ゲームは苦手だ

「やー、楽しいねー」


 ふらふらとSモールの中を歩き回り、暇をつぶすために訪れたのはゲームセンターだった。


「先輩、もう少しおとなしくなりませんかね……」

「なんで? ゲームは楽しまなきゃもったいないじゃん」


 既にゲームセンターに入ってから二時間が経っている。その間、先輩はこの店舗のあらゆるゲームをプレイし、ハイスコアを乱発していた。店内ランキングの上位に入るほどのスコアだ。

 けれど、先輩は普段ゲームをやらない。美浜先輩曰く、ゲームを始めてもすぐに飽きてしまうらしい。

 その原因はたぶんここにある。

 要領のいい先輩は簡単にコツをつかんで、極めてしまうのだ。

 実際、今日のゲームだってプレイ回数は少ない。大体がワンプレイで気に入ったら二回目もプレイしていたが、そんなもの。

 それでハイスコアを連発してしまうのだから、ゲーセン通いの人たちもびっくりだろう。

 まあ、それは別にいいんだ。問題は――


「玲士くん、次はあれやるよー」


 俺も一緒にやる羽目になることだった。

 一緒にプレイしているとき、実力に差があるというのは案外精神的にしんどい。例えば、太鼓のリズムゲームで隣が最高難易度を軽々プレイしているのに、こっちは低い難易度に苦戦しているような状況は周囲の視線もあるせいか異様に緊張する。

 こういうのがずっと続いているので、俺の精神がもたなくなってきていた。


「先輩ひとりでやってくださいよ」

「やーだよ。玲士くんは女の子一人でゲーセンを歩かせるんだ」

「勝手にしててくださいよ」

「本気で言ってたら、減点どころじゃないよ?」


 笑っていない目元が怖い。ここは従う意思を示した方が良さそうだ。


「わかりましたよ……。次は何ですか?」

「はい、よろしい」


 そう言う先輩は満面の笑みだった。先程までの険しい表情が嘘みたいだ。

 大人しく先輩の後ろをついて行くと、やたらとキラキラしたスペースにたどり着いた。


「……一緒に撮ろ?」

「まじですか」

「まじですよ」


 先輩が俺を連れ込んだのはプリクラのコーナー。

 そういえば、プリクラって何かの略称なんだろうか。

 こんなことを考えるのは現実逃避だって分かってる。まさか女子と二人でプリクラを撮る日がくるとは思っていなかった。

 例え先輩であっても女子高生なのは変わらない。俺はどんな顔でここにいればいいのだろう。


「じゃあ、空いてるとこ入ろっか」

「ちょっ、先輩⁉」


 俺の袖を強く引っ張って先に進む先輩。集合場所での一件のように手を直接握ってないからなのか、グイグイと引っ張ってくる。

 その勢いに負けて、筐体の中に入ってしまった。


「どうしてそんなに強く引っ張るんですか」

「だって、しっかり握ってないと玲士くん、逃げそうじゃん」

「信用されてなさすぎですよ……」


 以前、詩乃と遊園地に行った時にも、似たようなことを言われた気がする。


「また、減点だー」

「何ですか、減点って」

「デート中に他の女の子のことを考えるのはタブーだって教わらなかったの?」

「あー、聞きました、その話。先輩以外の女子から」


 先輩は何かを探るように目を細めて、

「詩乃ちゃんでしょ。その女子って」

「まあ、そうです」

 一発で正解してしまった。


 俺がその推理力に驚いている内に先輩は筐体にお金を入れてしまう。


「さ、撮るよー。いい顔してよね」

「はぁー」


 ため息をつく間に設定が終わり、筐体内から音声が流れ始める。

 キメ顔してー、とか ポーズ決めてー、とか色々な指示が飛んできた。

 先輩は律儀にそれに従っていくが、俺はそんなことをする気は起きない。同じ表情でカメラを見つめて撮影が終わるのを待つ。


『最後の一枚だよー。一番の決めポーズで――』


 やっと最後の一枚か……。そう思って少し気を抜いてしまった。


『さん』のカウントで先輩が寄ってくる。


『にー』のカウントで距離を取ろうする俺の腕に手を回して無理矢理に引き寄せてくる。


『いち』のカウントで先輩は頭を俺の肩に乗せる。


 そして、そのまま『カシャッ』というシャッター音が鳴ってしまった。


「え?」

 という声が出たのはシャッター音の直後だった。

 その時にはもう、先輩は手を離している。


「どんな風に撮れてるかなー?」

「……」

「出よ? プリクラはここからが本番なんだからね」


 言われるまま、筐体の外に一旦出て、別の幕の中に入った。

 画面とタッチペンが置かれたこの空間は写真をデコレーションする場所のようだ。


 ふと、以前にプリクラを撮った時のことを思い出した。最後に撮ったのは多分、小ニの時、姉貴と撮った時だと思う。


 ……こんな風に過去に逃げていないと、意外に狭いこの空間を変に意識してしまいそうだった。


「狭いんで、出ていいですか」

「ダーメっ」


 幕の外に出ようとする俺の手を先輩はペンを持っていない方の手で握った。


「もう少しで終わるから、ね?」

「……っ」


 突然手を握られた驚きと先輩の態度に俺は動きを止めてしまう。

 俺が出ていかないことを確認して、先輩は手を離した。手を繋いだのはほんの一瞬だったのに、何も考えられなくなってしまう。

 デコレーションの制限時間は予想以上に短かった。手を掴まれてから数秒しか経ってないはずだ。

 正直、緊張と混乱で時間がちゃんと認識できている気はしない。


「よしっ、出来た。外に出よ」

「……はい」


 先輩は完成を確認すると幕の外に出ていった。俺もゆっくりとした動きで先輩について行く。


「切るからどれか欲しいの言って?」

「先輩がいらないやつを貰います」

「じゃあ、何もあげないよ」


 プリクラを切るためのハサミをチョキチョキさせながら、いじわるそうに言う。


「それでいいですよ。先輩も切る手間が省けるでしょう」

「……玲士くんさっきより冷たくない?」

「自分の行動を振り返ったらどうですか」

「ごめんって。とりあえず、半分こしよっか」


 先輩は器用に大小様々なサイズを切り分け、何種類かの写真を俺に渡した。

 貰った写真にはポーズを決める先輩と棒立ちの俺が写っている。その中でも気になったのはやっぱり最後の一枚だ。

 そこに写る俺の顔はプリクラの機能のせいで異様に白く加工されていた。

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