士くんは私と行きたくないの?」

「そういう訳じゃないです」


 最初に再会した時と比べて苦手意識は弱くなった。先輩と一緒にいるのだって、初めより嫌ではなくなっている。


「変わったよね、玲士くんも」

「二年もあれば人は変わりますよ。おかしいことじゃないです」


 先輩とこうしていられるようになったのは彼女を追いかけた過去を抜け出し、俺が変わったからだ。

 二年もあれば人は変わる。

 それは多分、先輩だって同じなのだと今更、思った。


「先輩はどこか変わりましたか?」


 疑問形になってしまったのは、先輩がどこも変わっていないように見えたから。

 この人は二年間変わっていないのか……? そんなはずないのに。


「さぁ、どうだろ? 間違い探しだね、玲士くん」

「やりませんよ。自分のことは自分が一番分かってるでしょう」

「……そうだね。やってくれないかー」

「先輩?」


 先輩の発言がいつも以上に芝居がかっていて、棒読みだった。そこにふと、違和感を感じてしまう。再会した時、喫茶店で話した時と同じ違和感。

 この感覚はきっと、俺にとって良くないものだ。過去を抜け出した俺が感じてはいけないもの。

 今、先輩と変化の話をして、ようやく気がついた。

 これはおそらく、変化に対する違和感。二年前の先輩との違いをこうして気分の悪いものとして受け取ってしまっている。

 先輩に憧れるのはやめたのに、まだ、先輩の変化に拒絶を示す俺がいる。それがとても気に食わなかった。

 改札を抜け、駅のホー厶で電車を待っている間、先輩が口を開いた。


「今日は楽しかった。本当にいい日だったなぁ」

「……それはよかったです」

「服も買ったし、明日からも頑張れそうだよ」

「頑張ってください」

「相槌が適当だなー」


『もうすぐ電車がきます――』


 どこかからか、そんな声が聞こえる。

 この電子音声はどこから鳴っているんだろう。

 普段は気にしないそんな疑問を消化しようとして――


「変わるのっていいことばかりじゃないんだよ」


 ――先輩が物憂げにそう言った。

 目線は斜め上に向けられ、何か考えこんでいるように感じる。

 けれど、俺はホームに入ってきた電車のせいで、その言葉の真意を聞くことができなかった。

 ドアが開いて、先輩は静かに電車に乗り込んでいく。俺はただ後ろをついて行くだけだった。

 乗り込んだ車内に空いている席はない。立つしかないが別に不満はなかった。


『次は――、次は――』


 鉄道の決まり文句を聞き流しながら、車窓の景色を眺めている。

 結局、俺と先輩は駅に降りるまで一言も話すことはなかった。まぁ、車内で会話することはマナー違反だと思うが。

 改札機に夏の風物詩と同じ名前のカードをかざして、駅を出たところで先輩が口を開いた。


「バス乗って帰るの?」

「そのつもりです」

「ははぁ、なるほど……」

「そんなに深く考えることじゃないでしょ」


 先輩はさっきからどこか上の空だ。外側より内側に意識が向いている感じ。何を考えているのか気にならないこともないが、特別に尋ねるようなことでもないと思う。

 ただ、こんな風にボーっとする先輩を見ることは今までなかった。


「バス、もう少し先みたいです」

「じゃあ、それまで何しよっか?」

「っ……。ここで待ってればいいでしょ」


 先輩が急に元に戻るから、びっくりしてしまった。そこに先程までの物憂げな表情はない。Sモールで買い物をしていた時と同じ雰囲気があった。


「ふふっ。分かった、待ってよっか」

「そうです。何もせずに待ってればいいんです」


 先輩はそれっきり黙ってしまった。何もしない先輩というのもそれはそれでやりにくい。

 幸い、バスはすぐに来てくれた。

 二人で乗り込んで、座席に座る。


「横、座るよ?」

「あ、はい」


 答えてから、先輩らしくないと思った。

 以前の先輩なら、隣に座ることに遠慮はしなかったはずだ。質問なんてしないで隣に座ってくる方が俺のよく知る先輩らしい。

 拭いきれない違和感を抱えたまま、バスは進んでいく。


「今日はありがとね。また、どこか行けるといいね」

「……はい、そうですね」


 バスは止まることなくいくつかのバス停を通り過ぎていった。もうすぐ先輩が降りるバス停だ。


「先輩はどこか行きたい所があるんですか?」

「うーん、どうかな。その時になったら言うよ」


 曖昧にそういう先輩は本当に行きたい場所が思いつかないようだった。

 一つバス停を通過して、先輩は降車ボタンを押した。

 そうか、次が先輩の降りるバス停なのか。

 バスの一区間は予想以上に短い。すぐにバスは停車した。


「じゃあ、また。文化祭でね」

「はい。クラスメイトと一緒に行きます」

「またね」


 先輩は運賃を払ってバスを降りていった。

 先輩を降ろしたバスがゆっくりと加速を始める。俺もそろそろ降りなくてはならない。

 美浜先輩か……。

 再会した時はどうなるかと思ったが、意外となんとかなってしまった。まだ、三年前のことが吹っ切れたわけではないけど、これからは先輩とも上手に付き合っていけそうだった。

 それでも、気がかりなことが全くないなんてことはないが。

 先輩との関係は中学の時と同じではいられない。変わりかけの関係が、いい方に転ぶか、悪い方に転ぶか分からない。

 そのことが、俺を少しだけ不安にさせた。

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よめヨメ!! 火球アタレ @atare16

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